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筆頭宮廷魔法士就任、おめでとう。

 




 そうして出征で功績を挙げた者達が呼ばれ、一人ずつ、その武勲とそれに見合う報奨についての説明が行われた。


 今回の出征ではアベル・セルベット筆頭宮廷魔法士様が戦闘の指揮を執っており、リオネルはその弟子として、副官の一人として、出征に参加したそうだ。


 数名の人々が陛下にお声をかけていただき、下がっていく。


 このまま終わってしまうのかと思った頃、陛下がこちらを見た。リオネルを見たのだ。




「最後に、此度の出征の中で戦況に最も貢献し、武勲を立て、短期終戦に導いた素晴らしき英雄がいる。……リオネル・イベール男爵令息」




 陛下の視線を受け、リオネルはまっすぐにそれを見返した。


 必要以上に王族の方々の視線を見返し続けるのは失礼に当たるのだが、リオネルは陛下の視線を受けたまま歩き出す。




「行ってくる」




 堂々としたその様子がリオネルらしい。




「いってらっしゃい」




 こっそり返せば、ふっとリオネルは微笑み、前を向いて絨毯の上を進んでいく。


 そして陛下の前で膝をつき、礼を執る。




「リオネル・イベール男爵令息。そなたは此度の出征にて多くの戦果を挙げ、それによりラシード王国の民は救われ、我が国とラシード王国の友好はより深まった。ラシード国王から感謝の手紙も受け取っている。そなたのおかげで我が国の兵の多くが救われた」




 陛下のお言葉をリオネルは静かに聞いている。


 表情は見えないけれど、きっと、いつも通りの涼しい顔をしているのだろうと想像がついた。




「これらの功績を讃え、リオネル・イベール男爵令息を筆頭宮廷魔法士『オニキス』の座を与えることとする」




 瞬間、ざわめきが広まった。


 しかしそれは否定的なものではなく、どちらかと言えば、肯定的な明るいものであった。


 リオネルが顔を上げて応える。




「謹んで拝命いたします」




 フォルジェット王国、五人目の筆頭宮廷魔法士が誕生した瞬間だった。


 わっと歓声が上がる。反対は一つとしてなかった。


 誰もが、リオネルが筆頭の座に就くことに賛成した。


 その事実がとても嬉しかった。




「しかし、筆頭の座だけではそなたの功績には到底釣り合わん。イベール男爵令息、いや、リオネルよ。何か望む褒美はあるだろうか?」




 それにリオネルが凛とした声で返す。




「一つ、ございます」


「申してみよ」




 リオネルが小さく深呼吸をするのが分かった。


 ……みんなが注目してる。


 新たな筆頭宮廷魔法士となったリオネルが陛下に望むものは何なのか、この場にいる全てがそれに興味を引かれている。


 そしてわたしもその一人だった。


 ……リオネルはずっと筆頭を目指してきた。


 そんなリオネルが今、その座を得て、更に望むものはあるのだろうか。


 シンと広間が静まり返り、誰もがリオネルの言葉を待った。


 まっすぐに陛下を見たリオネルが言った。




「エステル・ルオー侯爵令嬢との婚姻をお許しいただきたく存じます」




 ………………え?


 陛下が「ふむ」と自身の顎髭を撫でる。




「ルオー侯爵令嬢とは、確かそなたの婚約者であったな?」


「はい、出征前に婚約を結びました。既にルオー侯爵家の皆様からも、そして本人からも結婚の了承は得ております。私は婚姻届が受理されるまでの時間さえ惜しいのです」


「……なるほど」




 何故か陛下が愉快そうに小さく笑った。


 そして陛下の視線がわたしへ向き、周囲の貴族達の視線もわたしへ一気に集まる。


 思わず俯きかけたけれど、いつかのリオネルの言葉を思い出した。


 ……そうだ、堂々としていればいいんだ。


 わたしを選んだのはリオネルなのだから。


 陛下の視線を受け、丁寧に礼を執る。




「分かった。リオネル・イベール筆頭宮廷魔法士とエステル・ルオー侯爵令嬢の婚姻を許可しよう」


「ありがとうございます」




 陛下があっさり許可を出し、リオネルが頭を下げる。


 わたしは何とか微笑んでいたけれど、頭の中はかなり混乱していた。


 ……でも、何で褒美にわたしとの結婚を出すの!?


 婚約しているのだから、別にわざわざ褒美としてもらわなくてもいずれ結婚するはずなのに。




「だが、それでは余の気が済まない。リオネル、そなたには結婚祝いも兼ねて報奨金を出すとしよう。屋敷も必要か?」


「いえ、婚姻後はルオー侯爵家の別邸に移居する予定です」


「そうか、ルオー侯爵は娘を可愛がっているそうだから、それが一番良いのだろう」




 ……待って、別邸で暮らすって初耳なんですけど?


