エピローグ
先輩は約束通り、大会に来てくれた。
わたしが出ない大会に。
親たちに混じって観客席に混じっている姿は少しだけ目立っていた。
あの人は誰なのか、と。
わたしは先輩のことを自分のことを見に来たとは言わなかった。
先輩は綺麗だし、それに人となりを知れば可愛さがあることも分かってしまう。
だから、黙った。
誰にも先輩のことを知られたくなかったから。
わたしだけが先輩を独占したいと思ってしまった。
どうしてそんなことを思ったのかは分からない。
けど、そう、今だけはわたしだけが先輩のことを知っていればいい。
先輩はきっとこれからすごい人になると思う。
わたしが想像も出来ない、世界に飛び込んでいくんだと思っている。
だから、その時までは、今はまだわたしだけの先輩でいてほしい。
わたしを助けてくれた先輩への小さな執着だ。
彼女が出るはずだった大会を見に行って、少し経てばすぐに夏休み。
その間、わたしは稽古漬けだった。
知り合いの小さな劇団から、とある役を頼まれたからだ。
小さな劇団のオリジナルの脚本で、主人公とヒロインがくっつくのを邪魔をする悪女という役。
ただ、悪いところを見せるのではなくて、時にはコミカルな部分も見せないといけないという、ちょっと難しい役。
わたしの演じ方次第で観客にいい印象が持たれないというのは役を背負う上では重大だ。
性格も雰囲気もわたしとは大違い。
そんな彼女になるためにわたしは夏休みの間を使った。
夏休み終盤、駆け抜けた一週間。
大きなミスも、怪我もなく舞台はそれなりの客が入っての終わりを迎える。
舞台上やその他の部分で、細かいトラブルはあったにせよ、それは想定内。
影響のない部分のトラブルなのだから、舞台としては結構成功した方ではないかと思っているが、終わってからというのは一番慌ただしい。
なにせ楽屋というのは荷物が多く置かれる。
一週間、昼と夜の二公演だ。
様々な荷物が持ち込まれて、さらに花束なんて受け取った時には荷物は膨れ上がったりする。
そして、今まさにわたしは旅行用のカバンにパンパンになるほど、何とかチャックを締めて、荷物を運び出そうとしているのだが、両手はすでに塞がっている。
劇団の座長に渡された花束によって。
泣いて感謝を伝えられて、渡されたものさすがに断りずらい。
本当のことを言えば、渡されたとして活ける花瓶もないのだから、どうしたらいいのだろうかと悩んでしまう。
そんなことを思って、荷物を持って控室を出ようとしたところで外側から扉が開いた。
「あ、先輩」
扉の向こうから現れたのは、ニコニコとわたしの好きな笑みを浮かべた望さんだった。
自然と視線が下がって、彼女の手に目が行く。
彼女の怪我はもうすっかりと良くなっているのを見ると安心する。
今ではすっかりと部活少女として精力的に活動していると聞く。
「あ、すみません、忙しかったですか?」
わたしの姿、周りの慌ただしい雰囲気から彼女の笑顔が苦笑いに変わる。
「そんな事ありませんよ」
彼女がここまでこれたのはもちろん話を通してあるからで、他にも関係者に挨拶に来る人はいる。
今だって、主演キャストに挨拶に来ている人たちがいる。
彼女は怪我をしていない方の手を背中に回していて、何かを持っている様子。
何なのかと思っていると、彼女が苦笑を上げる。
「先輩、荷物も花束もいっぱい持ってますから今更要らないかもしれないですが……これ」
そう言って、差し出してきたのは小さな花束だった。
バラやユリ、赤いスプレーカーネーションでまとめられた綺麗な花束。
「お金がなくて、小さいのしか無理でしたけど……」
「そんなことありませんよ」
荷物を地面に置いて、彼女が差し出してきた花束をしっかりと受け取る。
優しく、崩さないようにそれらを抱きしめる。
「これが何よりも嬉しいですから」
彼女に目を向けると、珍しく、彼女が頬を染めて大きく目を見開いていた。
普段と違う彼女の様子に物珍しさもあり、思った反応ではないのでどうしたのだろうと思う。
「どうしたのですか?」
「い、いえ、何もありません! 先輩、早く出ないと迷惑になるんですよね? 荷物持ちますから早く行きましょう!」
わたしの落とした鞄を彼女が代わりに持とうとするのを、止めようとしたのだが、彼女はそれを聞かずに持っていってしまう。
