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もう噂になってるんだね。

 






 それから三日後、祝賀会の日。


 昼頃から夜会のために身支度を整え始め、日が落ちる頃くらいに終えるとタイミングを見計らったようにリオネルが我が家に訪れた。


 今日のわたしは深い青色のドレスである。


 リオネルも思った通り、宮廷魔法士の装いだったので、共に青色で隣に並んでも違和感はないだろう。


 夜会でリオネルが筆頭宮廷魔法士の任命を受けるということもあり、その横に並んでも恥ずかしくないよう、念入りに装いは整えた。


 お化粧もして、髪も複雑に結ってもらい、ドレスも華やかで。


 これでもリオネルの隣に立つと霞んでしまいそうだ。




「今日は一段と美しいな」




 だが、リオネルは普段より着飾ったわたしを見て、満足そうな表情でそう言うのだ。


 ……相変わらず、懐に入れた相手には甘いよね。


 それ以外の人にはわりと厳しいが。




「そう言うリオネルもいつもより華やかな装いだね」


「陛下にお言葉をかけていただくからな。きちんとした装いでなければ失礼に当たる」


「凄いなあ。わたしなんてご挨拶の時くらいしか王族の皆様とお会いすることもないし、言葉を交わしたこともないから、なんだか想像もつかないよ」




 リオネルがそれに小首を傾げた。




「これからはそういった機会もあるだろう。筆頭宮廷魔法士の妻になれば、王族と接することも増えるぞ」




 その言葉に「うわあ……」と我ながら何とも言えない声が漏れる。


 今まで社交を全然してこなかったわたしが王族の方々と会うなんて、それこそ想像も出来ない。


 ……何か失敗して不敬罪とかに問われないかな……?


