夫婦初の共同作業といきますか。
屋敷に到着すると、見送りの時と同じく使用人達に出迎えられる。
祝福の言葉をかけられつつ屋敷の中へ入れば、待機していた侍女達に半ば追い立てられるように自室へ戻された。
恐らくリオネルも客室へ行っただろう。
また後で、と何とか挨拶は交わしたが……。
結婚式の余韻を楽しむ暇もなく、ベールを外し、ウエディングドレスを脱がされる。
今度は侯爵家での披露宴である。
結婚式に出席してくれた人々に結婚のご挨拶をするのだ。
それから披露宴用の黄色のドレスを着せられる。
せっかく息苦しかったコルセットから解放されたのも束の間、またこちらのドレスのコルセットを絞ることになった。
「お嬢様、もう一度頑張ってくださいね」
などと笑顔で言う侍女に少しげっそりした。
またお腹に力を込めてへこませ、侍女がそれに合わせてギュッと力一杯コルセットの紐を締める。
二度目ともなれば呻き声は抑えられたものの、やっぱり苦しいし、きついし、いい気分ではない。
これだけ毎日締め上げていれば嫌でも腰は細くなるだろう。
他のご令嬢達があまり食事をしないのも頷ける。
食べたくても、物理的に入る余地がない。
コルセットを絞ってぐったりしているわたしを他所に、侍女達が慣れた様子でわたしにスカートを穿かせたり上着を着せたりする。
ドレッサーの前へ移動し、椅子に腰掛ける。
化粧を直し、髪を整えている間に少し休憩が出来そうだ。
「結婚式はいかがでしたか?」
侍女が忙しなく動きながらも問いかけてくる。
「うーん、まあ、何事もなく終わったよ。ちょっと緊張したけど、意外と終わってみればあっさりした感じだったかな」
「ふふ、これからは『お嬢様』ではなく『奥様』とお呼びしなければいけませんね」
「『お嬢様』でいいよ。奥様だとお母様と間違えちゃうし、別邸で暮らすなら、侯爵家の娘って立場は変わらないし」
わたしの言葉に侍女達が「かしこまりました」と頷く。
本日のドレスは明るい黄色に白のレース、水色の薔薇の飾りがついた、いつもより華やかな装いである。
身支度を終えて休憩しているとリオネルが来た。
「これから招待客達がこちらへ来るそうだ」
「じゃあ出迎えないとね」
椅子から立ち上がればリオネルが近付いてくる。
白い襟に金縁の青い上着に白いズボンのリオネルは結婚式よりかは控えめだが、それでもよく似合っていた。
差し出された腕に手を添えて見上げる。
「夫婦初の共同作業といきますか」
リオネルがおかしそうに口角を引き上げた。
「疲れたら侯爵家と男爵家に任せて下がればいい。多少早く姿を消しても、微笑ましく思われるくらいで済むだろう」
「でも、とりあえず頑張るよ」
リオネルのエスコートを受けて玄関へ向かう。
玄関ホールにはお父様達とイベール男爵家の人々がいて、わたし達に気付くと指示を出す手を止めた。
「エステル、いらっしゃるお客様達を出迎えるように。私達は会場のほうでお客様の応対をする」
「はい、お父様」
「リオネル君も頼んだぞ」
と、慌ただしく会場のほうへ移動していった。
イベール男爵家も会釈をしたものの、お母様に急かされて会場のほうへ向かっていった。
……相変わらず無口な人だなあ。
リオネルと面差しは似ているけれど、少し、リオネルより優しい印象を覚える。リオネルのお兄様。
「……リオネルって誰に似たの?」
イベール男爵とも夫人ともあまり似つかない、兄弟の顔立ちに疑問が湧いた。
「俺も兄も、母方の祖父に似ている」
「なるほど」
きっと夫人の父親はかなり美形だったのだろう。
リオネル達兄弟を見ればそれだけは絶対に確かだ。
その後は招待客をリオネルと共に出迎えた。
半分以上は侯爵家の繋がりだったので顔見知りが多く、残りはイベール男爵繋がりの家だったが、男爵家や子爵家が多く、むしろ侯爵家に来て少し緊張しているのは招待客のほうだった。
なんとか出迎えを済ませ、もうほとんどの招待客が揃い、最後のお客様が訪れた。
馬車から降りてきたその人を見て、ハッとする。
色は違うが、リオネルと同じ筆頭宮廷魔法士の装い。
鮮やかな赤い髪にどこか眠たそうな緑の瞳は、けれども美しく、リオネルに負けず劣らず整った顔立ちだった。
「やあ、リオネル君、婚約者ちゃん、結婚おめでとう〜」
ひらひらと手を振るその人にリオネルが言う。
「もう結婚したから婚約者ではない」
「もう、細かいなぁ」
