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わたしは凄く助かったよ。

 






 その後、リオネルとの婚約をお父様は許してくれた。


 男爵家との話し合いもあるため、婚約届を出すまで数日かかるというので、リオネルが侯爵家に来てくれてから三日後、今度はわたしがイベール男爵家へ挨拶に伺うことになった。


 馬車に揺られながら向かいの席を見る。




「普通、こういう時は家で待っているものじゃないの?」




 そこには婚約者予定のリオネルが座っていた。




「あの家に長居したくない」




 だそうで、今日も王城の敷地内にある宮廷魔法士専用の寮から我が家に来て、一緒にこの馬車に乗り、男爵家へ向かっている。


 いつもより少し機嫌が悪そうなのは家に帰るからか。




「帰りに、侯爵家うちでお茶していく?」


「ああ」


「じゃあその時に婚約とか結婚とかの条件について話そう。ちゃんと条件、考えてある?」


「一応ある」




 ……これ以上はあまり話しかけないほうがいいかな。


 いつもより口数の少ない様子からして、苛立っているというよりかは、家に帰るのが憂鬱といった感じだった。


 そうして馬車はイベール男爵家に到着した。


 男爵家の屋敷の前で馬車が停まり、リオネル、わたしの順で降りる。


 屋敷の前には男爵夫妻とリオネルのお兄さんがいて、礼を執って出迎えられた。




「本日はお招きいただき、ありがとうございます。皆様とお会いするのはお久しぶりですね」




 声をかければ三人が顔を上げた。




「はい、お久しぶりでございます」


「ルオー侯爵令嬢もお元気そうで何よりですわ」




 夫妻は機嫌良さげにニコニコ顔である。


 下位貴族の男爵家が、上位貴族の侯爵家と婚約という強い繋がりが持てることがよほど嬉しいのだろう。


 夫妻に促されて男爵家の屋敷へ入る。


 リオネルのお兄さんは一言も喋らない。


 元より口数の多い人ではないようなのでそれについては特に気にならないが、そのことよりも、誰も帰ってきたリオネルに声をかけない点のほうが気になった。


 ……本当に家族仲はあまり良くないみたい。


 十年も友人付き合いがあり、話も聞いていたけれど、これほど互いに無関心なのはどうかと思う。


 でも、わたしがそれを指摘しても関係が良くなるとは思えないし、逆に悪化しそうだし、何よりリオネルはきっとそれをお節介と感じるだろう。


 リオネルが望んでいないことをする必要はない。


 そして応接室へ通された。


 男爵、夫人、リオネルのお兄さんが三人掛けのソファーに座り、わたしとリオネルはテーブルを挟んだ向かいのソファーに腰掛ける。


 使用人がお茶の用意をしてくれた。




「この度は婚約を受け入れていただき、ありがとうございます。まさかリオネルがルオー侯爵令嬢と婚約出来るなんて夢のようです」


「長くお付き合いがあったようですが、浮いた話の一つもなかった息子にやっとお相手が出来てホッとしておりますのよ」




 夫妻が嬉しそうに話すのに、リオネルはニコリともせず、黙って横で紅茶を飲んでいる。




「わたしのほうこそ、リオネル様との婚約を認めていただき感謝しております。今までは友人として付き合っておりましたが、これからは婚約者として彼を支えていけたらと考えています」


