リオネルはいいの。
リオネルが筆頭宮廷魔法士に就任して一ヶ月。
ついに陛下より制服が与えられたそうで、仕事終わりに、それを見せに来てくれた。
「うわあ、その服凄くかっこいい!!」
ふくらはぎまである白に近い薄ベージュの編み込みブーツに刺繍の入った白いズボン、中のベストと上着はブーツと同色で華やかな刺繍が施されており、襟は黒く、留め具は刺繍と同じデザインのシルバーの植物を模している。肩に羽織ったマントは表はフォルジェット王国の国色、青色だが、内側は黒でマントの縁は白。
はっきり言おう。リオネルに凄く似合う。
整った顔立ちに華やかな装いが非常に似合う。
白を基調とした衣装がリオネルの黒髪をより鮮やかに見せながらも、襟やマントの黒が見事に協調し、その中で輝く黄金色の瞳は息を呑むほどに美しく見える。
今日、賜ったばかりの筆頭宮廷魔法士の制服だそうだ。
繊細な刺繍やシルバーの細工装飾だけでも素晴らしい。
思わず、ふらふらとリオネルに歩み寄る。
近くに寄るほど丁寧に仕上げられた刺繍と装飾は本当に美しく、マントの襟を飾る細工はよくよく見ると小さな宝石がいくつも連なっていた。上着の留め具などにも宝石が使用されていて、リオネル・イベールという美しい人間を更に輝かせていた。
リオネルは服装にあまり頓着しないほうではあるが、素晴らしい絵を飾るには良い額縁を使用するように、美しい人間には美しい装いが合う。
「あああ、嘘、これって全部ダイヤモンドの魔石……? これ一粒で豪邸が建てられるとかって……。しかも刺繍は最高級の金糸だし、この手触り、まさか布は王家の方々が代々愛好しているというあの絹では!?」
「ちなみに使われている金属は魔鉱石だ」
「この服一式で城が建つんじゃない!?」
「さあ、服の値段は聞いていない」
宮廷魔法士の制服にも魔石がよく使用されていたが、リオネル曰く『常に身に付けることで余剰魔力を貯めている』そうで、何かあった時に魔力が足りなくなったら魔石から貯めていた魔力を引き出して使うらしい。
魔石は宝石の中でも限られており、透明感が高いほど質が良いとされ、透明なダイヤモンドの魔石は最高級とされていた。
魔鉱石は魔力の通りが良いそうで、魔鉱石に魔石をつけておけば自然と魔力が溜まっていくのだとか。
実用性も兼ね備えた装いなのだろうが、とにかく華やかで、分かる者が見ればどれほど高価な衣装なのか理解出来る。
「誰か、衣装部屋からファーを持ってきて! 真っ白でふわふわの肩にかけるあれよ!」
メイドの一人が「かしこまりました」と下がる。
「おい、何だ急に……」
「その服に絶対に似合うと思うの! ここまで華やかなんだから、いっそ更に豪奢感を出したほうがリオネルには絶対似合う!」
「……俺はこれ以上着飾りたくないんだが」
メイドがすぐにわたしが要望した通りのものを持ってきてくれたので、受け取り、リオネルのマントの上からファーを羽織らせ留め具で固定する。
それから再度、前に戻って確認した。
「……これはやばい……」
ファーをつけたことで、より華やかになった。
「ねえ、リオネル、制服ってもらった以外のものをつけちゃいけない決まりとかある……?」
「いや、他の筆頭宮廷魔法士は好き勝手に着ているな」
「じゃあこのままファー使おう? 凄く似合ってる」
リオネルは若干、面倒臭そうな顔をしたが「嫌だ」とは言わなかった。
いつもあまり華やかな装いを好まないリオネルだが、こうして着飾ればその美貌がより鮮やかになる。
……もはや国宝級では?
