今が一番いいよね。
リオネルが筆頭宮廷魔法士に就任してから二週間。
毎日、仕事終わりや休日に、リオネルは我が家を訪れていた。
理由はもちろん、結婚式の準備のためである。
リオネルが出来る限り早くに式を挙げたいと言うので、相談をして式場となる教会を選び、教会とお父様達を交えて相談して日取りを決めて、招待客のリストを作って招待状を書いている最中である。
リオネルはその間も筆頭宮廷魔法士として当然ながら働いているし、わたしも作家活動を続けている。
……正直に言って結構きつい。
何が一番大変かと言えば、招待状の用意である。
リオネルの関係者ならリオネルが、わたしの関係者ならわたしが、直筆で手紙を書かなければならない。
それでも、わたし達はまだ招待客も少ないほうだろう。
リオネルは上司であった筆頭宮廷魔法士様と仕事上関わりの深い部下数名、イベール男爵家だけらしいが、わたしのほうはルオー侯爵家と縁のある家々にキャシー様達出版社関係と、とにかく多い。繋がりのある家だけでも二十枚以上書いた。
……ほとんどわたしとは関わりはないのに。
しかしお父様やお母様の面子を潰すわけにはいかない。
あと、リオネルだが他の筆頭宮廷魔法士を招く必要はないらしい。今はそれほど関わりがないそうだ。
そのうち、関わるようになったら改めて挨拶をすればいいだろう、ということだった。
そして今日は結婚式用の衣装を誂えるため、ルオー侯爵家が贔屓にしている服飾店を屋敷に呼んだ。
「うう、まだ腕がプルプルする……」
昨日は一日ずっと手紙を書き続けて、さすがに疲れた。
「いつも執筆しているのにか?」
衣装のためにリオネルは本日、休みを取っている。
いつも通りわたしの部屋で、リオネルが定位置の椅子に腰掛け、わたしも同じく座り慣れた椅子に腰掛けて小説を書いていた。
「手紙を書くのと小説を書くのは全然違うよ。一文字でも間違えたら書き直しだし、綺麗に書こうとすると凄く時間もかかるし、色々と気を遣うから疲れるよ……」
「そのわりにはこうして執筆しているようだが?」
「小説を書くのは趣味だからいいの。これは疲れないし、好きなことをやってると気分も良くなるでしょ?」
リオネルがおかしそうに口角を引き上げて小さく笑う。
「そういうものか」
「そういうものだよ。リオネルだって仕事で散々書類を見て疲れていても、読書し始めると何時間でも読めたりしない?」
「確かにそういう時はあるな」
思い当たる節があるのか「なるほど」と頬杖をつきながら、リオネルがわたしの手元を覗き込んだ。
「だが、今日は手を休めたほうが良さそうだな」
その視線を辿り、わたしも手元を見下ろした。
どうしても手が震えてしまうせいで、文字も少し歪んで、読めなくはないけどお世辞にも綺麗な字とは言えなかった。
「やっぱりリオネルもそう思う?」
「ああ、あまり無理をすると腕を痛めるぞ」
伸びてきた手にサッとペンを取られ、ペン立てに戻される。
仕方なく汚れた手を綺麗にしていると部屋の扉が叩かれた。
メイドが服飾店の者が到着したことを告げたので、礼を言って立ち上がる。
目の前にリオネルの手が差し出された。
その手に自分の手を重ね、エスコートしてもらい、部屋を出る。
「ドレス、どういうのがいいと思う?」
歩きながらリオネルへ問えば、端的に返される。
「お前に似合うなら何でもいい」
「それが一番問題なんだけどね」
普通の令嬢からしたら明らかに太っているので、あまりゴテゴテしたものだとより太って見えてしまうかもしれない。
かと言って地味だとリオネルの横で霞んでしまう。
……いや、そもそも何着ても結局勝てないよね。
見上げたそこには整った顔がある。
わたしがいくら豪奢に着飾っても、綺麗に化粧をしても、そもそもリオネルの横に立って霞まない人間のほうが少ないだろう。
それならいっそ、自分の好きなドレスを着よう。
「何だ?」
わたしの視線に気付いたリオネルに見下ろされる。
「ううん、何でもない。確かに、せっかく着るなら自分に似合うドレスにしたいなって思って」
応接室に着き、侍女が扉を叩き、室内から返事があってから扉が開けられる。
室内にいた服飾店の人々が立ち上がって礼を執る。
わたし達も中へ入り、ソファーに並んで腰掛けた。
既にお母様が来ており、どうやらドレスのデザインを見ていたようだった。
