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はい、誓います。

 






 そうこうしているうちに何事もなく三ヶ月が過ぎ。


 わたしとリオネルの結婚式を迎えた。


 朝早くからリオネルも侯爵家を訪れ、お互い別々に身支度を整えることになっている。


 朝からわたしはお風呂に入り、マッサージをして、髪や肌に香油を塗ってと侍女もメイドも慌ただしい。


 恐らくリオネルのほうも男性使用人達によって似た状態になっていることだろう。


 お風呂上がりにちょっと休憩しつつ水分補給を済ませる。


 その間に髪を乾かし、爪を整えてもらう。


 ……確かに人生で一番綺麗になれる日だよね。


 今日までに美容に良いものを食べて、飲んで、太らないようにお菓子は控えて、おかげで若干痩せたような気がしないでもない。あまり見た目は変わらないが。


 一息吐いたら、いざウエディングドレスの着用である。




「お嬢様、締めますよ!」




 息を詰め、お腹に力を入れてへこませる。


 ほぼ同時にグッと侍女がコルセットの紐を絞る。


 思わず「うっ……!」と声が漏れてしまったが仕方がないことだろう。


 それでも侍女は絞るのをやめない。




「本日はいつもよりしっかり締めますからね!」




 体型的なこともあり、普段はあまりコルセットをきつく締めないのだが、さすがに今日はそのようなことは出来ないらしい。


 何度も締め直されて内臓が押し込められているのが分かる。




「そ、それ以上はさすがに無理……」




 と降参して何とか許してもらったが、解けないようしっかり縛った紐はいつもよりかなり余裕があるように見えた。


 ……もうこれだけでグッタリだよ……。


 上から更にスカートを何枚も穿いてふんわりさせる。


 椅子に移動して座り、侍女達が化粧をしてくれた。




「清楚な感じにいたしましょうね」


「……まあ、素敵です、お嬢様!」




 化粧の最中から既にメイド達は楽しげだ。


 何度も髪をくしけずり、艶を出したら左の側頭部に白い花の髪飾りを挿す。最後にベールをつけて完成だ。


 侍女から白と淡い青色が交じったブーケを渡される。


 全員がやり切ったという顔をしていた。


 鏡の中のわたしは相変わらず太っているものの、どこからどう見ても花嫁さんといった姿だった。


 頑張ってコルセットを絞ったことと、ふんわりとしたスカートのおかげでいつもより腰も細く見える。


 ここまでしている間にもう午後に差しかかっていた。


 支度を終えて少しホッとしていると部屋の扉が叩かれる。


 侍女が出て、すぐにリオネルが部屋に入ってきた。


 わたしもリオネルも互いを見て、沈黙が落ちる。


 ……リオネル、凄くかっこいい……。


 白い衣装にリオネルの黒髪が映えて見えるし、派手すぎないが地味でもない、丁度良い具合の刺繍がより華やかさを感じさせる。ほのかに水色がかった衣装はブーケの色に合わせてだ。




