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 先輩のことがもっと知りたくて、色々な人に話を聞こうと思って高等部の校舎に入ったのだが、その必要はなくなった。

 先輩はそれなりに有名というか、知っている人は知っている感じで詳しく話を聞けたからだ。

 そこはわたしの運の良さもあるかもしれない。

 高等部の校舎に入ったのは実際に風紀委員で用事があったので、そのついでにですね。

 ただ川渡先輩とは出会いたくはなかったので、先輩と同じ色の校章をしている人とすれ違う際には気を使った。

 先輩、二年生だったのかとこの時私は知った。

 わたしたちはお互いのことをよく知らない。

 先輩も話さない。

 わたしも聞かれたことしか話していない。

 先輩からわたしに対して聞いてくること自体が稀で、一個二個聞かれたような気がする程度しかないのだけど。

 それでも、さすがに先輩もわたしの顔はしっかりと覚えてくれてるようになったので、廊下ですれ違うことになったら簡単に気が付かれてしまうだろう。

 けど、もし、校舎の中で先輩に見つかったらどんな事を聞かれるのか。

 想像が付かない。

 先輩、人に興味が薄いから。

 そういう雰囲気を醸し出しているからな。

 普段からそうだとしたら、見つかっても案外何も言わないでいるかもしれない。

 とりあえず、驚いて騒いだりはしないだろうと予想できてしまう。

 そんな感じで出会った時を妄想しながら、侵入した高等部だけど、そんなイベントは気配も起きなかった。

 起きなかったが、用事も済ませて、話まで聞けたのは上々の結果ではないだろうか。

 話を聞かせてくれたのは風瀬夜久乃先輩。

 その先輩も川渡先輩のことを気にかけてくれていたみたい。

 川渡先輩から風瀬先輩のことなんて一言も聞いたことなかったけど。

 先輩、自分のことをとことん話してくれないから、こうなるんですよ、と心の中で毒づいておく。

 だけど、風瀬先輩のおかげで私が何をすればいいのか、川渡先輩が何を抱えているのか、どうしてあんな態度なのかようやく見えてきたものがある。

 しっかりと頭を下げてお礼を言っておいたので、風瀬先輩には悪い印象を与えてないはず。

 ただ、どうして中等部の子が川渡先輩のことなんて調べているのかと首を傾げられてしまったが。

 話を聞いて、どうすればいいのか分かれば、もうわたしは止まらない。

 助ける手段も方法も分かった。

 そうしたら、ヒーローであるわたしはもう止まらないんです。


 わたしは人助けする事を躊躇ったことがある。

 ヒーローとしてはあってはいけない事なのだけど、どうしてもわたしは臆してしまう事があった。

 助けたことを余計なことをしないで、と言われてしまった。

 どうして、という気持ちや、何でそんなこと言われないといけないのかと正直思った。

 思ってしまった。

 思っちゃいけない事なのに。

 だけど、イジメられているように見えたので助けなきゃって思うのは普通のことなはず。

 結果としては上手くいったのだけど、後味のいいものではなかったが。

 今回のことだって、もしかしたら余計なことをしているのかもしれないと思わないこともない。

 けど、これがきっといいことだと信じてる。

 そうであってほしいという願いでもある。

 お願いします、先輩とわたしが正しいことをしていると思わせてください。

 願いながら、わたしは先輩がいるであろうベンチの方に向かった。


 

 わたしのことを調べてる子がいるという話を聞いたのはお昼休みが終わるところ。

 随分久しぶりに話しかけてきた風瀬夜久乃からその情報を聞いたのだけど、何故という疑問が持ち上がるのだが、わたしは彼女にあまり自分のことを話さないために、そのせいで夜久乃の方に聞きに行ったのかもしれない。

 ただ、聞いたところでわたしのことが分かるわけではない。

 基本的な情報は分かるかもしれないのだが、それ以上深いことは分からないだろう。

 わたしは人に自分のことを話してないし、関わりも持たないのだから。


「川渡先輩、こんにちは、もう下校時間ですよ」


 そこにやってきたのはいつも通りのあの子。

 ヒーローに憧れていて、正義感の強い風紀委員の子だ。

 この子が私のことを嗅ぎまわっている、らしい。


「時間になったら帰ります。それにしても、わたしのことを人に聞いて回っているそうですが、直積聞いたらいいのでは?」

「人に聞いて回ってるわけじゃないですよ? 風瀬先輩で全部聞きたいことは聞けましたので、もう大丈夫ですよ」


 聞いて回ってないにしても、しっかりと聞いているではないか。

 人のことを聞いて回るなと注意するべき事なのだろうけど、どうせ大したことは聞けてないだろうと高を括る。


「そう言えば、先輩、もう舞台の方はいいんですか?」


 良いんですか、と聞かれても、大した役ではないのだから、覚えることも動きも少ない。

 だから、もう全部頭に入ってしまっている。


「もう全部頭に入ってしまっているのでもう必要ないです」

「そうですかー……」


 わたしの隣に座って、天を仰いでいる。

 何を考えているのか、分からない。

 分からないし、分かろうとも思わない。


「それじゃあ、先輩、エチュード、やってみましょうよ」

「はい?」


 エチュード?

