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彼女はヒーロー。
だったら、私は何の役だ。
ヒロイン?
それとも悪役?
分からない。
わたしの役は何だろう。
彼女はわたしの役は、『川渡暁乃』だと言った。
けど、わたしはそれは嫌だ。
確かにそのキャラでも役にはなっているだろう。
だけど、わたしはもっと明確な役割のあるキャラを持って舞台の上に立ちたいのだ。
もう舞台の幕は上がった。
わたしが舞台の幕を上げたのだ。
show must go on
もう止めてはいけない。
わたしは止まるつもりはない。
彼女が終わるつもりでも、私は終わるつもりはない。
一度舞台が終われば、また幕を上げる。
一部が終われば、二部が始まる。
ここから始まる物語は、近くて遠い少女たちが一つになるための物語。
わたしはあの日から毎日のように体づくりを再開することにした。
筋トレもそうだが、ランニングで体力がいる。
舞台は体が出来ていないと立っていられない。
舞台を右往左往する殺陣をした役者が息を切らして、次のセリフを言えないなんてこと見たことない。
役によってはダンスやバレエなんて物をやらなくてはいけない可能性だってあるのだ。
だから、どうしても筋力が大事になってくる。
部活動に出てもいいのだが、どう言う顔をして部室に入ればいいのか分からないので結局自主トレと言う形になってしまう。
ただ、わたしが朝のランニングをしていると、いつもの彼女が並んできた。
彼女はすでに走ってきていたのか、うっすら汗をかいている。
「おはようございます、望さん」
わたしが声をかけると、彼女の顔は太陽のように輝いた。
「おはようございます、川渡先輩!」
彼女はどうやら毎朝走っているらしい。
普通に走っている分だと彼女の方が早い。
わたしは少しついていけないぐらいだ。
だけど、わたしに並走するとき、彼女はゆっくりと速度を落としてくれる。
それはとってもありがたい気遣いなのだが、体力のない自分がちょっと情けなく思ってしまう。
だから、早く彼女に追いつけるようにちょっとずつスピードを上げるようにしていこうと思っている。
「先輩、今度の休みはどうします?」
GWはとうに過ぎてしまった。
そして、わたしはその時間を無駄に過ごしてしまった。
ただ腐って、何もしないで過ごしていた。
本当に時間がもったいないと思うのだが、いくら悔やんだところで今更時間が戻ってくるわけでもない。
だから、それを取り戻すように今を頑張るしかない。
「そうですね……」
走りながら考える。
もう少しで一周し終える。
ゆっくり考えよう。
何も予定もない。
知っている劇団の演目もやっていない。
だから、寮に残るか実家に帰るか。
以前のわたしだったら、実家に帰っていただろう。
心を許せるのは実家にいる犬しかいなかったのもある。
だけど、今は違う。
それにわたしにはすることがある。
「しばらくは寮で体づくりをします」
寮の部屋で筋トレを再開したのだが、同室の子には「いきなり真剣にやり始めたから驚いた」というように言われてしまった。
殺陣や派手なアクションシーンをやるならば、やはり体力。
重たい衣装や小道具を支えるため、ミュージカルであれば発生を支えるため、役のために体を支えるには筋力。
どれもわたしには足りない。
これで主役が欲しいなど、甘えていた。
けど、そんなことにも気が付かないほど、わたしは周りを、自分自身を見ることが出来ていなかった。
わたしが知る彼女もただ立っているだけで役がもらえたわけじゃないはず。
わたしが見えていなかっただけで、きっと多くの努力を積み重ねていたはずだ。
それにわたしは追いつかないといけないから。
「……それで望さんはどうするんですか?」
「わたしですか? わたしはうーん……」
悩ましそうに顎に手を当てる動作をする。
初めて見る彼女の動きを自然と目で追ってしまう。
良くないとは思っているのだが、それでもそうしてしまうのだから仕方ない。
「土曜日は練習でしょうが、日曜は休みですし、友達と遊びにでも行こうかなーって、まだ約束もしてませんけど」
あはは、と笑い声をあげる彼女を見て、ちょっとだけその友達のことを羨ましく思う。
わたしは望さんには遊びに誘ってもらえる人間ではないのだと思ってしまったからだ。
まだわたしはそこまでの付き合いではない。
そう言われているような気がして、名前も知らない他人に嫉妬した。
恥ずべきだとは思う。
けど、湧き上がる思いというのは自分では制御が効かない。
だから、対抗してしまった。
「もし、もしの話です。わたしが、誘ったら……?」
言った後に後悔した。
わたしは何を言っているんだろう、と。
こんな事を言ったら、わたしが望さんを誘おうと思っているのだと言っているようなものではないか。
カッと体が熱を持つように汗が噴き出してきたような気がする。
さっきまで走っていたせいだけではない。
「あ、いや――――」
取り消そうと思った。
さっきの言葉は違うんだって。
けど、望さんの顔を見て、そんな事頭から吹き飛んでしまった。
だって、彼女はキラキラとした瞳でこちらを見ていたから。
それはとても嬉しそうな顔をして。
そんな表情、あのベンチでは見せてくれなかった。
「先輩! わたしを遊びに誘ってくれるんですか?!」
否定しなきゃいけない。
違う、と。
だけど、その言葉は言い出せず、自然と飲み込んでしまった。
「え、ええ、わたしで良ければ……ですが。その同級生のお友達の方がやはり話が合うのであれば、別の日でもいいのです……が……」
最後の方の言葉はどこか自信なさげに尻すぼみになってしまった。
目を向けられない。
だって、そんな嬉しそうに見られていたら、恥ずかしいじゃない。
わたしはただ、ちょっとだけその友達に対抗してしまっただけなのに。
「もちろん、いいですよ! 先輩、どこに連れていってくれるんですか!?」
大きなリアクション。
わたしの方に身を乗り出してくる望さん。
その圧に押されて、身をのけ反らせてしまう。
どこに連れていく?
