ドレスが可愛いからね……!
「今日の予定は空いているか?」
結婚してから一週間後。
朝食の席でリオネルにそう訊ねられた。
「えっと……うん、特に予定はないよ」
執筆は夜でも出来るし、キャシー様達と打ち合わせなどもないはずなので予定を空けようと思えば空けられる。
そのことはリオネルも分かっていると思うが……。
「それならデートしないか?」
「デ……ッ!?」
……デート!?
思わず持っていたナイフを落としそうになった。
慌てて皿にナイフとフォークを置き、リオネルを見る。
「……いいけど、何で急に?」
「結婚前もほとんど共に出掛けるということはなかっただろう? たまにはそういうのも良いかと思ったんだ」
リオネルもわたしもあまり外出を好まないタチだ。
だが、いつも屋敷にこもりっぱなしでいると飽きることもあるし、以前は時々、王城の図書室で待ち合わせて会うこともあった。
……別に出掛けるのは嫌いってわけでもないんだよね。
「うん、いいよ。出掛けよう」
そういうわけで、今日はリオネルと出掛けることにした。
朝食を終えて、二人で寝室へ戻る。
お互いの部屋は寝室を挟んでいるだけなので別々に戻るというのもなんだか変で、結局、朝はいつも身支度を整えたらリオネルと寝室で待ち合わせて食堂に向かっている。
その後も仕事へ出掛ける前に部屋へ戻るのだが、なんとなく、リオネルと共に食堂を出る。
恐らくわたしが一人で戻ろうとしても、リオネルのほうがくっついてくるのだろうが。
リオネルは結婚してからの一週間、毎日、朝食と夕食は必ずわたしと共に食べている。
仕事で遅くなる日もあるかもしれないというわたしの予想とは裏腹に、ほぼ決まった時間に帰ってくるのだ。
まっすぐ仕事へ行って、まっすぐ帰ってくる。
……逆にちょっと心配になってくる……。
他の人と付き合いで出掛けるとかはないのだろうか。
せっかくの休日もわたしと過ごすつもりらしい。
寝室で一旦別れてそれぞれの部屋へ戻り、外出用のドレスに着替え、髪を結ってもらい、薄く化粧をする。
準備を整えて寝室へ戻るとリオネルが椅子に腰掛けていた。
シンプルな装いだけど、顔が物凄く良いので、ごく普通の装いでも仕立てが良さそうに見えるのは不思議である。
わたしが寝室へ入るとリオネルは立ち上がった。
「俺の妻は何を着ても可愛いな」
直球の褒め言葉は何度聞いても照れてしまう。
「ドレスが可愛いからね……!」
「いい加減、素直に受け取ってくれ。ドレスも似合っているが『お前が』可愛いんだ。ドレスを褒めたわけではない」
「う、ご、ごめん……」
しかしそれ以上言わないのは、これがわたしの照れ隠しだとリオネルも分かっているからだろう。
差し出された手に自分の手を重ねる。
この一週間だけでも数えきれないほど繰り返している行動のせいか、もう慣れた。
二人で寝室を出て、玄関へ向かえば、外に馬車が停まっている。
それに乗り込んでお出掛けの始まりだ。
「まずはどこに行くの?」
美容室や服飾店にはお母様と時々行くけれど、他は滅多に行かないので、これはこれでワクワクしてくる。
「本屋だ。お前のことだから、まだ自分の本が並んでいる様子を見に行ったことがないだろう?」
「言われてみればそうだね」
わたしの場合は本が売れたら嬉しいけれど、自分の小説が本になって手元にくるだけで嬉しいので、本屋へ行って自分の本を探すことはしなかった。
もちろん、並んでいるところを見られたら嬉しいだろう。
ただ、逆に置いてなかったらとても悲しいので『もしかしたらここには置いてないかも……』と思うと本屋へ入るのに少し勇気が要る。
「俺もお前の本が店に並んでいるところを見たい」
「でも、もしなかったら……?」
「その時は店にあった分は全て売れたということだ」
励ますようにリオネルがわたしの頭を撫でた。
……なるほど、そういう考え方もあるかあ。
リオネルの前向きな思考に感心する。
そもそも趣味から始まったものなので、全ての本屋にわたしの本が並んでいるということのほうがありえない。
そう思うとなくても当たり前だし、あったら運が良かったくらいの気持ちでいたほうが気が楽だろう。
馬車が停まり、目的地の本屋に到着する。
先に降りたリオネルの手を借りて馬車から降りる。
比較的大きな本屋で、わたしも何度か来たことがあった。
通りを歩く人々の視線がリオネルに向けられていたが、当の本人は視線など気にした様子もなく、わたしをエスコートして本屋へ入る。
中へ入ると途端に紙とインクの匂いがした。
わたしの好きな匂いだ。
久しぶりに来たのでつい辺りの棚を見回していると、リオネルが「娯楽小説は向こうだな」と店の奥へ視線を向けた。
促されてそちらへ歩いていけば、歴史書などの向こうに娯楽小説用のスペースがあり、新しい本が棚に並んでいる。
……うわ、面白そうな本ばっかり!