 そんなわたしの心を読んだようにリオネルが言う。




「心配せずとも、陛下も王太子殿下も気さくな方々だ。お前が多少失敗をしたとしても、それを咎めはしないだろう」


「そうなんだ。……でも、言動には気を付けるね」




 王族だし、気さくと言ってもそれは『王族にしては』という意味であって、無礼を許してくれる優しい人という意味ではないはずだ。


 リオネルが頷いていると侍女に声をかけられる。




「そろそろ出発のお時間です」


「うん、分かった」




 椅子から立ち上がるとリオネルが手を差し出してきた。




「行こう、エステル」




 その手に、わたしは自分の手を重ね、頷いた。


 リオネルのエスコートを受け、部屋を出て玄関ホールへ向かうと、お父様とお母様、お兄様が既にいた。


 お父様とお母様は別の馬車に乗り、わたしとリオネル、お兄様はもう一つの馬車に乗って行く予定だ。


 ……婚約者でもさすがに二人きりはダメなんだよね。


 だからいつも、リオネルが来ている時は部屋に侍女やメイドが控えているし、扉も少し開いた状態で過ごしている。


 馬車の乗り込むと扉が閉められた。


 そうして馬車がゆっくりと走り出す。




「で、何でこの座り位置なんだ?」




 と、お兄様が若干不満そうな顔をする。


 向かいの座席にお兄様が座り、こちらの座席にわたしとリオネルが並んで座っている。




「俺達は婚約者ですから」


「それはそうだが、兄としては妹が離れていってしまうようで寂しいんだ」


「いい加減、妹離れしたらいかがですか」




 お兄様とリオネルの間で軽口がポンポンと飛び交う。


 この二人、仲が良いのか悪いのか謎だが、こうして気安い雰囲気を感じることも多いので、わたしが知らないだけでそれなりに仲は良いのかもしれない。


 そんな二人の会話を聞くのが実は好きだ。


 ……家族と友達が親しいって、なんか嬉しいよね。


 お兄様のほうが歳上だけれど、二人が話している時はどちらも少し子供っぽくて、それが微笑ましい。


 二人の会話を聞いているうちに馬車は王城へ到着した。


 馬車から降りて、使用人の案内を受け、広間へ通される。


 ルオー侯爵家とリオネルの入場を告げる声に緊張する。


 思わずリオネルの左腕に添えた手に、力が入ってしまったらしい。リオネルが屈んでわたしへ囁いた。




「お前は俺の隣で微笑んでいればいい。誰が何と言おうと、俺にとってはお前が一番美しい。俯く必要はない」




 リオネルらしい励ましに笑ってしまった。




「ありがとう、ちょっと緊張が解けた」




 そして、前を行くお父様達の後を追って入場する。


 多くの視線がリオネルへ集まるのを感じた。


 以前の夜会よりも強い視線なのは、恐らく、リオネルが筆頭宮廷魔法士になると知っている者が多いからだろう。


 噂というものはあっという間に広がる。


 だが、リオネルはそんな視線を跳ね返すように堂々としていて、隣を歩くわたしは何とか微笑みを維持していた。


 ……視線に物理的効果があったらわたし達は穴だらけだろうなあ。


 少し現実逃避をしつつ、挨拶回りへ行くお父様達とは一旦、別行動を取ることにした。


 わたしとリオネルだけになった途端に人が集まってきた。




「ご機嫌よう、ルオー侯爵令嬢、イベール男爵令息」


「筆頭宮廷魔法士の打診があったというのは本当ですの?」


「今回の戦争の功労者だとか……」


「その歳で筆頭になるなら、最年少だな」




 人々が口々に話すが、答える暇もない。


 しかしリオネルは表情一つ変えずに返す。




「私から申し上げられることはございません」




 訊きたければ俺ではなく国王陛下に訊け。


 そう、副音声が聞こえた気がした。


 思わずリオネルを見上げる。


 わりとよくある無表情だけれど、美形の無表情というのは慣れないと結構圧があるし、冷たく感じるものだ。


 明らかな拒絶を受けて一瞬、静まり返る。




「あ、えっと、そのような大事なお話でしたら、もしそうであれば陛下は皆様にお伝えすると思います。それが事実であれ、噂であれ、今はわたし達から皆様へお話し出来ることはないかと……」




 さすがにまずいだろうとリオネルの腕をそっと叩けば、リオネルが面倒くさそうに一瞬、目を伏せた。




「……婚約者の言う通り、仮にそうだとしても、陛下が公にしていないことを私達が勝手に言うわけにはいきませんので」




 そう言えば、それ以上追求されることはなかった。


 その後は戦争での武勲について訊かれていたけれど、リオネルは詳しく話すこともなく、わたし達から情報を得られないと分かると人々はあっさり挨拶回りを理由に離れていった。


 広間の片隅へリオネルと共に移動する。




「ビックリしたあ……。もう噂になってるんだね」


「内定したことは、それなりに耳聡い者ならすぐに掴める情報だからな。……だが、少し鬱陶しいな」




 面倒臭そうに眉根を寄せるリオネルに苦笑してしまう。




「筆頭宮廷魔法士になるって、それだけ凄いことなんだよ」




 国に四人しかいなかった筆頭が五人になる。


 ここ数年、筆頭の座に新たに誰かが就任することはなかったので、余計に注目を集めているのだろう。


 しかもただでさえ目立つ、この容姿である。


 才色兼備だが爵位が低いせいで結婚相手としてはあまり相手にされなかったリオネルが、一気に地位を上げるかもしれないとなれば令嬢達が声をかけてきたのも頷ける。


 もし、リオネルが本当に筆頭となるなら、結婚相手としては申し分ない。


 その相手がわたしみたいな者ならば、上手くいけば自分が取って代れる可能性もあるかもしれない。


 そうでなくとも親しくなれるだけでもいい。


 そんな思惑が感じられた。


 わたしでさえ気付いたのだから、リオネルだって分かっているはずだ。それで『鬱陶しい』という言葉に繋がるのだろう。


 リオネルは不満げに小さく息を吐いた。




「俺は有名になりたくて筆頭を目指しているわけではない」




 それにふと疑問が湧いた。


 リオネルは昔から筆頭宮廷魔法士になるのだと言っていたけれど、思い返してみれば、その理由について聞いたことはなかった。


 宮廷魔法士達の頂点に立つ存在になりたいのだと思っていたが、もしかしたら他にも理由があるのかもしれない。




「リオネルはなんで──……」


「エステル、リオネル、ここにいたか」




 筆頭になりたいの、と訊く前に声をかけられた。


 振り向けばお兄様がこちらへ近付いてくる。




「そろそろ招待客が全員揃う頃だ。王家の皆様へのご挨拶もあるから、呼びに来た。エステルの婚約者として、リオネルも挨拶が必要だろう?」


「ありがとうございます、お兄様」


「お気遣い、ありがとうございます」




 どうやら探しに来てくれたらしい。


 リオネルとお兄様と共に、お父様達のところへ戻る。


 そうして順番を待ち、順番が回ってくると前へ進み出る。


 ……うう、緊張する……!


