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王様の耳はロバの耳

桜がちらほら咲き始めた。


山の生き物は一気に活気づく。

聖も(用も無いのに)外に出て

吊り橋の真ん中に突っ立って

暖かく明るい午後の日差しを

春の到来を、全身で感じていた。


すると

山田鈴子からの着信。


マユに言われたとおり、

(雛飾り新旧の)写真を添えたメールを送った。

その後、鈴子からの連絡は無かった。


二度と行くことの無い「喰刀庵」。

女将も雛人形も、奇妙な体験の一つとして

聖の記憶から生々しさは消えかかっていた。


「にいちゃん、急で悪い。ほんまにゴメン。白木はんが話がある、いうたはんねん」

「……へっ?」

 俺に?

 なんで?

 聞きかけて「喰刀庵」がらみと思い当たった。

 

まさか自分が白木に呼び出されるなんて

 この展開は想定外。

 浅はかだった。

 鈴子にとって、あれは白木に見せるべき画像だったのだ。

 

「北新地(大阪の繁華街)まで来て。沢田さんがそっちに向かっているから。30分後に県道に出といて」

 えっ? ……ベンツで連れて行かれるの?


「あ、俺、自分の車で行きますけど……」

「飲み屋で会うんやで。車は置いてきて。野暮なこと、いいなや。ほほ」

 意味不明な笑いで電話は切られた。


 聖は大急ぎでシャワーを浴び、スーツに着替え県道まで走り……

 午後3時には

 北新地の「倶楽部しらき」で

 白木の前に居た。

 面識のある店のママ(インコの剥製を請け負った)が

 銀のグラスに瓶ビールを注いでくれる。小柄で丸顔。素朴な雰囲気の年齢不詳の人。

 レーズンバターやサラミやらが載った小皿も

(どうぞ)と置いて行った。


 ボックス席の向かいに白木と鈴子が並んで座っている。

 黒大理石のテーブルは大きい。


 カウンター席に、男の背中2つ見えている。


 パンチパーマとスキンヘッドだ。

 おそらく知ってる奴だと、思う。

 他に客はいない。

 時間からして開店前の貸し切りであろう。


鈴子は明るい紫色のパンツスーツだった。

ピアスとリングは見覚えのある大粒のトパーズ。

白木は……とても軽装。

真っ白なトレーナーに黒パン。

爽やかなイケオジにしか見えない。

堅気で無い徴は腕時計か。

文字盤とベルト全体に小さなダイヤがいっぱい。

おそろしく高価そう。


「にいさん、しょーもない野暮用やねん」

 白木が申し訳なさそうに言った。

「わしの話をそこで聞いてくれたらいいんや。ただ聞いてくれたら、な」

 恥ずかしそうに頭をかいてる。

 

「あ、はい」

 何だか知らないが、さっさと済ませて欲しい。

 

「あんたには感謝してる。わしは、『あのこと』を結局忘れてなかった。忘れられんかった。……墓場まで持っていくしか無いと諦めていたんや」

「……はい(話が全く見えないけど)」


「あ、あれや、あれ『王様の耳はロバの耳』。言いたいのに言ってはいけない秘密や」


「秘密、ですか?」

この人は「喰刀庵」のお嬢様と駆け落ちした。

秘密とは、お嬢様の、その後か?


「あれから40年にもなるんやな。ワシは『喰刀庵』で板前修業していた。あれは忘れもせん、奥さんが亡くなって間もない時分や。夜中に親方に呼ばれた。ほんでな、お嬢様の部屋へ行った。ほんならな、お嬢様が首吊ってた」

「え……ええつ」

 想像外。つい大きな声が出た。


「親方はこう言うた」

 

お前に頼みが3つある。

 一つは、娘を一緒に調理場まで運んでほしい。

 二つは、娘はお前と駆け落ちしたと、して欲しい。

 三つは、今夜のコトは無かった事として欲しい。


 ただでは頼まん。金庫に在る200万持って行き。

 夜が明ける前に、出ていきや。


「ワシは、あの店が好きやった。出て行きたくなかった。しやけど親方が怖い顔してたんで、片手に出刃包丁握ってたんで、……逆らう度胸は無かった」

 

 お嬢様は風貌が醜くなっていき

引きこもっていた。

 村の者は

 (ケモノを)殺生して金儲けした因果やと、噂した。

 

 喰刀庵の娘は不細工な化け物。

仲居も化け物になったと

雛人形までも不細工らしい 


 心ない話は増殖し拡散した。

 隣村から、その隣村へと。

(化け物の)顔を見に来る輩も出てきた。

 

「親方は、お嬢さんが不憫やったんかな。世間体もあったんかな。何はともあれ、首つり自殺は無かった事にしようと……わしを使ったんや」

 化け物と呼ばれた娘……結末は、自死。

 受け入れがたい、耐えがたい終焉。

 父親は不憫な娘の、物語の結末を、偽装したのか?