 わたしが誰とそんなことをやらないといけないのか。

 やる必要もないだろう。

 こんな演技もやったことのない素人とそんなことをやる必要もない。

 やったところで何の足しにはなりはしないのだから。


「それとも先輩、アドリブだと出来ないんですか?」


 明らかな挑発。

 乗らないでもいい。

 乗る必要もない。

 だけど、わたしを見るその子の目は明らかに馬鹿にするものだった。

 だから、我慢できなかった。

 演者としてのプライドもある。

 わたしは舞台に上がるものとしてこの子より上でないといけない。

 

「やりましょうか」

「はい、やりましょう、先輩!」


 わたしの隣から立ち上がったその子は太陽のような笑みを浮かべて、手を差し伸べてきた。

 けど、わたしはその手を握らない。

 この子はわたしの仲間ではない。

 ともに舞台に上がる同士でもない。

 だから、手を取らない。


「それでは先輩、舞台の幕を上げましょう」


 その子は芝居がかかった動作で、綺麗な礼をする。

 舞台の幕が上がる。

 舞台に上がる演者として、これほど待ち望んだ瞬間はないだろう。

 わたしはどうだろうか。

 望んでいるのだろうか。

 もしかしたら……望んでいないのかもしれない。

 だって、舞台が始まったとしても、わたしは目立たない。

 そんな身勝手な理由で、わたしは嫌と思っている。


「先輩、舞台の幕が上がれば、もう止められません。一度始まった舞台は最後まで続きます。よろしいですよね?」

「……はい、大丈夫ですよ」


 幕が上がれば、わたしたちは止まらない。

 だから、わたしたちはそこに全力で走っていくだけだ。


「ここまで来た」


 彼女の声音が変わった。

 いつも可愛らしい声音ではなく、凛々しくまるで男の子のようなカッコいい声音。


「さぁ、姫。手を」


 しっかりと背を伸ばした手はどこかの騎士を思わせてくる。

 彼女はきちんと役をもってこの舞台に上がってきている。

 わたしは何の役をもってこの舞台に臨めばいいのだろうか。

 役を読まないといけないのだが、読めない。

 いや、これはわたし自身の問題だ。

 わたしが人への興味が薄いから、彼女の役についても読めてないだけだ。


「わ、わたしは」


 声が震えてしまっている。

 バカと自分を叱責をする。

 舞台初心者の彼女が堂々としているのに、わたしが怖気づいてしまうなんてあってはいけない事なのに。

 彼女は待ってくれている。

 わたしが舞台に上がってくるのを。

 彼女が始めた舞台の役者として。


「わたしは」


 言葉が続かない。

 これでは彼女の言う通り、アドリブが出来ない役者と言うことになる。

 ダメだ、ダメだ。

 そんなのいけない。

 焦る気持ちと裏腹に彼女は穏やかな表情をしている。


「川渡先輩、先輩はこの舞台にどんな役で臨んでいますか?」


 舞台を止めたのは彼女だった。

 どんな役で臨むのか。

 考えてなかった。

 ただ、彼女の舞台に上がることだけしか考えてなかった。

 だけど、それでいいではないか。


「先輩はわたしがどんな役を演じていたか分かってましたか?」


 分かっているつもりだった。

 多分だけど、どんな役かは輪郭はつかめていたと思う。

 だけど、そんなことが何か関係があるのだろうか。


「川渡先輩、わたしを見てください」


 彼女がわたしの正面に立つ。

 しっかりとした仁王立ちだ。

 けど、わたしは目を伏せてしまって彼女を直視できなかった。


「川渡先輩、舞台を、わたしの役を読んでください」


 そう言われても、わたしは読めない。

 自分以外の物に興味が湧かない。

 わたしのせいではない。

 わたしのせいじゃないのに、いつからこうなってしまったのか分からないのだけど、いつからかわたしは人への興味が薄くなってしまった。

 だけど、これでいいとわたし自身は思っていた。

 だって、他の人のことなんて関係ない。

 わたしはわたしだけに集中していればいいと、それだけを考えていたから。

 わたしが伏したまま顔を上げていないから、彼女がどんな顔をしているか分からない。

 もしかしたら、怒っているのかもしれない。

 悲しんでいるかもしれないが、わたしには見えない。

 ただ雰囲気から想像が付く。

 彼女はきっとわたしに失望しているだろう。

 わたしがこんなことも出来ない役者なのか、と。

 言い訳もできない。


「先輩、わたしは先輩に舞台に上がって欲しくありません」


 言われると思った。

 だって、そう言われても仕方ないことだから。

 そんな醜態を今晒しているのだから。


「先輩が舞台に上がるのは嫌です」


 はっきりと拒絶を突き付けられた。

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