究極の令嬢パラム 〜聖女の力を封印されてしまいました〜
人々に『聖女』と呼ばれていた女性が居た。
他者を寄せ付けない程の魔力を身に宿していた伯爵家の長女だ。
その魔力を欲して王家からの婚約を申し込まれ、伯爵家は断る事などせずに受け入れた。
また、その類稀な魔力を見込まれて王都の大神殿に迎えられた彼女は、王都を守護する結界の維持を任される事になった。
幼くして伯爵家を出る事になり、大神殿では『聖女』として民の求心を集めるよう振る舞いを仕込まれ、そして結界の維持に魔力を消費する。
婚約者となった相手は第二王子だが、国王が決めたこの婚約に、当人達は納得などしていなかった。
「パラム。この首飾りを着けてみろ」
「まぁ、殿下……。贈り物など珍しい」
婚約者と言えど、第二王子が聖女パラムに物を贈った事などなかった。
どういった風の吹き回しなのか。
首を傾げつつも、パラムは渡された首飾りを身に着けた。
(あまりデザインは気に入りませんが)
婚約からは逃れられないからと、関係を改善したいのか。
王子にその気があるのならば、こちらも……と聖女パラムが考えた瞬間。
──キィン!
「……!? これは!?」
「ははは! これでお前はその忌々しい魔力を振るう事は出来ない!」
「殿下、何を?」
首飾りは聖女パラムの魔力を吸い上げる。
封印、ではない。どこかへ吸い取っているのをパラムは感じた。
「ふふ。上手くいきましたね、殿下」
「あなたは、」
「お姉様、久しぶりね」
パラムの妹。同じ伯爵家の令嬢、デイジーだった。
何故かデイジーは王子と聖女の茶会の場に現れ、あろう事か第二王子の手を取って親密に近付いた。
「同じ家に生まれたのに、お姉様は『聖女』で素敵な王子様の婚約者なんて不公平でしょう?
だからお姉様の魔力は私が貰ってあげるわ!」
「……つまり、この首飾りは」
力の流れを辿る。
たしかに聖女パラムの魔力が妹デイジーに流れ込んでいるのを感じた。
「お前が聖女などと持て囃されているのは、その魔力のお陰だろう。では、俺が結婚するのはお前の魔力だ。
……その首飾りは王家に伝わる罪人用の魔道具でな。
お前の魔力は、しばらくすれば全てデイジーに移される! だから、お前は用済みだ!」
と、第二王子は歪んだ笑みを浮かべながら聖女パラムに突きつけた。
「……左様ですか」
「何その反応。もっと悔しがったらどう? あんたの頼みの綱の魔力はもう私のものなのよ!」
「魔力。魔力を奪う魔道具、ですね。それでしたら、これはどうでしょうか」
と。
聖女パラムは、微笑んだ。
そして青白く光り輝き始めた。
それは彼女が今まで身に纏っていた魔力とは異なる光だった。
「……は?」
「な、なんだ? その力、は。お前の魔力は全て奪えた筈……」
「──霊力ですわ、殿下」
「れ、い……?」
王子とデイジーは、キョトンとしてパラムを見た。
「幽霊、魂、霊魂ですかね。そういった類によく影響する力でございます。
魔力とは用途が異なってきますが、身を守る事や敵性存在、魔獣と戦うのに支障はございませんね。
それと、その魔道具では私の霊力を奪う事は出来ないみたいです」
「な、ん……」
「それでは。首飾りは記念に頂いておきますね、殿下」
微笑んだまま、聖女パラムはその場に背を向けた。
「ああ、デイジー。他人から奪った魔力なんて簡単に使えるとは思えないけど……頑張ってね?」
銀色の髪を翻し、青白く光を放つ霊力を身に纏いながら今度こそパラムは立ち去った。
◇◆◇
「パラム! この腕輪を着けろ!」
「まぁ、またプレゼントですか、殿下」
今日もまた王子との茶会だ。
傍には結局、奪った魔力を持て余し、大神殿の結界維持に駆り出されるだけの存在になった妹デイジーも来ていたが、パラムはにこやかに無視をする。
「今度の腕輪も何かの曰く付きですか、殿下」
質問しながらも、無警戒にパラムは腕輪を嵌めた。
案の定というか、やはり外せない。
──キィン!
「まぁ! これは、まさか?」
「ははは! 上手くいったな! これでパラム! 貴様のその霊力とやらは封じられた!」
「やったわ! ざまぁみなさい、お姉様!」
霊力封じの腕輪。
パラムの身を包んでいた霊力は、その光を失っていった。
「……ちょっとオイタが過ぎますわねぇ」
「はっ! 貴様のその俺を見下した態度が気に食わなかったのだ! 力を失った貴様など、」
──パン!