その人がわたしを見て、胸元に手を当てて略式に礼を執る。
「初めまして、リオネル君の元上司のアベル・セルペットといいます。一応、筆頭宮廷魔法士『ガーネット』の名で通っております」
「こ、こちらこそ初めまして、エステル……イベールと申します。本日はお越しいただき、ありがとうございます……!」
慌ててわたしも礼を執って返す。
リオネルからたまに聞くことのある名前だ。
筆頭宮廷魔法士『ガーネット』は国内外でも有名人だ。
攻撃魔法に特化した魔法士で、不老長命だとか、女性との浮いた噂が多いとか。特に女性関係については劇になることもある。それが事実かは不明だが。
「そう堅くならないでぇ。今の僕はもうリオネル君の同僚だし、今後も付き合いが長くなるだろうからねぇ」
それじゃあ、とあっさり案内役の使用人へついて行く。
……なんだかいろんな意味でクセが強そうだ。
リオネルは少し呆れた顔でセルペット様を見送っていた。
最後に来たのはキャシー様だった。
「こんにちは、リオネル様、エステル様。ご結婚おめでとうございます。本日はお招きいただき光栄ですわ〜」
リオネルが出資している出版社の人間という名目で招いているが、実際はわたし関連のお客様である。
キャシー様がこっそりと囁いた。
「ご結婚後は一週間ほどお休みいただけるよう、日程を調整しておりますのでごゆっくりなさってください」
「ありがとうございます……!」
今日まで凄く忙しかったのでありがたい。
何故かリオネルとキャシー様は頷き合っていた。
キャシー様が会場へ向かい、招待客のリストを確認する。
全ての招待客が来ているようだ。
リストを使用人へ渡し、今度はわたし達も会場である庭園へ向かった。
四人がけの丸テーブルがいくつも並び、それぞれの席に関係者が座っているが、その中の一つがとても目立っていた。
……キャシー様とセルペット様、凄い目立つ。
わたし達が会場に入ると人々の視線がこちらへ集まる。
その視線を感じつつ、侯爵家と男爵家がいるテーブルから挨拶回りが始まる。
リオネルと共にお父様達のいるテーブルへ行く。
「お父様、お母様、お兄様、今日はありがとうございます」
「皆様のおかげで無事、式を終えることが出来ました」
いつも難しい顔をしていることの多いお父様が、今日は穏やかな表情だった。
「エステル、リオネル君、結婚おめでとう」
「ふふふ、素敵なお式だったわ」
「まさか妹に先を越されるとはな」
お母様とお兄様も穏やかに微笑んだ。
別に結婚後も侯爵家にいるので、何が変わるというわけではないが、結婚した以上はわたしはリオネルの妻だ。
一つの、新しい家庭をリオネルと共に作ったのだ。
「これからもエステルをよろしく頼む。何か困ったことがあれば、いつでも我々に声をかけてくれ。君は今日から私達の義理の息子でもあるのだから」
「はい、ありがとうございます」
お父様とリオネルが握手を交わす。
話したいことはまだまだあるけれど、他の招待客への挨拶の時間を考えるとのんびりしてはいられない。
次にイベール男爵家のテーブルへ移動する。
「本日は出席していただき、ありがとうございます」
言葉とは裏腹にリオネルの声は淡々としていた。
だが、イベール男爵夫妻は全く気にした様子はない。
「まさか我が家から筆頭が生まれるとはなあ!」
「しかもルオー侯爵家との婚姻だなんて、勿体ないくらいの良縁ですわ」
ははは、ほほほ、と夫妻が楽しそうに笑っている。
リオネルのお兄様は無表情で、そういうところは兄弟揃って同じなんだよなあと感じた。
ただ、リオネルにそれを言うと嫌がられそうなので言わないが。
目が合うとリオネルのお兄様が目礼をしてきたため、同様に目礼で返す。
「これで我がイベール男爵家も安泰だ!」
リオネルは楽しそうにしている自分の父親を冷たい目で眺めていて、血が繋がっているからと言って、大切な家族になれるとは限らないのだと改めて思わされた。
その後、一言二言話をして次のテーブルへ移動する。
リオネルの機嫌が少し悪くなったのを感じ、そっと触れている腕に軽く力を込めれば、視線がわたしのほうへ向く。
そして『大丈夫だ』と言うふうにリオネルは僅かに口角を引き上げた。
いくつかのテーブルで挨拶を終え、キャシー様とセルペット様のいる席へ挨拶へ行く。
テーブルにはキャシー様とセルペット様、そしてセルペット様についてきた宮廷魔法士らしき人が二人。