「リオネル君は初めて会うわよね? こちらは私とエステルのドレスをいつも作ってもらっている服飾店のオーナー、マチルダ・デメティスよ。そして、こちらが娘の婚約者のリオネル・イベール筆頭宮廷魔法士様よ」
お母様の紹介でリオネルとマチルダさんが互いに会釈をする。
「マチルダ・デメティスと申します。筆頭宮廷魔法士就任、そしてご結婚、おめでとうございます」
「リオネル・イベールだ。今回はよろしく頼む」
「はい、最善を尽くさせていただきます」
マチルダさんなら慣れているし、今まで沢山ドレスを作ってもらっているので安心して任せられる。
それからマチルダさんがわたしを見た。
「エステルお嬢様もご結婚おめでとうございます」
実際、婚姻は結婚式に正式に結ばれるのでまだ結婚前だが、お祝いの言葉をありがたく受け取っておくことにした。
「ありがとうございます」
「今回はあなたのお店でリオネル君の衣装も任せたいの。確か、分店で男性向けの服飾店もやっていたわよね? 任せても大丈夫かしら?」
「是非、お任せください」
マチルダさんは鮮やかな赤い髪に緑の瞳をしており、かけている眼鏡やまっすぐな姿勢もあって凛とした強い女性の雰囲気がある。
しっかりと頷くマチルダさんにお母様が満足そうに微笑んだ。
「とりあえず、あなた達もデザインを見るといいわ」
渡された紙の束にはドレスのデザインが描かれていた。
肩が開いているもの、逆にレースで覆われているもの、デコルテが全て出ているものなど色々あった。
……うーん、どれも可愛くて迷っちゃう。
「試着用のドレスがございますので、一度着て確かめてみるのはいかがでしょう? 肩周りなどは付け外しの出来るものをご用意しておりますから、色々とお試し出来ますわ」
と、マチルダさんが申し出てくれて、そうすることにした。
リオネルがいるので隣室で着替えることになり、侍女と服飾店のお針子達が着替えを手伝ってくれる。
普段着のドレスを脱いで、白いシンプルなドレスを着る。
胸元までしか生地がなく、デコルテや肩などが少し露出しすぎている気はするが、ここに取り外しの出来る付け襟をいくつか重ねるのでこれでいいらしい。
スカート部分もいくつか種類があるそうで、今はほどよくふんわりしたものだが、襟に合わせて穿き替えられるそうだ。
……確かに、これなら色々なデザインを試せる!
着替えを終えて応接室へ戻る。
リオネルがこちらを見て、スッと視線を逸らした。
「……肩が見えすぎではないか?」
わたしと同じことを言うので笑ってしまった。
「ここに付け襟を足すからこれでいいんだって」
「なるほど」
リオネルの視線が向けられ、少し気恥ずかしい。
これほど大きく肩周りが開いたものを着るのは初めてなので、ちょっと気恥ずかしいし、落ち着かない。
「それでは一通り試してみましょう」
と、お母様が言い、付け襟ファッションショーが始まった。
折ったような幅広の襟、それのV字型の襟、花の刺繍が可愛い襟、首から胸元までを覆う三角形の刺繍の襟、腕の付け根までの短い袖で全体を覆う襟、ほぼボレロのような長袖のレースの襟。沢山試着した。
その度にお母様が「これはダメね」「あら、これは可愛いわ」と感想を言いながら吟味していく。
リオネルは何も言わずに黙って眺めている。
「エステルとリオネル君は気に入ったものはあったかしら?」
お母様の言葉にわたしは悩んでしまった。
どれも可愛いけれど、なんだかあまりしっくりこない。
肩を覆って隠すと体格が良く見えてしまうし、デコルテ部分だけを隠してもやはりそうで、意外なことにデコルテや肩を出した状態が一番綺麗に見える気がする。
「どれも良く見えましたが……」
リオネルも珍しく言葉を濁している。
互いに顔を見合わせ、頷き合う。
「今が一番いいよね」
「今が一番美しく見える」
同時に同じことを言うわたし達にお母様が目を瞬かせ、そして「あらあら」と微笑んだ。
……まあ、さすがにこのままだと開きすぎだけど。
でも、こうして肩や首周りを出していたほうがすっきりして見える。
「そうね、襟は付けずにもう少し刺繍で胸元を覆って、肩から背中までは思い切って出してしまいましょうか」
「それでしたら髪は下ろしたままで、背中を覆うくらいのベールにすれば、さほど露出感もなくてよろしいかと思います」