……と、王子の言葉を遮るようにパラムは、手を叩いた。
拍手をするように一回。
すると、王子とデイジーを黒い煙が覆い始める。
そして聖女パラムの身体も。
「──呪力ですわ、殿下」
「じゅ……!?」
「人を呪う事もできる力ですが、どちらかと言えば人ならざる者を調伏、使役などする力ですわね」
「な、なっ……!」
その呪力はパラムの身体を覆い、圧倒的な雰囲気を見せていた。
「私にこうも枷を嵌めようとしてくるのですもの。
お二人は早々に対策を練られませんとどうなるか分かりませんわ?
この力ばかりは、私が死にでもした後、呪いの対象となった者達にどう働くやら」
「…………!」
「ひぃ!?」
そしてパラムはまた颯爽と去っていった。
◇◆◇
「パラム!」
「まぁ、今度は髪飾りですのね、殿下」
二度ある事は三度ある。
パラムの呪力を恐れた2人は、早々にその封印策を用意してきた。
第三の枷である髪飾りをパラムは嬉々として着けた。
「まぁまぁ! きちんと私の呪力を封じれましたわね、殿下」
「は、はぁ! こ、これで!」
「では、次は妖力ですわ!」
「よ!?」
「あやかし、バケモノの内包すると言われている力ですが、長年を経た道具などに宿り、また美しき者に纏われるとも言われる力となりますわね」
心なしか聖女パラムの清楚な雰囲気が変わり、妖艶な美女の美しさを見せ始めた。
力の変異により、明らかに彼女の魅力は増していた。
「な、なん……」
「ふふ。首飾り、腕輪、髪飾り。すべてありがたく受け取りますわ。
ああ、今度の夜会にはエスコートをお願いしますわね、殿下」
「…………」
「…………」
得体の知れない、しかし強力とは理解できる力を見せつけながら聖女パラムは、また立ち去った。
◇◆◇
「──偽聖女、パラム! 今日で貴様との婚約を破棄する!」
夜会の日、聖女パラムのエスコートをせず、妹のデイジーを連れて現れた第二王子は、衆人環視の中、高らかに婚約破棄を告げた。
「はて。聖女に偽も何もないかと存じますが……。正式な役職でもありませんし、皆さんが勝手に呼んでいる事ですもの」
銀色の長い髪を揺らしながら、パラムは首を傾げた。
身に纏っているのは魔力封じの首飾り、霊力封じの腕輪、呪力封じの髪飾りに、婚約者であった第二王子から贈られた漆黒のドレスだった。
夜会に相応しい色合いではまったくないものの、怪しい魅力に溢れたパラムが着こなせば、それは素敵なドレスに変わった。
「減らず口を! パラム、貴様が聖女でない事は明白だ!
人々を守る結界に注ぐべき力を失い、挙句に邪悪な力に手を染めた稀代の悪女め!」
随分な言われようだとパラムは思う。
「だが残念だったな! 貴様の今日着ているドレスは……貴様の邪悪な力を封じる為のモノだったのだ!」
「まぁ! そうなのですか」
妖力封じのドレス。
王子が何事かの起動式を踏んだ魔道具を発動すると、聖女パラムの妖力は封じ込められていった。
「はぁ、はぁ! これで、これで貴様は終わりだな!? もうないな!? 貴様は、もうただの小娘にすぎない、生身の人間!」
「……はぁ。仕方ありませんわね」
「よし! 貴様は怪しげな力を振るっていたバケモノなのだ! むしろ魔獣に近しい存在! そんな者が聖女を騙るなど!」
「では」
「っ!?」
王子の言葉を遮るように、聖女パラムが声を挟む。
その態度に狼狽えるのはデイジーと第二王子だ。
「な、何よ! まだ何かあるというの!? これ以上、何かするなら魔獣として扱って!」
──バサリ。
と、人々の目を惹きつける光と共に、音を立てて聖女パラムの背中に翼が生えた。
その姿は神々しいまでの光を放っている。
「き、貴様……その、力は一体……?」
「──神力ですわ、殿下!」
「し……!?」
「神の力ですわね。神の力そのものを身に宿し、受け入れる事で発揮される力ですの」
聖女パラムは白銀の長髪、黄金の瞳を携えていた。
青かった瞳の色さえ変化して現れたその金眼は、髪の色と、その背負った高貴なオーラを加味して、まさに『聖女』と呼ぶに相応しいものになる。
パラムの前では血の繋がった妹の筈のデイジーの髪の色など、くすんだ灰色にしか見えなかった。
「おお、聖女様!」
「まさに彼女こそ聖女だ!」
光り輝く神力と、翼。空中に少し浮かび上がった彼女の様子に、人々は自ら膝をつく。
「殿下との婚約破棄、受け入れますわ。今日まで……いえ、最後の日々はなかなか楽しかったですわよ」
「う……あ?」
自分が婚約破棄を突きつけた筈だったのに。
己に媚びず、身体も触らせない聖女パラムに怒りを感じていて、だから全ての力を奪って、その聖女の座を追い立ててやろうとした。
そうすれば涙のひとつも浮かべるだろうと王子は思っていた。
だというのに。
これでは、まるで王子の方が婚約破棄を告げられ、捨てられるかのようだった。
「何なの、何なのよ、アンタは! 本当に人間なの!?」
「デイジー。そう言われてもねぇ。この翼は神力を使うと自然に現れるモノだから……」
「そんな見た目の話してるんじゃないわよ!」
「あら、そう。ところで、デイジー」
「何よ!?」
「私、早くに家を出たものだからね。貴方達、伯爵家の人達に家族の情? とやらが無いの」
「……は?」
「貴方もね。妹と言われても、困ってしまって……。
それはそうと、第二王子殿下は、別に貴方に対して何も言及しなかったのよ?」
「え、何の、話……」
「今、この場で貴方は、王子から見初められたとか。
次代の聖女だとか。
そんな存在では全くないという事。
王子殿下も何も貴方については語っていなかったもの。
……ただの伯爵令嬢。
それも腐っても私の身内に過ぎないのよね」
「え? は?」
「……そんな貴方が。私に対して再三に渡り、その力を封じようと画策してきた。
明確な害意を持っていたわね?