「今日のエステルはいっそう美しいな」




 その言葉に照れ笑いが浮かぶ。




「ありがとう。リオネルもいつもの倍以上かっこいいよ」


「生まれて初めて香油を塗りたくられたがな」


「あはは、まあ、そうだろうね」




 嫌そうな顔をしつつも黙ってマッサージを受けたのだろう。


 リオネルはこの美貌なのに、美容関連のことは全く頓着していないのだ。それでこれだけ整った容姿を保てるのだから羨ましいことである。


 近付いてきたリオネルが腕を差し出してくる。




「もう後戻りは出来ないぞ」




 最後の確認のように言われて、わたしは大きく頷いた。




「大丈夫」


「そうか。では行こう、エステル」




 侍女達が扉を開けてくれて、リオネルのエスコートで部屋を出る。


 お父様達は先に教会へ行って招待客の対応をしてくれているはずなので、今日は一度も会っていない。


 玄関ホールに辿り着き、玄関の扉が開けられる。




「行ってらっしゃいませ、お嬢様、リオネル様」




 使用人達が左右に並び、見送りに立ってくれていた。




「みんな、ありがとう! 行ってきます!」




 馬車に乗り、扉が閉められ、走り出しても使用人達はずっと見送ってくれて、それだけで胸がいっぱいになる。


 リオネルがふっと微笑んだ。




「良かったな」


「……うん」




 向かいに座るリオネルにジッと見つめられる。




「緊張は……していなさそうだな」


「リオネルがいるからね。それに失敗しても『結婚式で緊張した花嫁の可愛いミス』で片付けられるし」


「練習したのにか?」




 先週、教会で結婚式のリハーサルを行った。


 とは言っても軽く流れを確認しただけだが、それでも、ぶっつけ本番でやるよりかはずっといい。




「わたし、多分本番に弱いから」


「安心しろ。もしお前が転んだとしても俺が受け止める」


「フラグ立てるのやめて……」




 緊張はしていないけれど、やはり不安はある。


 だが、不思議と心地好い高揚感もあった。


 ……結婚したら、リオネルとずっと一緒……。


 それはとても幸せなことだと思った。




「……これからもよろしくね、リオネル」




 差し出したわたしの手に、リオネルも手を重ねた。




「ああ、これからもよろしく、エステル」




 握手を交わして頷き合っていると馬車が停まった。


 目的地の教会に到着したようだ。


 リオネルが手を離すと、席を立ちながら扉を開け、先に降りると振り返る。


 今度はリオネルから差し出された手に、わたしも自分の手を重ねて馬車から降りた。


 既に教会の中は招待客でいっぱいらしく、微かにそのざわめきが聞こえてきた。


 急に緊張してしまったわたしにリオネルが手を伸ばす。




「エステル」




 伸ばされた両手がわたしの顔を両側から優しく挟む。




「俺だけを見ていろ。そうすれば緊張などしない」




 長身が屈み、こつりと額同士が合わせられる。


 間近で見てもリオネルの顔は整っていた。




「……リオネルは緊張していないの?」


「緊張はしていないな」


「緊張『は』?」




 訊き返したわたしにリオネルは小さく肩を竦め、わたしの手を取ると歩き出す。




「お前と共にいるための式が嬉しくないはずがない」




 手を引かれて教会の入り口へ向かう。


 教会の者が扉を開けてくれて、リオネルと共に教会の入り口に立つ。


 わたし達の到着を告げる声が響き渡り、途端に祈りの間にいた人々が振り返り、静まり返った。


 それに気圧されそうになっているとリオネルが重なった手を軽く握った。大丈夫だと言われた気がした。


 リオネルを見上げ、頷き合い、前を向く。


 赤い絨毯の上を、互いに一歩踏み出した。


 ゆっくり、ゆっくり、バージンロードを進んでいく。


 蝋燭などを灯していないのに祈りの間は明るかった。


 祭壇の奥のステンドグラスから太陽光が差し込み、室内を明るく、そして厳かに照らしている。


 リオネルと二人で段差を上がり、祭壇の前に立つ。




「本日、この良き日に新郎リオネル・イベールと新婦エステル・ルオーは夫婦となります。二人が出会ったのは十一年前、それは偶然によるものでしたが──……」




 教会の司祭様がわたし達の出会いについて語り出す。


 ……そう、十一年前、わたし達は出会った。


 本当に偶然の出会いだったけれど、わたし達は知り合い、仲良くなり、こうして今までずっと親しい関係を保ってきた。


 契約婚を申し出たのは一種の賭けだった。


 もしリオネルが憤慨していたら友人関係は終わっていただろうし、断っても多分、今まで通りにはいかなかったかもしれない。


 しかしリオネルはわたしとの契約婚に頷いてくれた。


 出征に出ていた間はいつもリオネルのことを考えていた。


 ……わたしにとっては特別な人だから。


 友人でありながらも家族のようでもあり、でも、きっと家族よりも気を許せる相手。


 それがリオネル・イベールだった。




「それでは、二人に誓いを立てていただきます」




 司祭様の言葉にふっと意識が引き戻される。




「新郎リオネル・イベール。あなたは新婦エステル・ルオーを妻とし、病める時も健やかなる時も、悲しみの時も喜びの時も、貧しい時も富める時も、彼女を愛し、彼女を助け、彼女を慰め、彼女を敬い、その命のある限り心を尽くすことを誓いますか?」


「誓います」




 リオネルは堂々とした声で即答した。


 躊躇いなど微塵も感じさせないそれから、わたしへの惜しみない信頼が感じられた。




「新婦エステル・ルオー。あなたは新郎リオネル・イベールを夫とし、病める時も健やかなる時も、悲しみの時も喜びの時も、貧しい時も富める時も、彼を愛し、彼を助け、彼を慰め、彼を敬い、その命のある限り心を尽くすことを誓いますか?」