なので、わたしは他の花束も一緒に持って外に向かうことにした。
外にある喫茶店。
お互いにお金のない同士としてはちょうどいい場所だ。
彼女は楽しそうに私の役に付いて語っている。
それを邪魔をしたり、水を差したりするつもりは毛頭ない。
彼女がそんな風に楽しそうに、色々な顔を見せながら語っている様子を見るのはこちらとしても楽しいからだ。
もっと見ていたいと思っていると、彼女の語りが止まった。
「すみません、わたしばかり……」
「いいんですよ。壇上から見ている方の反応は見えるものですが、こうして直に感想を言ってくれるという機会というのは少ないですから」
それにわたしとしては彼女にそういう感想を言ってもらえるのは嬉しいから。
壇上から彼女を見つけた時には、ちょっとだけ嬉しくなったのと同時に、変に力が入らないようにしないといけないと別の部分で注意したのは言うまでもない。
変に力が入ったりして、舞台を壊すなんてなったら笑えないから。
「先輩はすぐにそうやって、いいんですって何でも許してくれるんですよね。わたしばかり、そんな事されてて、何を返せばいいのか分からなくなります……」
彼女が拗ねたように口を尖らせている。
わたしはそんな彼女を全肯定するような存在になったつもりはないのだけど。
違う場合は、否定をするし。
ただ、順番が違うのを彼女は分かっていないのかもしれない。
彼女が救われる前に、わたしが彼女に救われていたのだ。
だから、わたしが彼女に見返りを求めることはない。
だって、救われたわたしが彼女に返しきれない恩を感じて、一方的にしたいと思っているだけなのだから。
それでも、そう言っても彼女は納得しないだろう。
だったら、と考える。
けど、してもらいと事など一つしかない。
だから、顎に手を当てて考える振りをする。
「そうですね……それなら一つやってもらいたいことがあります」
「何ですか?!」
身を乗り出す勢いで言われて、ちょっとだけ驚くがすぐに姿勢を正す。
「この次に出る舞台も見に来てください」
「え……それなら言われなくても……」
「わたしにとってはとてもしてほしい事なのです。してくださりますか?」
舞台の上に立つのは自分のため。
もちろん、それはずっと変わっていない。
だけど、わたしはそれ以外の理由も見つけてしまった。
彼女にわたしが一番輝く瞬間を見てもらいたい。
そのためにわたしはこれからも舞台に立ち続ける。
わたしたちの関係はどこまで続いて行くのかなんて分からない。
まだ中学生と高校生。
人生という旅路の中ではまだまだ歩き始めたところだろう。
永遠にこの関係が続いて関係が続くなんて思っていない。
どこかで破綻するかもしれない。
それは些細なきっかけかも知れないし、もっと大きな何かかも知れない。
だけど、だからこそこの瞬間瞬間を大切に過ごしていきたいんだ。
「はい、もちろん。先輩の舞台もっと見ていたいですから、見に行かせてください!」
頬を紅潮させて言う彼女がおかしくて、笑みが零れてしまう。
「ありがとうございます。もっとわたしは頑張りますから、ちゃんと見ていてくださいね」
舞台のスポットライト。
もっと浴びていたいと思った日が懐かしい。
わたしだけに注がれる光。
わたしだけを世界に煌めかせているライト。
舞台上で一番輝いて、観客の目を釘付けにする瞬間だろう。
それの気持ちよさ、もっと浴びていたい独占欲、さらに大きな舞台で多くの客に見てもらいたい欲求。
今でもそれは薄れない。
スポットライトの呪い。
舞台の呪いとも言える。
それに狂わされる人もままいるだろう。
私も以前はそうだった。
だけど、今はもうそれが呪いだろうと受け入れられる。
今はなぜなら誰よりも、何よりもわたしは一人の人間の目を釘付けにしていたいから。
彼女の目だけわたしに向いていればいい。
そのためにわたしは次の舞台にも、これから先の舞台にも立つつもりだ。
ずっと、これからも。
「見ていてくださいね。わたしの姿を」
「はい、約束します」
舞台を降りる、その日まで。
いつか言いたい言葉もある。
「ずっと先輩のことを見ていますから」
彼女の笑顔はやはり太陽のようで綺麗だ。
わたしの好きな笑顔だ。
いつかちゃんと伝えよう。
貴方の笑顔が好き、と。
貴方のことが好き、だと。