自分で書くことが楽しくて最近は読書の時間が減っていたけれど、これを機にいくつか本を買って、また読書の時間をつくるのもいいだろう。
横にいたリオネルが手を伸ばして本を一冊手に取った。
その題名を見て、思わず「あ」と小さく声が漏れる。
それはわたしの本だった。
リオネルを見れば、嬉しそうに微かに口角を引き上げて頷き返され、改めて棚を眺めると、同じものが何冊かあった。
嬉しいような、照れくさいような、落ち着かない気持ちになる。
リオネルは手に持った本を戻さなかった。
「もしかして買うの?」
「ああ、読書用にほしいからな」
辺りを見回し、人がいないことを確認して訊き返す。
「何冊か献本もらってるし、それ読めばいいんじゃない?」
「それは保存用にする。たとえ一冊でも『売れた』という実績が大事だろう。本の購入は著者への一番の応援になる」
「まあ、確かにそうだけど……」
リオネルがまじまじとわたしを見た。
「それほど照れることか?」
「自分でもよく分かんないけど、なんか照れる」
とりあえず他にも気になった小説を何冊か選ぶ。
わたしの本はリオネルが、他の本は自分で購入する。
一度はリオネルが「俺が払う」と言ってくれたが、欲しいものは自分で買うからこそ意味があるからと断った。
気持ちは嬉しいけれど、自分で稼いだお金を使ってみたかったし、自分のお金で買ったものだからこそ大事に出来る。
リオネルが本を受け取ってくれて馬車へと戻る。
荷物を馬車に置いて、リオネルに手を取られた。
「少し早いが昼食にしよう。この道の先にいい店がある」
と、言うのでそのお店に行くことにした。
どう見ても貴族なわたし達が連れ立って歩いているため、やや目立っているものの、街中を歩くのは楽しい。
ふとそこで疑問が湧いた。
「リオネルってよく出掛けたりするの?」
いつも我が家に来ていたし、結婚後も仕事に行って終わったら帰ってくるという様子だったので、街中のお店を知っていることが不思議だった。
「部下に聞いた」
「リューク様やゼルビア様?」
「あの二人もそうだが、他の者達からもだ。何故か皆、流行っている店の情報を俺に話してくる」
「へえ、何でだろうね」
でも、そのおかげでこうして楽しい休日を過ごせるのだからリオネルの部下の人達には感謝するべきなのだろう。
話の通り、しばらく歩くと白い壁の可愛らしい店があった。
どうやらカフェのような場所らしく、軽食やお菓子を食べられるお店だそうで、まだ昼前だというのに結構人が出入りしている。
リオネルと共に入ると視線が突き刺さる。
……これも段々慣れてきたなあ。
ただでさえ美形なリオネルが目立つのに、横にいるのがわたしなのだから、ジロジロと見られるのも仕方がない。
ちょっと苦笑しつつ、店の人に案内されて席へ着く。
「軽食でいいか?」
「うん」
リオネルがティータイムセットを注文する。
店の中は白と水色を基調とした可愛らしい感じで、どちらかと言えば女性向けといった雰囲気である。
……なるほど、リオネルが目立ってるのは男性だからというのもあるのかも?