 我が家の敷地内には本邸の脇に別邸が建っている。


 お祖父様とお祖母様が暮らしていたけれど、二人が領地に隠居したことで主人がいなくなっていた。


 わたしとしては家族と離れずに済んで嬉しいけれど、リオネルはそれでいいいのだろうか。


 陛下との話を終えてリオネルが戻ってくる。


 横に立ったリオネルをこっそり責めた。




「別邸の話、初耳なんですけど」


「ルオー侯爵からは許可を得ている。それに俺が筆頭になって小さな家を借りて暮らすより、侯爵家の別邸のほうが良い暮らしが出来るし、侯爵達も安心するだろう。侯爵家の使用人がそのままいるからお前が家事をする必要もなく、趣味を続けられるぞ」


「わたしの知らないところで色々決まってる……」




 お父様とリオネルはいつの間にそんな話をしたのか。


 ……でも、それが一番いいのかもなあ。


 いくら筆頭宮廷魔法士になったと言っても、その給金だけで屋敷を維持したり使用人を雇ったりするには余裕がないかもしれない。


 お父様が頷いてくれるなら、侯爵家の別邸で暮らせば、かなり金銭的余裕が出来るだろう。




「まあ、いっか」




 横にいるリオネルの腕に手を添える。


 見上げれば、リオネルと目が合った。




「筆頭宮廷魔法士就任、おめでとう」




 リオネルが「ああ」と頷く。


 本当は『何でわざわざ陛下に婚姻の許可をもらったの?』と訊きたかったけれど、陛下の声が響く。




「皆、心ゆくまで楽しむと良い」




 その後、大勢の貴族に囲まれて筆頭宮廷魔法士に就任したことへの祝いの言葉をかけられ続けることになり、リオネルと会話するどころの話ではなくなってしまった。


 ……筆頭の座って本当に凄いんだなあ。


 でもリオネルは相変わらず淡々としていた。


 ちなみに筆頭宮廷魔法士は、この国では侯爵位とほぼ同格なので、侯爵令嬢との結婚は丁度つり合いが取れるといった感じになる。


 さすがに陛下が婚姻を許可してくださったので、リオネルに粉をかけようという令嬢はいなかったが、筆頭宮廷魔法士と縁を繋ぎたいという家は多かった。


 途中、イベール男爵からも声をかけられたけれど、リオネルは終始、無表情だった。








* * * * *








「明日から結婚準備で忙しくなるって、こういうことだったんだね」




 夜会を終え、帰りの馬車の中でリオネルへ言う。


 いつもならばほとんど声をかけられず、ただ会場の片隅でのんびりしていれば良かったのだが、リオネルが筆頭となったため、多くの人から声をかけられた。


 おかげで座って一息吐く暇もなかった。




「でも、何で婚姻の許可を陛下にもらったの? 何もしなくたって結婚するのは決まっていたでしょ?」


「陛下のお言葉が必要だった。ただ婚姻届を出して受領されるのと、陛下直々に許可をいただけるのでは重みが違う。これでお前と俺の結婚に反対する者はいないだろう」


「もっと別のことに褒美を使えば良かったのに……」




 勿体ないなあ、と思ったがリオネルにとってはそうではないらしく、何だか少し落ち着かない気持ちになる。


 結婚と言ってもぼんやりとこうなるのかなあと想像しているわたしとは違い、リオネルはしっかりと結婚後のことも考えているようだ。




「他に必要なものはない。もし、仮にあったとしても、それは自分の力で手に入れる」




 そういうところはリオネルは凄い。


 筆頭の座も、本当に自分の力で手に入れたのだ。


 まさに有言実行の男、リオネル・イベール。


 ……なんちゃって。




「しかし、あの場で陛下の了承を得るとは思わなかった」




 向かいの座席でお兄様がやや呆れた顔をする。


 それについてはわたしも同意の頷きをした。


 理由が分かった今となっては陛下が「なるほど」とおかしそうに笑っていたのも分かる気がする。


 言い方は悪いが、陛下の権威を利用するようなものである。


 陛下もそうと分かっていて許可をくださったのだろう。


 リオネルが不敬罪に問われなくて良かった。




「あの場でエステルに求婚しても構わなかったのですが、エステルのほうが嫌がりそうだったのでそれはやめました」


「やめてくれてありがとう……!!」




 もしあの場でリオネルに求婚されていたら、さすがに理解が追いつかなくて対応出来なかっただろう。


 思わず横にいるリオネルと握手を交わしてしまった。




「婚姻の許可を得るのも似たようなものだろう?」




 お兄様の言葉にリオネルは肩を竦めて見せた。


 ……それはそうだけどね。


 あれ以上注目されるのはちょっとつらい。


 それにもし求婚されたら、その話でしばらく社交界が持ちきりになるだろうし、そうなったら恥ずかしくて噂が落ち着くまでどこにも行けなくなりそうだ。


 だから、陛下に許可をもらうというあの形が一番良い。




「明日から毎日侯爵家に行く」


「うん、結婚式について色々と話し合わないとね」




 想定外のことはあったけれど、リオネルが宮廷魔法士になるという夢を叶えられて何よりである。