「そうですか、いや、令嬢のように素晴らしい方と婚約出来るなんて我が息子ながら羨ましいものです」




 ……男爵も夫人も相変わらずだなあ。


 以前会った時も少し調子の良い人達とは感じていたが、今日はとにかくわたしを持ち上げて、良い気持ちで帰ってもらおうという考えが透けて見えた。


 わたしの機嫌を損ねて婚約の話が流れることを恐れているのだろう。


 男爵夫妻との話は和やかに過ぎていった。


 リオネルとそのお兄さんだけは一言も発さなかったが。


 二時間ほど過ごさせてもらい、侯爵家へ帰る。




「お土産をどうぞ。王都で人気のお菓子です」




 と大量のお菓子を持たされた。


 ……わたし、お菓子は食べないんだけどなあ。


 多分、わたしの体型から甘いものが好きだろうと考えてのことなのだろうが、馬車が走り出すとリオネルが深く溜め息を吐いた。




「エステル、すまない」


「ううん、気にしてないよ。お菓子は使用人のみんなにも食べてもらうから」




 普通のご令嬢でも食べきれないほどの菓子を持たせる。


 男爵夫妻はわたしに気に入られたくてそうしたのだろうけれど、暗にわたしは大食いだと言っているようなものだ。


 他の令嬢だったらかなり失礼である。


 リオネルはもう一度、溜め息をこぼしていた。




「婚約中も、結婚後も、あいつらには会わなくていい。むしろ出来る限り避けておけ。どうせ俺も会うつもりはない」




 それにわたしは頷いておいた。


 ふとリオネルが顔を上げる。




「今日は侯爵か夫人はいるのか?」


「お母様ならいると思うけど、何か用事?」


「ああ、お前のことで話しておきたいことがある」




 いきなり話題が飛んだので目を瞬かせてしまった。




「わたしのこと?」


「そうだ」


「……痩せさせろ、とか?」




 わたしの言葉にリオネルが呆れた顔をする。




「違う。だが、似たようなものかもしれない」




 とだけ言った。


 更に訊こうとしたところで馬車は侯爵邸に到着してしまい、内容について聞くことは出来なかった。


 リオネルが先に馬車を降り、わたしが次に降りる。


 玄関ホールにいた執事へ声をかけた。




「お母様は何をしていらっしゃるかしら?」


「奥様は自室で午後に届いたお手紙を確認しておられます」


「では、お母様に少しお時間をいただけるか伺ってきてもらえる? ちょっと話があるの。リオネルと『春の間』で待っているわ」


「かしこまりました。お伝えしてまいります」




 執事は礼を執り、お母様に伝言を伝えに行ってくれる。


 その間に、控えていたメイド達に声をかけ、応接室にお茶を用意してほしいこと、馬車に積んであるお菓子を下ろしてほしいこと、そのお菓子は使用人達で食べていいことを話せば、頷いて足取り軽く動き出す。


 わたしはリオネルと共に応接室へ向かう。


 いくつかある応接室の一つが『春の間』で、柔らかな黄緑を基調として色とりどりの花柄を使った部屋だ。応接室の中でわたしが一番好きな部屋で、最初の一年ほどは、よくリオネルを招いていた部屋でもあった。


 それ以降は自室にリオネルを通していた。


 応接室に入るとリオネルが懐かしそうに部屋を見回した。




「懐かしいでしょ?」




 リオネルが「ああ」と頷く。


 わたしがソファーに座ると、横にリオネルも腰を下ろす。


 ややあって部屋の扉が叩かれ、メイドがサービスワゴンを押しながら入ってくる。


 紅茶の用意をしてくれている間にまた部屋の扉が叩かれた。来たのはお母様で、メイドは三人分の紅茶や菓子を並べると、静々と下がっていった。




「おかえりなさい、エステル。それからリオネル君もいらっしゃい。男爵家へのご挨拶に行くという話だったけれど、思ったよりも早く帰ってきたのね」


「ええ、まあ、とりあえずご挨拶は問題なく終わりました」




 リオネルと家族の確執についてはわたしから話すことではないし、恐らく、お母様は知っているだろう。


 結婚相手やその家について調査するのは貴族では当たり前だ。




「それより、リオネルがお母様に話があるそうです」




 お母様の視線がリオネルへ向く。


 リオネルが座ったまま、片手を胸に当てて略式の礼を執る。




「お忙しいところ申し訳ありません。少し、エステル嬢についてお伝えしたいことがあり、お時間をいただきました」


「エステルのことで?」


「はい」




 それからリオネルが話したのは、わたしの食事に関することだった。


 まず、わたしの食事はわたし自身に管理させること。


 それについてお父様やお母様が口出しをしないこと。




「以前、侯爵家の食事に招待していただいた際に感じていたのですが、侯爵も夫人も、エステル嬢に料理を勧め、エステル嬢がそれらを食べていましたが、あれでは食べすぎです」