 以前、王家の方々にご挨拶をしたのは十六歳のデビュタントの時で、二年も前のことだった。


 両陛下と王太子殿下、王女殿下が一段高い場所におられる。


 わたし達は段差の少し手前で最上級の礼を執った。




「ルオー侯爵家当主アルバン・ルオーがご挨拶申し上げます。妻のノエラ、嫡男のラエル、長女のエステル共々、お招きくださり、光栄に存じます」




 お父様の言葉に合わせて頭を下げる。




「本日は娘エステルの婚約者、リオネル・イベール男爵令息をご紹介させていただけたら、幸いでございます」




 陛下が厳かに頷いた。


 それにリオネルがスッと顔を上げた。




「イベール男爵家の次男、リオネル・イベールがご挨拶申し上げます」


「おぬしのことは、優秀な宮廷魔法士であるとアベルよりよく聞き及んでおる。此度のラシード王国への出征でも素晴らしい活躍をしたと報告を受けている」


「私の力など微々たるもの。兵達、皆の力があってこその勝利かと」




 リオネルにしては珍しく謙遜している。


 陛下がふっと微笑を浮かべた。




「ルオー侯爵よ。そなたには常々、先見の明があると思うていたが、それは事実であったようだな」




 陛下の視線がリオネルへ向けられたが、リオネルは気にした風もなく目を伏せた。




「はっ、勿体ないお言葉でございます」




 その後は当たり障りのない会話をいくつかして、無事、ご挨拶を済ませて下がる。


 わたしが口を開く必要がなかったことにホッとした。


 リオネルが屈んで、耳元で囁かれる。




「貴族の挨拶が終わったら、ラシード王国への出征について出るはずだ。その時に呼ばれるだろうから、近くにいる必要がある」


「分かった」




 そういうことで、王族の方々の席から少し離れた場所で待機することにした。


 リオネルが近くを通った給仕に声をかけ、飲み物を二つもらい、わたしへその片方をくれる。


 渡されたのはシードル──……と言っても、微炭酸なだけで酒気はほぼない、リンゴのジュースみたいな飲み物だった。甘くて、さっぱりしていて美味しい。


 それを飲みながらリオネルと他愛もないことを話しながら過ごす。




「そういえば、ラシード王国の料理が辛かったって言ってたけど、あっちで何か気に入ったものはなかったの?」




 料理は辛かったとか、でも果物は凄く甘いとか、そういう話はしてくれたが、リオネルがラシード王国で『これは好きだ』と感じた話はなかった。


 わたしの問いにリオネルが思い出すように視線を動かす。




「……特にはない」


「これはいいなあってこと、一つくらいあったでしょ?」




 リオネルが数秒黙り、それから、ふと何かを思い出した様子でこちらへ視線を戻した。


 わたしを見て、何故か視線を逸らした。




「……ない」


「いやいや、絶対あったよね? 今思い出したけど言うのやめただけだよね? 逆に気になるんだけど」


「お前に見せたいと思うことはあっても、お前のいない場所で何かを良いと感じることはなかった」




 と、返されて、わたしは一瞬言葉に詰まった。


 それほどリオネルの中でわたしという存在が大きいのだということに驚いて、同時に、それが嬉しくもあった。


 急に照れくさい気持ちになる。




「そ、そっか……」




 意味もなく、髪の一房を指先でくるくると弄って気恥ずかしさを誤魔化す。




「それよりも、明日から忙しくなるぞ」


「え? 何で?」


「結婚式の準備だ。今から場所を決めて、招待状を送って、ドレスを用意して──しばらくゆっくりする暇はないだろうな」




 ……あ、結婚するんだもんね。


 言われてみれば当然のことだった。




「うわ、そうだった、お互いしばらく忙しくなるね……」




 わたしは作家活動をしながら、リオネルは筆頭宮廷魔法士として働きながら、式の準備を行うことになる。


 ……多分お母様も手伝ってくれると思うけど……。


 招待状と言ってもリオネル以外に友達はいないので、招待したい相手も出版社関連くらいしかいないのだが、リオネルのほうは多いだろう。


 宮廷魔法士の人もそうだが、筆頭になってから結婚するなら、下手したら他の筆頭宮廷魔法士も招待する必要が出てくるかもしれない。




「ドレス、めちゃくちゃ華やかにしないとリオネルに負けちゃいそうだなあ」


「それはどうだか知らないが、一生に一度なのだから後悔がないように好きなだけ華やかにすればいい」


「うーん、でもこの体型でゴテゴテに着飾るとより太って見えるから、むしろスッキリした感じのほうが良さそうかも?」




 そんな話をしているうちに時間が過ぎて、貴族達も王家の方々への挨拶を全員を終えたようだ。


 流れていた楽団の演奏が止まり、人々の話し声も止まる。


 陛下が立ち上がり、王笏で軽く床を叩く音が響き渡り、広間が静まり返る。




「本日は皆、よくぞ集まってくれた。此度のラシード王国への出征は良き結果を得て、より両国の絆を深めるきっかけとなったことは、我が国にとっても良い機会であった」




 あえてラシード王国の勝利とは明言しなかった。


 ラシード王国とヴィエルディナ王国が休戦協定を結び、戦争の勝敗がはっきりと決まらなかったからだろう。




「出征では多くの兵達が素晴らしい功績を挙げた。これより、武勲を立てた者に褒賞を与えようと思う」





 

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