 若い板前と駆け落ち、……本当にそうなら、自死より、どれだけいいだろう、と。

 

「親方との約束をたがえて、喋る気になったんは、アンタに写真を見せて貰ったからや」

 二枚の写真を見比べて

 雛人形の変貌を知り、驚き、捨てておかない、自分が始末しようと決めた、と言う。


「社長(鈴子)に言われるまでもなく、この雛人形こそが、化け物やんかと」

 白木は京都の老舗人形屋で300万越えの雛飾りを買い、

 喰刀庵に送ったという。

 古い雛人形は人形供養寺で焼かれた。

 雛人形の入れ替えは、鈴子が間に入った。


「口止め料の200万は、人形代でチャラにした。もう約束は無効や」

 白木は嬉しそうだ。


「まあ、飲みいや」

 水色のカクテルが運ばれる。

 甘くて、ウオッカ並みに強い酒。 


「お嬢さんの身体はまだ柔らかくて石鹸の香りがした。わしは駆け落ち話がホンマでも良かったのにと思ったんやで。……あとにも先にも、あれほど上品で優しい女は知らんな。見た目は個性的やが、ええ女やったんや。……タマさんは」

 白木は

 タマさん、と繰り返し呟き、席を立った。

 喋りたいことをただ喋り

 舎弟2人従えて去って行った。


「あの、」

俺も立ち去るべき?

白木を見送る鈴子に聞いた。


「そうやな。悪かったな、にいちゃん、また借りが出来たな」


白木の告白で、大きな謎(お嬢様の行く末)の答え(自死)は出た。

聖は、これで<喰刀庵の恐怖>を手放せるはずなのに、まだ続きがあるのではと、漠然と感じていた。

まだ怖かった。

白木の話が怖かった。


謎のカクテルのアルコールが急速に回って

思考は停止。

頭がボンヤリしてきて

沢田に起こされるまで

ベンツの後部座席で眠り込んでいた。



目覚めと同時に

ヤバイい話を聞いてしまったと、感じた。

なにがヤバイか、考えられない。

今は無理。

今は早く家に帰りたい。


聖は県道からの山道を駆け下りた。

早くシロに会いたかった。

(やっぱ白木はおっかない)

とシロに言いたかった。


木立の間から、やっと我が家が見えた。


吊り橋の上に、シロがいた。

それと、

夕焼けを背に、仁王立ちしてる……結月薫も視界に入ってきた。


「なんでカオルが?」

「俺に内緒で、どこ行ってったん?」

 薫はシロと一緒になって聖の臭いを嗅ぐ。


「昼間っから……どこで、お酒飲んでた?」

「いや、ちょっと、ええと」

 白木と会ったと刑事に言っていいのか?

 黙ってた方がよくない?


「野暮用、なんでもない」

「そうかなあ。俺の目をごまかせるとでも?」

 薫の太い腕が脇の下に、すっと入って来た。

 1秒後に、聖の身体は横倒しに。

 なんらかの技をかけられたらしい。


「マジか?」

 力尽くで、吐かせる気だ。


「分かった。話すから……中でちゃんと、だから、(首を締め上げてる手を、放して)」

「うん。いい子や」


薫は例のごとく、

休みなので、オートバイで遊びに来た。

途中でベンツを追い越したのだと言う。

沢田とスーツ姿の聖を目撃し、喰刀庵の件で動きがあったと推理したのだ。


聖は白木の告白を、洗いざらい話した。


「ふんふん」

と、

薫はビールを飲みながら黙って聞いた。

聖は、刑事が何と言うか、身構えた。


40年前の事ではあるが

自殺を隠蔽し、遺体を内密に埋葬したのだ。

罪に問われる事案では無いのか?


薫は、話し終えた聖に、こう言った。


「セイ、白木の話は少々省かれているな。

お嬢様の遺体を調理場に運んだ、というが、

その後、山の中の一族の墓地に埋めたんや。……そう、しとこ」


他に何も言わなかった。

聞かなかった。




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