「でも、この子に食べ物で苦労をさせたくないの。エステルは生まれた時はとても小さかったし、体を丈夫にするためにも食事は大事でしょう?」


「お気持ちは分かります。しかし、エステル嬢はもう成人しています。これ以上は逆に健康を害すかと。何より食事の際にご両親からあれこれと勧められ、それを食べるために、普段は菓子などの嗜好品を我慢しています。私が手土産に持ってきたものすら口に出来ないのです」




 リオネルの言葉にお母様だけでなく、わたしもハッとした。


 確かに最初の頃、リオネルは毎回きちんと手土産を持って来てくれて、わたしはいつもそれが食べられないことが残念で申し訳なく感じていた。


 そのうちリオネルはお菓子ではなく、小説を書くのに必要なペンやインク、紙、白紙の本などを持ってくるようになったので、てっきり小説の催促かと思っていたが、もしかしたらわたしの気持ちを察してくれていたのかもしれない。


 子供の頃はお菓子も食べられていたが、成長するにつれて食事量が減り、それでも食事の際に食べる量は減らせないなら他を我慢する。


 そうして今までわたしは生活してきた。


 もしお菓子も食べていたら、きっとわたしは『ふとまし令嬢』ではなく『豚令嬢』と呼ばれていただろう。




「エステル嬢はご家族の愛情を理解しています。けれど、食事に限っては重荷となってしまっているのです。婚約する以上、私の持ってきた菓子も食べてほしい。ですから、今後は彼女の食事に関することは彼女自身に任せてください」