 リオネルの視線を感じ、隣を見上げれば、美しい黄金色の瞳と目が合った。




「はい、誓います」




 リオネルが誓ってくれたように、わたしも誓いたい。


 どんな時でもリオネルのために出来ることをしたいと思うし、どんなにつらいことがあっても寄り添いたいと思う。


 ……そう、最初からそれだけは分かっていた。


 わたしはリオネルとずっと一緒にいたい。


 リオネルが用意してくれたという指輪を互いに交換する。


 銀色に輝く指輪には黄色の少し大粒の宝石があり、その左右に青色の小粒の宝石が一つずつ並んでいる。リオネルは逆に青色の大粒の宝石に、黄色の小粒の宝石がついていた。


 一目で互いの瞳の色だと分かった。


 左手薬指には互いにもう黒い婚約指輪があるけれど、その上に、結婚指輪が重ねられる。




「ここに二人を夫婦と認め、良き人生を共に歩むことを主は望まれます。皆様も二人のこの素晴らしい瞬間を、どうぞ祝福ください」




 そして祈りの間に祝福の拍手が広がった。


 リオネルがこちらに体を向けたので、わたしも体を向ける。


 ……って、誓いのキスがまだあるんだっけ……!


 リハーサルでも、今までも、口付けなんてしたことがない。


 こういう時にどうするか、きちんと条件に盛り込んでおくべきだったかと内心で焦っているうちにリオネルがベールを捲り上げた。


 それから、そっと額に口付けられる。




「こういうことは二人の時だけの秘密だ」




 と、よく通る声で言った。


 代わりとばかりにまぶたや鼻先、頬にも口付けられて、顔が熱くなる。


 熱心なそれのおかげか、招待客達から疑うような声は上がらなかった。


 二人並んで絨毯の上を、今度は入り口へ向かって戻る。


 招待客達が持っていた花びらが投げられ、ひらひらと舞う中をリオネルと共にゆっくりと歩いた。


 おめでとう、お幸せに、と祝福の声がいくつもかけられる。


 外へ出て、停まっていた馬車へと乗り込んだ。


 扉が閉まり、動き出して、ようやくホッと息を吐く。


 今度は侯爵邸で披露宴を兼ねての挨拶回りがあるけれど、とりあえず結婚式は無事終わった。




「筆頭の結婚式なのに、こんな簡素でいいのかな?」




 もっと華々しくしても不思議はないが。




「俺は派手なことは好きではない」


「まあ、わたしも派手すぎるのはあんまり好きじゃないけど、教会もあそこで良かったの?」


「ルオー侯爵家が支援している教会なら安心して任せられるだろう」




 大きくはないが、小さくもなく、どこにでもある教会。


 そこに必要最低限の招待客を集めて行う結婚式。


 筆頭宮廷魔法士の結婚にしては地味かもしれないが、騒がしいのを好まないリオネルらしいかもしれない。


 わたしも何だかんだ、これくらいのほうが気が楽だった。




「これからはエステル・イベールって名乗らないとね」


「そうだな」


「でもしばらくは慣れなくて間違えそう」




 窓枠に肘をかけて車窓を眺めていたリオネルがこちらを向く。




「練習が必要だな。……あなたのお名前をお訊きしても?」




 と、訊ねてきたのでわたしは笑ってしまった。




「エステル・イベールと申します」


「あなたの夫の名前は?」


「リオネル・イベール筆頭宮廷魔法士ですわ」


「それでいい。問題なさそうだ」




 リオネルが満足そうに口角を引き上げた。


 互いの左手の薬指には二つの指輪が輝いている。




「ところで、こっちの指輪はさすがに普通のものだよね?」




 婚約指輪みたいに魔法がかかっていたりしないだろうか。




「ああ、それは見た目通りただの指輪だ。普段は婚約指輪のほうをつけていればいい」


「どっちにしても、これは外せないけどね」


「離婚しないのだから外す必要はない」




 何となく左手薬指の指輪に触れ、表面を撫でる。




「あ、さっきはありがとうね。誓いの口付け、上手く誤魔化してくれて助かったよ」




 顔中に口付けられたが、人前で口付けるよりいい。


 ……見られてる状態でって凄く恥ずかしいよね。


 手を繋ぐとか抱き締め合うくらいなら問題ないものの、人前で口付けるのは勇気が要る。




「気にするな」




 そう言ったリオネルがフイと視線を逸らし、窓枠に乗せた腕で頬杖をついて車窓へ目を向けた。


 それが照れ隠しであることは長い付き合いで分かる。


 ……これ以上は触れないでおこう。


 わたしも気恥ずかしくなってしまうから。






 

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― 新着の感想 ―
[良い点] コルセットの表現…、目に浮かぶ様です。 「紐が余っている」ということは…。 エステルちゃん、頑張れ…。 私はウエストがきつくなったスカートを、我慢して半日着ていた事がありますが、その…
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