 ……わたしも頑張らないとなあ。








* * * * *








「ついにリオネル君も筆頭だねぇ」




 上司である、アベル・セルペットが嬉しそうに言う。




「何でお前のほうが嬉しそうなんだ?」


「そりゃあ弟子の成長は嬉しいものだよ」




 昨日付けで筆頭宮廷魔法士になったものの、すぐに上司の下から独立するわけではない。


 筆頭には特別に職場である建物が与えられるため、それを建築し終えるまでは現在の職場を引き続き使用する。


 建築が終わるまでに部下も選出する必要がある。


 今回はアベル・セルペット率いる宮廷魔法師団『ガーネット』から部下を分けてもらえることになった。


 この『ガーネット』は最も人数が多いので、とりあえず、百から百五十人前後ほどがリオネルの部下となる。


 それとは別にリオネルが動かせる騎士も与えられ、総勢六千名ほどが宮廷魔法師団『オニキス』部隊と呼ばれるようになる。


 兵士達に比べて宮廷魔法士の数が少ないのは、そもそも魔法を使える者の比率が少ないからだ。


 ラシード王国は砂漠という過酷な環境下だからか、比較的魔法士が多いが、そもそも国民の数は国土に比べて少ない。


 だから相対的に見るとさほどフォルジェット王国と魔法士の数に差はないと思われる。




「それにしても、君、婚約者との結婚の許可を褒美にもらったんだってぇ? 案外可愛いところがあるんだねぇ」




 それにリオネルは書類から顔を上げた。




「うるさい」




 リオネル自身、最初からああするつもりだったものの、さすがに自分らしくないことをした自覚はある。


 ルオー侯爵家から許しを得て、エステル本人とも意見を合わせ、その上でわざわざ陛下からも婚姻を承認してもらう。


 陛下より許しが得られれば表立って反対する者は出ない。


 少しやりすぎだとは思っていた。


 ここまで周囲を固めずとも、婚約している以上は結婚することは決まっている。


 普段ならば全て自分の力で欲しいものは手に入れたが、これだけは男爵家の次男に過ぎないリオネルでは力不足だった。


 ……こうすればエステルと必ず結婚出来る。


 それに陛下が婚姻を認めたエステルを悪く言う者も減る。




「リオネル君がそこまで入れ込んじゃう婚約者ちゃん、僕も会ってみたいなぁ」


「昨日の夜会に出席すれば良かっただろう」


「嫌だよぉ。ああいう場に出るとみんなに話しかけられるし、僕は社交も得意じゃないしねぇ。それに結婚式で君の婚約者ちゃんと話す機会もあるだろうし?」




 上司の、エステルに対する興味が少し面白くない。




「結婚式に招待しないほうが良さそうだな」


「ええ〜? やだやだ、招待してよぉ。上司だったのに招待してもらえないとか悲しすぎるってぇ。心配しなくてもリオネル君の婚約者ちゃんを取ったりしないからさぁ」




 正直、仕事上では信用の置ける上司だが、女性関係では全く信用出来ない。


 何せ「女の子はみんな可愛い」と言って常に違う女性と付き合ったり、関係を持ったりするような男である。


 それでいて特定の女性と結婚する雰囲気はない。


 しかし遊びというわけではなく、本人曰く「全員本気だよぉ」と言うので余計にタチが悪い。




「大体、相思相愛なんでしょ〜?」




 それに答えられず、リオネルは押し黙った。


 上司が驚いた顔でリオネルをまじまじと見た。




「え、何その反応。もしかして相思相愛じゃないの?」


「……俺は彼女を想っている」


「ええ〜! じゃあリオネル君の片想い!? 本当に!?」




 思わずといった様子で上司が立ち上った。




「君でも片想いなんてすることがあるんだぁ。……こんな顔良し、将来性あり、ついに地位まで手に入れた男がねぇ。なおさら婚約者ちゃんが気になるよぉ」


「……」


「あ、変な意味ではないからねぇ? 単純にリオネル君でも落とせないなんてどんな子なのかなって好奇心だよぉ」


 


 絶対招待状を送ってくれと言う上司に、リオネルは本気で送るのをやめようか考えた。


 けれども、上司を招待しないとそれはそれでエステルのほうが気にしそうなので結局、招待状を送ることになるだろう。




「俺の婚約者に甘い言葉を囁いたら魔法で攻撃する」




 上司が笑って訊き返してきた。




「まさかとは思うけど爆炎魔法じゃないよね?」


「それくらいしかお前には効かないだろう」


「真顔怖いんだけどぉ」




 冗談ではなく本気で言っている。







* * * * *

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― 新着の感想 ―
この上司の口調にただならぬ既視感がある。。 たぶんあの方のようにお強いのだろう。。
[良い点] 王様、お墨付き! これで安心! [一言] エステルちゃんの立場も考えて、リオネルの行動だったのでしょうね。 王様の認めた婚約者には、二度と悪口は言えないでしょう! (≧▽≦) 爆炎魔法?…
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