頭の中に浮かんだ疑問。
どこか連れていくところなんてあるだろうか。
わたしが知っているのは実家への道と少々電車で移動しないといけないところにある小さな劇場が数カ所程度。
あとはあまり興味が持てずに行ったことがない。
考えに考え抜いて、思いついたのがこの結論であった。
「それは、当日のお楽しみ、ということで……」
逃避である。
全力で逃げた。
身長差もあって、望さんはわたしを見上げる形になっているのだが、顔は引きつっていないだろうかと心配になる。
今までで一番演技していると思う。
微笑みを浮かべて、さもいいところに連れていってあげますよ、と言う風を装っている。
自信をもって、胸を張れ。
不安は伝播しやすい。
負の感情は、何故だか人は勘違いかも知れないがキャッチしやすいのだから。
「じゃあ、今度の日曜日、楽しみにしてますからね、先輩!」
「ええ、楽しみにしておいてくださいね」
背中に嫌な汗が垂れていくのを感じる。
だけど、きっと走った時に出た汗だと誤魔化せる。
彼女がパッとわたしから離れて、寮の方に体を向けた。
「それじゃあ、先輩、また放課後に!」
望さんが手を振りながら、駆けていく。
わたしも手を振り返しながら、
「無理しないようにしてくださいね」
本心からそう告げた。
彼女が見えなくなったところで、わたしは頬を垂れていく汗を拭いた。
「……どうしましょうか」
良くない約束をしてしまったと思う。
なぜなら、彼女は、望さんは期待していた。
どうしようといまさら言っていても仕方ないと頭を切り替えることにした。
やってしまったことに対して、自分で責任を持つべきなのだから。
今まで関係がないと、自分には必要ないと関心を無くしていたことに対してツケが回ってきたんだと思う一方、そう言うことに対して無い頭で考えていても仕方ない。
問題を先送りすることにする。
これがわたしの考えた今出せる精一杯の答えだった。
▼
その日の放課後は普通通りだった。
部活動に参加したわたしはその後にいつものベンチで彼女を待つ。
それが習慣だからそうしているだけであるし、わたしがいなかった場合彼女は少し沈んだ顔をするのだから、それを見たくないからこうして待っているだけ。
彼女が来てからはいつものように他愛のない話を交える。
ただ、わたしはどうにか朝の悩みの解決口を探るために、彼女の趣向を知ろうと質問を繰り返すのだが、芳しくない。
それもそのはず、彼女の方がわたしに質問ばかりしてきて、わたしが答える一方になるのだから。
質問に質問を返さない。
これを金言にしたいと心から思った。
そうして寮に帰ってきたわけだけど、すまし顔をしていたのも彼女と別れるまでだった。
そこからはいつもの表情を張り付けながら、走らないギリギリの速度で早く歩き自室に逃げ込んだ。
そして、同室の子に泣きつくことになった。
どこに遊べばいいのか、どこかおススメはないか、と。
わたしからこんな事を話しかけられたのが初めてだったみたいで驚いていた。
わたしは彼女に対してあまり関心を持ってなかった。
その時のことを思うと、申し訳ないと謝りたくなる気持ちもあるのだが、だけど、それよりも優先すべきことがある。
突然そんなことを言われた子も、よく知りもしない相手におすすめできるお店なんて知ってるわけもなかった。
だから、彼女に聞いた。
「……当日までに何か一つでも彼女の好きなものを聞いてくるので、その時はまた聞いてもいいでしょうか?」
そう聞けば彼女はニッコリと素敵な笑みを浮かべて、快諾してくれた。
そこから休みまでの日は彼女への探りで使うことになった。
何をしているんだろうという気持ちはあった。
こんな事をする前にやることがあるのは、分かっている。
けど、今のわたしにはきっと必要なことなんだ。
わたしはもっと彼女を知る必要がある。
彼女の外面も、内面も。
その全てを知りたい。
そして、わたしのことも一摘まみでもいいから知って欲しい。
そんな欲がわたしの中に肥大化して行くのを感じていた。
それはだって仕方ないじゃない。
彼女の存在がわたしの中でどんどん大きくなってきているのだから。
わたしの手を引いてくれた、わたしのヒーロー。
そんな彼女に惹かれて、憧れ、その気高さに並び立ちたい。
大きくなる彼女への思いを馳せていれば、気が付けばもう休みは目と鼻の先まで迫っていた。
わたしと同室の彼女が出した答えは一つ。
これしか思いつかなかった。
そうして、わたしは休みを迎えた。