周りはよくよく見れば女性客が多い。
リオネルは気にした様子もなくテーブルに肘をついている。
貴族で、美形で、筆頭宮廷魔法士で、それなのにたまにこういう行儀の悪い振る舞いをするのだが、そんな姿すら様になっているのだから羨ましい。
ジッと見つめるわたしに気付いたのかリオネルと目が合った。
「何だ、俺に見惚れたか?」
それに素直に頷いた。
「リオネルは何してもかっこいいよね」
「……そうか」
自分で訊いておいて照れたようだ。
「この後はどこに行く予定?」
「午後は観劇をしようと思っている。演じられるのはジンジャー・バフォメルの『小夜啼鳥』だ」
「え、あの『小夜啼鳥』が劇になったの!?」
それはわたしもリオネルも好きな娯楽小説の題名だ。
既に故人となったジンジャー・バフォメルは美しい文章表現をする劇作家で、元は劇場の支配人だった男性が夢に見た物語を書き起こし続けて成功したと言われている。
そして『小夜啼鳥』は彼の代表作の一つである。
「ああ、二週間ほど前から始まったらしい」
「うわあ、楽しみ! リオネルはもう見た?」
「いや、お前と観たくてまだ行っていない」
そんな話をしているとティータイム用のケーキスタンドとティーセットが運ばれてくる。
一杯目の紅茶をカップへ注いだ後に店員が下がっていく。
ケーキスタンドは三段タイプで、下からサンドイッチ、スコーン、ケーキが載っていて、全て食べやすい一口大であった。軽めに二人分といった感じだった。
リオネルが取り皿へサンドイッチを分けてくれる。
「ありがとう」
差し出された皿を受け取った。
リオネルもサンドイッチを皿へ移し、食べ始める。
わたしもサンドイッチを食べてみる。
香ばしいパンにレタスらしき野菜とトマト、チーズ、バジル風味のソースが使われていてさっぱりとして美味しい。
他にもハムと野菜を使ったものや肉とチーズを使ったものがあり、どれも食べやすくて美味しく、大きさも軽食というだけあって少量なので食べすぎることもない。
「今年はジンジャー・バフォメル没後百年らしい。それに伴って大きな劇場はぞれぞれにバフォメルの代表作で演劇を行っているそうだ。各劇場によって解釈が微妙に違うから、どこで観ても面白いのだとか」
リオネルも観劇が楽しみなのだろう。
小説の感想や魔法について話す時、いつもリオネルは普段より少し饒舌になる。好きなものの話になると熱くなるのはどこの世界でも、どんな人間でも、同じらしい。
「そうなると他の劇場も気になるね」
「今日はアルダール劇場に行くが、今度の休日には別の劇場も観て回ろう。休日に一つずつ回るのも楽しそうだ」
「それいいね」
きっと観劇を終えた後、わたしもリオネルも劇の内容について色々と語りたくなるだろう。
同じ物語でも劇場によって解釈違いで微妙に台詞や物語の展開などが変わり、それらを比較して、自分が一番好きな劇場を探すのは絶対に楽しい。
それぞれ気に入った劇場があれば、全て観て回った後にもう一度観に行くというのも面白い。
「しばらく、休日の予定は観劇で決まりだね」
リオネルがふっと微笑んだ。
「お前とデートに行くと思えば仕事のやる気も出る」
「……そう」
まさかそこでそう来るとは思わず、そっけない態度になってしまったが、リオネルは笑みを深めるだけだった。
次にスコーンを食べる。
手でちぎり、ジャムとクリームをつける。
……うん、これも美味しい。
酸味のある果物のジャムに甘いクリームがよく合う。
そうして食べているとリオネルの手が伸びてきた。
「端にクリームがついてるぞ」
長い指がわたしの唇の端を拭った。
その指をリオネルがぺろりと舐める。
遅れて頭が状況を理解し、顔が熱くなる。
ハッとして周囲を見れば、周りの席の人達がわたしと目線を逸らすようにサッと顔を背けた。
……み、見られてた……!!
恥ずかしくて顔を覆いたいが、スコーンをちぎっていた手で顔に触れることも出来ず、わたしは両手を握り締めて俯いた。
「そういうことはまだ早いと思います……!」
何故敬語なのかは自分でも分からない。
リオネルが愉快そうに口元に笑みを浮かべている。
「そうか、まだ早いか」
その意味ありげな言葉に首を傾げかけ、気付く。
……まだってことは、いつかは良いということだ……!
我ながら特に何も考えずに発した言葉だったけれど、リオネルに指摘されて余計に気恥ずかしくなった。
……わたし、何でまだなんて言ったんだろう。
確かに、恥ずかしかったけれど嫌ではなくて。
でもリオネルは親友……家族みたいなものだし、と言うか結婚したから本当に家族なので、自分でもどこからどこまでを許していいのか分からなくなってくる。
混乱しているとリオネルが苦笑した。
「すまない、少しやりすぎた」
自覚はあるらしい。
「……もうしない?」
「出来る限り気を付けよう」
「しないとは言わないんだね……」
それにリオネルは軽く肩を竦めた。
「お前を見ていると自然に体が動くから仕方がない」
そう、リオネルは悪びれもせずに言った。
それから一番上のケーキを食べて、紅茶を飲みつつ原作について語りながら、観劇の時間までしばしのんびりと過ごしたのだった。