……私、『妹』とか『家族』に対して情はないから。
私に対する害意を持っていた貴方を赦す道理がないのよ」
そう言いながら空中に浮いた聖女パラムは手を翳した。
神々しい光がさらに強まる。
「え、ま、待って! 殿下、た、助け、」
「──神聖なる光」
光の柱が伯爵令嬢デイジーを包み込む。
誰もが眩しく目を覆った、数瞬後。
そこに居た筈の令嬢は跡形もなく消えていた。
「……な、ま、まさか、消し……殺し?」
「ええ。この世からデイジーは消し去りましたわ、殿下」
「な、なん、妹、なのに?」
「妹とは姉の力を奪い、貶めようとしますかしら? 私からは手を出さないとでも?」
「…………」
ガクガクと膝が震える。
尚も神々しい雰囲気のままの聖女パラムだが、その存在感は圧倒的だった。
「──ふふ。なんちゃって」
「えっ」
「転移させただけですわよ。デイジーは伯爵家に帰しましたわ。
ただ、内面の浄化を試してみました。
もしかしたら、次に会うデイジーは、姉を貶めようだなんて考えない彼女になっているかもしれませんわね。
……その意味では、やはりデイジーはここで消し去ってしまったのかも?」
そう首を傾げながら、背中にあった翼を聖女パラムは霧散させ、フワリと床に降り立った。
「ところで、陛下。婚約破棄は受け入れてくださいますわよね? 再三の彼らの私に対する仕打ちはご報告の通りですわ」
「う……む。そう、だな。まったく惜しい、が……コレに貴方の相手は務まらない、だろう」
国王でさえ、今のパラムには強く出られない気配がある。
まさに神そのものと相対しているような気分になるのだ。
そこには、ただの魔力の多いだけの令嬢など居なかった。
「彼、王族としてどうなんでしょう? ああ、お名前、いつも覚えられなくて。
第二王子殿下。王族に籍を置いたままにしますの?」
「……い、いや。聖女パラム……様を、貶めようとし、その力を奪おうと画策してきた、のだ。
第二王子は……は、廃嫡! 王族から籍を抹消し、平民に落とす……!」
「そ、そんな! 父上!?」
「まぁ! では不敬罪などには、もうなりませんわね?」
「えっ」
次の瞬間。
聖女パラムの身に着けていた『魔力封じの首飾り』と『霊力封じの腕輪』『呪力封じの髪飾り』が砕け散った。
「流石にドレスは着たままで失礼しますわ。名前も覚えられない平民の殿下」
「な、な、なっ!」
ずっと余裕そうに微笑んでいた聖女パラムだが、ちょっと、実は、王子達の仕掛けてくる事を鬱陶しく思っていたのだ。
「1発で済ませて差し上げますわね!」
「な、貴様っ!」
「ハッ!」
──バキィッ!
「ふごっ!?」
纏っていた光をすべて霧散させた聖女パラムは……元第二王子を、その華奢な拳でぶん殴った。
「ぎゃっ」
少しだけ吹っ飛び、床に倒れる第二王子。
「ぐっ、痛い……今の、力は……」
「──腕力ですわ、殿下!
私、実は魔力などの力抜きでも運動神経が良いんです。
魔獣と素手で戦ってみた事もありますのよ?
お転婆で失礼しました。ふふ」
平民となった元第二王子をぶん殴った聖女パラムだが、もちろん王からのお咎めなどなかった。
その後、婚約者の居なくなった聖女に沢山の者達から愛を捧げられたが、聖女パラムが誰を選んだのかは……歴史には残されていない。
聖女の力を封印するだなんて、なんて卑劣な連中なんだ!!
……系の物語あるあるネタ。