「スカートもふんわりさせて、後ろを少し華やかにしたら見た感じも良いかもしれないわね」
お母様の言葉にマチルダさんがその場で手早くデッサンを描いてくれた。
すっきりした上半身にふんわりとしたスカートは、後ろにリボンや切り替えがあって可愛らしい。
デッサンを見たリオネルも「いいな」と頷いている。
わたしのドレスはそんな感じで決まった。
布やレース、刺繍についてはお母様にお願いして選んでもらった。
それからリオネルの衣装へ移る。
わたしはドレスを作ってもらっているのでいつも採寸しているが、リオネルは今回、採寸を行うことになっている。
「隣室で行いましょうか?」
というマチルダさんの言葉にリオネルは首を振った。
「いや、そこの衝立の向こうでいい」
そして衝立を挟んだ反対側でリオネルの採寸をしている間、わたしは衣装のデザインを眺めていた。
しかし、どれもこれもリオネルに似合いそうで迷う。
そもそもあの顔で着こなせない服などないだろう。
「ねえ、リオネル、派手にしてもいい?」
「……勘弁してくれ」
どうやらリオネルはあまり派手な装いは避けたいらしい。
「結婚式の主役は俺とお前だ。俺だけが目立つのは嫌だ」
リオネルが何かについて『嫌だ』と明言するのを初めて聞いたかもしれない。
だが、その理由が嬉しくて、自然と笑みが浮かぶ。
「じゃあ刺繍をお揃いにしてもらうとかどう? あんまり地味だと逆に浮くし、それなりに華やかにするの」
「派手すぎないものならお前に任せる」
……凄く華やかな装いのリオネルも見てみたいんだけどなあ。
採寸を終えたのかリオネルが元の服を着て、衝立の向こうから戻ってくる。
「筆頭として本格的に動くようになれば、嫌でも華やかな装いになる」
「へえ、そうなんだ」
襟を正しながらリオネルがこちらへ来て、わたしの横へ腰掛けた。
「それはそれでなんか楽しみかも」
「そういえば、宮廷魔法士の制服を見せた時も随分喜んでいたが、男が着飾ってもさして面白くはないだろう」
「そんなことないよ。リオネルは顔も良いし体型もスラッとしていて綺麗だから、華やかな装いだと見てて楽しい」
わたしの手元にある服のデザインをリオネルが覗き込む。
それを差し出せば、受け取ったリオネルが数枚見て、理解出来ないという顔をした。
「俺には着飾る良さが分からない」
と、紙の束を返された。
「そっか〜、まあ、リオネルは何を着ても似合うからね。わざわざ着飾る必要性を感じないのかも? でも、これとか凄く似合いそうなのに」
「なら、それでいい」
わたしの示した紙を見ずにリオネルが言う。
「いや、自分が着る服なのに適当すぎない?」
「俺のことを一番よく分かっていて、誰よりも近くで俺を見てきたお前が『似合う』と言うなら、疑う余地はない」
それにお母様だけでなく、マチルダさんやお針子達が微笑ましそうな顔でわたしとリオネルを見る。
……リオネルってこういうとこあるよね。
ちょっとわたしに全幅の信頼を寄せすぎだと思う。
一応、お母様にもデザインを確認してもらう。
「まあ、素敵。きっとリオネル君に似合うわ」
と、問題なさそうだったのでリオネルの衣装のデザインはあっさり決まった。
そこに手袋などの小物について話をして、思いの外、簡単に婚礼衣装のデザイン選びは終わったのだった。
出来る限り早い時期でということで、結婚式は三ヶ月後の六月に行われる予定である。
衣装の製作はギリギリになるかもしれない。
だが、マチルダさんはむしろやる気を出していた。
「必ずやご満足のいくものをお作りいたします」
ドレスは特に刺繍が多いので大変だろうが、頑張ってほしい。
こうして準備を進めてるけど、なんかまだ、結婚するって実感が湧かない。
結婚してもわたし達の関係が変わるわけでもなく、一緒に暮らすようにはなるが、それだけだ。
……あ、契約内容についても話し合わないと。
婚約時に決めたものは、あくまで婚約中のものだ。
今度は結婚後の契約を新しく決め直さないといけない。
衣装決めが終わり、お母様が席を立った。
わたしとリオネルも片付けの邪魔にならないよう、マチルダさん達に挨拶をして、部屋を出る。
「リオネル、この後まだ時間ある?」
「ああ、問題ない」
「じゃあ契約について話そうよ。婚約中と結婚後では色々違うだろうし、改めて決めないとね」
「そうだな」
そういうことで、自室へ戻ることにした。