つい見惚れているとリオネルに問われた。
「お前はこの装いが気に入ったのか?」
それに何度も頷いてしまう。
リオネルがふっと小さく笑った。
「それなら、特別につけていてやろう」
相変わらず尊大な言い方だが、わたしの希望を叶えてくれるなら、そんな態度も可愛いものだ。
滅多に見られない筆頭の制服を間近で眺める。
……本当にこの服だけで城が建ちそう……。
何も言わないけれど、侍女やメイド達も感嘆の溜め息を漏らしているので、友達贔屓で良く見えているわけではないはずだ。
立っていることに疲れたのかリオネルが椅子に座る。
わたしもいつもの椅子に腰掛ける。
だが、リオネルから視線が外せない。
人間は美しいものに惹かれるというが、本当らしい。
溜め息が漏れるほど美しい。
男性に美しいという言葉は不愉快かもしれないが。
目の前に手が差し出される。
「見たいなら好きなだけ見てもいいが、本は貸せ」
相変わらずリオネルはブレない。
「あ、うん、はい、どうぞ……」
リオネルが前回読みかけだった本を渡す。
そうするとリオネルはわたしの視線を気にした様子もなく、組んだ足の上に本を置き、テーブルに対して横向きの状態で左手で頬杖をつきながら読み始めた。
伏し目がちな横顔はいつまででも眺めていられそうだ。
「お前、俺の顔が実は好きなのか?」
「むしろ嫌いな人はいないと思う」
「……お前はこの顔が好きか?」
どうしてかもう一度訊き返されて、頷いた。
「うん、好き」
リオネルが満足そうに口角を引き上げた。
「そうか」
「ねえねえ、リオネル、せっかくだから絵を描いてもらわない?」
「お前と二人並んでなら構わない」
「え、わたしも? ……うーん」
この、誰が見ても絶対見惚れるだろうリオネルの横にわたしがいても、あんまり面白くはない気はするが。
「結婚後、別邸のホールに飾ればいい」
と、リオネルが逆に乗り気になった。
少し考えたけれど、屋敷のホールにもお父様とお母様が二人寄り添った絵が飾られているので、おかしなことではない。
「じゃあわたしも一番華やかなドレスを出しておかないとね」
そういうことで二人で肖像画を描いてもらうことにした。
* * * * *
そうして二週間後、画家が我が家に来た。
お母様に話をしたら「それなら腕の良い者を知っているわ」と手配してくれたのだ。
画家は二十代後半くらいの女性だった。
男性の画家は多いが、女性の画家は珍しい。
「は、初めまして、イライザ・オーウェルと申しますっ。筆頭宮廷魔法士様と奥様の絵を描かせていただけるなんて光栄です……!」
貴族に慣れていないのか、それとも元よりそういう雰囲気の人なのか、少し気弱そうというか、あわあわした様子の人だった。
「イライザの腕は素晴らしいから安心してちょうだい」
よろしくね、とイライザさんに声をかけてお母様が部屋を出て行き、イライザさんはやっぱりあわあわしていた。
「そ、それでは奥様はそちらの椅子に腰掛けていただいてもよろしいでしょうかっ? あ、描いている間は大きく動かなければお二人でお喋りをしてくださっても大丈夫ですので……!」
「分かりました。よろしくお願いいたします」
「は、はい、精一杯頑張ります……!」
示された椅子に腰掛ける。
今日はリオネルの制服に合わせて、白と青、黒を使ったドレスにした。
夜会用で肩が出ており、腰からスカートは黒で、ひらひらとしたスカートの裏側は青色だ。その下に更に白いスカートがふんわり広がっている。
実は購入したけど夜会に着て行ったことは一度もない。
デザインに一目惚れして作ってもらったものの、背中が大きく開いているので着る勇気がこれまでなかったのだ。
しかし、絵に残してもらうなら綺麗なドレスがいい。
どうせ前から見て描いてもらうので、背中がどれほど開いていたとしても関係ないだろう。
椅子に腰掛け、そばにリオネルが立つ。
リオネルは片腕を椅子の背もたれに置いて、少しだけわたしのほうへ体を向けている。
わたしも少しだけリオネルのほうへ体を向けた。
「あ、ありがとうございます! そのままお待ちください!」
イライザさんがそう言い、イーゼルに向き合った。
その瞬間から気弱そうな雰囲気は消え、真剣な表情でわたし達を見て、下絵のデッサンを描き始めた。
凛とした様子に思わず目を丸くしてしまう。
……まるで別人みたい。
「今日のドレスは大胆だな」
リオネルの言葉に振り返りそうになった。
……おっと、あんまり動いちゃダメなんだっけ。
「背中、凄く開いてるでしょ? だからちょっと恥ずかしくて。ほら、絵を描いてもらう時は前しか描かないし」
「俺からはよく見えるが」
「リオネルはいいの」
わたし達が話していてもイライザさんは全く気にしておらず、絵を描くことに完全に集中しているようだ。
つん、とリオネルに肩をつつかれる。
「このドレスはどこかの夜会で着たのか?」
それがくすぐったくて、肩を竦めそうになった。
リオネルの指先が肩を少し撫でる。
「ううん、今日が初めて。……似合わない?」
「いや、似合ってる。だが、やはり背中は少し開きすぎている。夜会でもこれは目立つな」
「だよね。可愛いけど、着るのは今回限りかなあ」
デザインはとても気に入っているのだけれど……。
「家で着る分には構わないだろう」
それに笑ってしまった。
「誰にも見せないのに?」
「それこそ夫の特権だ。俺が見てやろう」
「そんなこと言うと『エステルドレスショー』開催しちゃうよ? 新しいドレスを買う度にリオネルに見せびらかすの」
今度はリオネルがふっと笑う気配がした。
「望むところだ」
耳のすぐ後ろでリオネルの声がした。
思わずパッと振り返ったが、リオネルはもう背筋を伸ばして涼しい顔でイライザさんのほうを向いていた。
少し笑い交じりで低く掠れた声にドキドキと胸が騒ぐ。
わたしもすぐに前を向いたけれど、体温が上がっているのが分かった。
……もう、リオネルってばからかいすぎ……!