「改めまして、本日はお越しくださり感謝申し上げます」
キャシー様が嬉しそうにニコニコ顔で頷いた。
「私のほうこそ、まさか招待してもらえると思っていなかったのでとても嬉しいですわ〜」
「キャシー様を招待しないなんてありえません」
「まあ、その言葉だけで舞い上がってしまいそう」
キャシー様と笑い合っているとセルペット様が「いいなぁ」と頬杖をつく。
「僕も夫人と仲良くしたいなぁ。……って、リオネル君、その手は何をするつもりぃ?」
「不埒者は排除するべきだろう」
「待って待って、仲良くってそういう意味じゃないからぁ」
手を翳したリオネルにセルペット様が両手を上げて降参のポーズを取る。
それに二人の宮廷魔法士がおかしそうに笑う。
「アベル様の日頃の行いのせいですよ」
「そうっスよね。アベル様が悪いっス」
その言葉にセルペット様が不満そうな顔をする。
「ええ〜? 僕、悪いことしてないよぉ?」
「女性関係、やばいじゃないっスか」
「新郎からしたら大敵ですよね」
二人の宮廷魔法士から更に言われてセルペット様が唇を尖らせ、拗ねた様子でフンと顔を逸らす。
リオネルがやはり呆れた顔をしており、その様子からして、それが彼らにとってはいつも通りなのだろう。
宮廷魔法士の二人がこちらを向く。
「初めまして奥様、シーリス・リュークと申します」
「ゼイン・ゼノビアというっス。俺達、元はアベル様の部下だったんスけど、リオネル様が筆頭になってからは『オニキス』に異動して今はリオネル様の部下になってるっス」
と、いうことだった。
リューク様は淡いプラチナブロンドを肩口で切り揃え、眼鏡をかけた真面目そうな人で、ゼノビア様は短いサニーブロンドに水色の瞳の元気そうな人だった。リューク様は三十代くらい。ゼノビア様は二十代前半かもう少し若いくらいに見える。
リオネルの部下で、こうして式に出るということは……。
「二人とも若いが優秀な魔法士で、俺の補佐にした」
リオネルが優秀と言うなら凄腕の魔法士なのだろう。
「申し遅れましたが、エステル・イベールといいます。お二人にお会い出来て光栄です。リオネルのことを、これからもよろしくお願いいたします」
「いえ、こちらこそリオネル様の奥様とお会い出来て光栄でございます」
「リオネル様、こう見えて宮廷魔法士内で憧れてる奴が多くて、みんな今日の結婚式に出席したがってたんスよ」
「そうなのですね。リオネルが皆様に慕われているようで安心しました」
仕事についてあまり口に出さないので少し気になってはいたが、慕ってくれる人が多いなら、困ることはないだろう。
リオネルを見上げれば視線を逸らされる。
その照れ隠しが分かりやすくて笑ってしまった。
「今度、落ち着いたら皆様にご挨拶に伺いたいと思います。……いいかな?」
後半はリオネルへ問えば、頷き返された。
「構わないが、挨拶をするなら俺が案内しよう」
「リオネル、仕事で忙しくない?」
「お前のために予定を空けておく程度には余裕はある」
遠回しに『気にするな』と伝えられて私も頷いた。
「じゃあ、その時はお願いね」
「ああ、任された」
顔を背けていたセルペット様が振り向いた。
「その時は『ガーネット』も見においでぇ」
どうしてかリオネルとリューク様、ゼノビア様が驚いた様子でセルペット様を見た。
……うーん、せっかくだから見学させてもらおうかな。
リオネルを見上げれば瞬きを一つ返された。
何も言わないということは、わたしの好きにして良いのだろう。
「ありがとうございます。ご迷惑でなければ、お邪魔させていただきますね」
「全然邪魔じゃないよぉ。気軽に遊びに来てねぇ」
それから残りの招待客にご挨拶をして、何とか披露宴も無事に終わったのだった。
筆頭となったリオネルの妻がわたしであることに、誰か否定的な反応をするかもしれないと思ったが、予想に反してそのようなことはなかった。
むしろルオー侯爵家を通じて筆頭宮廷魔法士と顔を繋げられることを歓迎している様子の家が多かった。
男爵家の関係の家も、侯爵家から更に繋がりを広げられる機会が得られて、披露宴の雰囲気は明るいものであった。
少なくとも、どの家にとってもわたし達の結婚式の出席は悪いことではなかったらしい。
最後に招待客と別れの挨拶を交わしつつ、見送ると、夕方になってしまっていた。
終わった頃にはさすがのリオネルも少し疲れたふうに見えた。
 