 お母様がわたしを見る。


 その悲しげな目に心が痛むけれど、わたしは頷いた。




「リオネルの言う通りです、お母様」


「……そう、そうだったのね……」




 何か思い当たる節があるのかお母様が目を伏せた。




「この件についてはお父様にもラエルにも話をしておくわ」


「今まで黙っていてごめんなさい」


「いいえ、謝らなければいけないのはわたくし達のほうだわ。あなたに無理をさせていたのに気付けないなんて、家族として恥ずかしいことよ……」




 立ち上がったお母様がわたしのところへ来て抱き締めてくれる。




「そうよね、もうこんなに大きくなって、生まれた頃のあの小さくてか弱い赤ん坊ではないのね」




 確かめるように頭を撫でられた。




「ごめんなさい、エステル」


「いいんです。お母様達が沢山わたしを愛してくれていることは分かっていました。いつも、それが嬉しかったんです」




 これは健康に良いから食べてみなさい。


 いつもお母様達はわたしのことを思って、食事を用意してくれて、体に良いと言われるものを探してきてくれた。


 それがわたしへ向けられる愛情だと分かっていた。




「すぐに料理長に言って、食事の量を減らしてもらうわね。エステルもリオネル君が帰った後、食べられる量を料理長に教えてあげてちょうだい」


「はい、そうします」




 わたしから体を離したお母様が略式の礼をリオネルへ執る。




「リオネル君、教えてくれて本当にありがとう」




 フイ、とリオネルが顔を背ける。




「……いえ、これは私の我が儘でもありますので」




 少し照れた様子でぶっきらぼうに言うリオネルに、わたしは心が温かくなった。


 お母様は厨房に行くからと部屋を出て行き、わたし達も応接室から、いつものわたしの部屋へと移動する。


 わたしの部屋に着くとリオネルは勝手知ったるといった様子で、普段よく使っている丸テーブル横の椅子に腰掛けた。


 釣られるようにわたしもその向かいの椅子に座った。




「リオネル、さっきはありがとう」


「別に礼なんていい。俺が勝手にやったことだ」


「そうかもだけど、わたしは凄く助かったよ」




 フン、とリオネルがまた顔を背けた。


 ……いつも思うけど、照れ隠しが分かりやすい。


 そういうところがちょっと可愛い。




「それより、条件について決めるんだろ」




 これ以上言ったら逆に機嫌を損ねそうなので、わたしはリオネルの出した話題に乗って頷いた。




「それなんだけど、紙に書き出してくれる? わたしも同じように書くから、それでお互いに読んで考えよう」


「分かった」




 一度席を立ち、机からペンを二本とインク、紙を持って戻る。


 ペンの片方と紙をリオネルへ渡し、わたしも手元に紙を置いて腰を下ろす。


 リオネルはすぐにペンを走らせ始めた。


 わたしも条件を紙に書き出した。




「今は婚約の間の条件でいいか?」


「うん、とりあえずは婚約中の条件で。結婚する時に改めて結婚後の条件は決めよう。先に条件決めちゃうと婚約中に変更したいこととか出るかもしれないし」


「そうだな」




 二人で手早く条件を書き出し、終えたら紙を交換する。


 わたしの条件は三つ。


 一つ、互いの趣味を無理にやめさせない。

 一つ、他に好きな人が出来たらすぐに相談する。

 一つ、婚約解消の際は事前に話し合う。


 リオネルから渡された紙には予想以上に多く書かれていた。


 一つ、婚約中の不貞行為の禁止。

 一つ、家族以外の異性と二人きりにならない。

 一つ、互いに出来る限り会う時間をつくる。

 一つ、困ったことがある場合は相談する。

 一つ、イベール男爵家からの婚約解消はなし。

 一つ、婚姻はリオネルが筆頭宮廷魔法士となり、エステルの同意を得てから行うこととする。


 …………んん?




「ねえ、最後の二つはおかしくない? これだとリオネルは何かあった時にわたしとの婚約を解消出来ないし、結婚するのも筆頭になってからって何で?」




 テーブルに頬杖をついたリオネルがこちらに手を伸ばす。


 見ていると、ムギュッと鼻を摘まれた。


 すぐにその手が離れる。




「俺から婚約解消はしない。それとルオー侯爵と先日話した際に『結婚は筆頭宮廷魔法士になるのが条件』と約束した」


「ええ? もう、お父様ってば過保護なんだから……」




 確かに男爵家のリオネルに侯爵令嬢のわたしが嫁げば苦労することも多いかもしれないが、だからと言って『筆頭宮廷魔法士になる』のを条件に出すなんて。


 鼻をさすりながら呆れていれば、リオネルが首を振った。




「いや、その条件は俺から提示したものだ。侯爵令嬢と結婚するなら相応の地位が必要だろう?」


「それはそうかもしれないけど……」


「心配せずとも、そう遠くないうちに筆頭の座は掴んでみせる。俺を誰だと思っている?」




 不敵な笑みを浮かべるリオネルは美しくて、傲慢で、自信に満ちていて、そしていつも通りだった。




「……天才魔法士リオネル・イベール様?」


「分かっているじゃないか」




 満足げにリオネルが口角を引き上げる。


 わたしもそれ以上は何も言わないことにした。


 昔からリオネルは有言実行するタイプだった。




「他の条件について問題は?」




 と訊かれて答えた。




「ないよ」


「まあ、そうだろうな」




 わたしの手から紙を引き抜き、サラサラと書き足すと紙を返される。そこにはわたしの出した条件も書かれていた。


 リオネルが自分の手元の紙を折りたたんでポケットへ仕舞う。




「そっちにも書き足さなくて大丈夫?」


「自分が書いた条件は覚えている」


「相変わらず記憶力いいね」




 わたしは立ち上がり、机へ向かうと、条件の書かれた紙を机の引き出しへ仕舞った。


 テーブルへ戻ればリオネルが言う。




「条件を破ったら恐ろしい目に遭うから気を付けろよ」




 ……恐ろしい目に遭う?




「どういう意味?」


「言葉通りだ」




 リオネルはそれ以上は何も言わなかったが、頭の良いリオネルがそう言うのなら、そうなのだろう。


 ……条件は契約と言うか、約束みたいなものだしね。




「家族以外に親しい異性はリオネルしかいないからいいけどね」




 リオネルは「そうか」と満足そうに頬杖をついていた。






 

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