前世でだって誰かと付き合ったこともないのに、こういう悪戯をされるとドキリとしてしまう。
「……言ったね? 結婚後は覚悟してよ?」
「ああ、だが、お前こそ覚悟しておけ」
……何でわたしも?
「俺は一度手に入れたものを手放すほど優しくはない」
それに小首を傾げてしまう。
「みんな、そういうものじゃない?」
「……お前はたまに、とんでもなく察しが悪い時がある」
「えっと、ごめん……?」
呆れたような声が降ってくる。
「分かっていないのにとりあえず謝るのはやめろ」
「う……」
図星を指されて言葉に詰まる。
「お前が『離婚してほしい』と言っても俺は受け入れない、という意味だ」
リオネルの手が肩にそっと触れた。
尊大な態度を取るくせに、仕草はむしろ優しくて。
そっと、その手に自分の手を重ねる。
「リオネルが望まない限り、わたしのほうから離婚を申し出ることはないよ。元はわたしから提案したんだし、条件にも離婚はしないって書いたのはリオネルでしょ?」
「そうだな。理解しているならばいい」
……結婚前から離婚しないなんて約束するのは変だけど。
それだけリオネルがこの結婚を真面目に考えてくれているのだと思うと、悪い気はしない。
「これが終わったら時間はあるか?」
と、問われて頷いた。
「うん、あるよ」
「では、今日も少し寄っていく」
「もちろん大歓迎だよ」
リオネルがそばにいてくれると執筆も捗る。
それに、一緒に過ごす時間はどれほどあってもいい。
出征で会えなかった間の寂しさを思えば、こうしてリオネルがそばにいてくれることがどんなに嬉しくて幸せか言葉では言い表せないくらいだ。
「……リオネル」
名前を呼べばリオネルの視線を感じる。
他の人のものだと落ち着かないのに、リオネルのものだとホッとする。
「帰ってきてくれて、本当にありがとう」
重ねた手を緩く握る。
「こうしてリオネルがそばにいてくれることを、いつも、神様に感謝してるよ」
面と向かっては照れくさくて言えないけど、こうして、互いの顔が見られない時だから言える。
当たり前の日常はとても大切なものだと知った。
「俺も神に感謝している」
「そうなんだ? リオネルって実は敬虔なんだね」
普段のリオネルの様子だと『神に祈るより自分で努力したほうがいい』と言いそうなタイプなので、少し意外だった。
別に神様のことを否定はしないだろうけど、だからと言って神様の存在を肯定している感じもなくて、基本的に『神頼み』みたいなことはしない人だから。
「そう言うお前こそ意外と信心深いんだな」
「困った時の神頼みってやつだよ」
「調子のいい奴め」
そうして絵の下絵が描き上がるまで、リオネルとのんびりお喋りをして過ごしたのだった。
後日、出来た絵はとても素晴らしいものだった。
その絵の中のわたしとリオネルは、互いに手を重ね、幸せそうに微笑んでいた。
陽だまりのような優しさを感じる絵。
お母様の言う通り、優秀な画家だった。
「そうだわ、今度また家族の絵を描いてもらえるかしら? その時はリオネル君も一緒にいかが?」
お母様の誘いにリオネルは二つ返事で頷いていた。
「はい、喜んでお受けいたします」
それから少しして、お父様とお母様、お兄様、わたし、そしてリオネルの五人で絵を描いてもらうことになるのだけれど、それはまた別の話である。




