マユのアドバイス
「これが水酸化ナトリウムなの?……苛性ソーダのコトよね」
マユは信じられない、と言った。
「そうだよ。米粒に見えるだろ?」
「ええ。白くて綺麗……触ると危険なの?」
「すぐに水で洗い流せば大丈夫。でも付着したままでいると、」
アルカリは酸より厄介。
タンパク質に浸透して破壊していく。
「硫酸より怖いかも。じわじわ浸透するからね」
「皮膚の奧に入っていくの?」
「そう。……女将さんの顔の傷、コレを触った手で、目を擦ったせいかもしれない」
「火傷みたいになるのね」
「ガラスも溶かすよ。官女(人形)の目はガラス製。女将さんが触れて、付いたかも。あの人が雛人形係だったとしたら、放置状態で液状化した後も触れているだろうし、他の者に被害が出なかった説明も付く」
「女将さんは危険な物に触れた自覚がない。痛みを感じても、洗い流そうとは思わないわね。……こんな物誰が置いたのかしら」
今となっては分かりようがない。
が、聖は、入手ルートは(女将の)弟の可能性が高いと推理する。
「どの人?」
マユはパソコンに取り込んだ大きな画像を見る。
「該当する人物は写ってないね。でも高専出と聞いたから。手に入れられるとね。こっそり学校から盗んだとか」
「弟さんの目的は……悪戯?」
「そうかも。触ったらチクチクして驚くぐらいの認識で」
「大事になってしまって、自分がやったと言えなかったのかな」
「放置すれば液状になり高温の環境では気化し、物自体が消える。誰も米粒が消えた事を問題にしないか」
「薫さんには話していないのね?」
「話しても困らせるだけかなと。事件性がありそうでも、どうしようも無いでしょ。40年も前だから」
「水酸化ナトリウムと、お嬢様の駆け落ちは、無関係かしら?」
「気になるよね。……白木さんなら知ってるかも」
「セイが直接聞けないの?」
「おっかないよ」
「山田社長に聞いて欲しいわよね……あらっ?……お嬢様、両親に全然似ていないわね。あ、もしかしたら……この顔、……病気かもしれない」
「?」
「今思い出したの。子供の頃、病院で親しくなった人がね、成長ホルモンが過剰になる病気だったわ」
鼻や顎の骨が大きい特徴が似ていると。
「顔が変わる病気なんだ……キツいな」
病で面変わりし
店の従業員に陰で笑われていたのか。
「可愛いと、ちやほやされる若い仲居(女将)が疎ましかったかもしれないわね」
「勝手な想像だけど、弟は悪戯で水酸化ナトリウムを盛ったのでは無く、姉の指示でやった可能性もあるか。やっぱ女将さんは雛人形係だったんだよ。で、三宝の上に出現した米粒を見逃すはずは無かった。なんだろうと触った」
「そうだとしても結果の惨さは想定外じゃないの?」
「最悪の被害だよな。女将さんは、お雛様の祟りと信じているんだ。加害者が存在するのに」
「祟りじゃないとしても、お雛様、怒ってるわね」
「うん。怖い顔しているだろ」
「セイ、変だと思わないの?……こんな怖い顔のお雛様、有り得ないでしょ?」
「有り得ないって、現にあるじゃん」
「まあ、気付いてないのね。
……40年前の写真を見てよ。
……お雛様の顔をよく見て」
言われて、古い写真の方を拡大する。
お雛様は眉が太めで男っぽい顔ではあるが……全然、怖くない顔。
「えっ?……なんで?」
明らかにお雛様の顔が変わっている。
可愛らしい官女の顔が潰れているのは、水酸化ナトリウムが浸食したと説明が付くが
これは、全く原因が分からない。
「うわ、怖いよ、コレ」
聖は、見ていられなくて画面を閉じた。
科学で説明が付かない。
正真正銘の怪奇現象じゃないか。
「形相が変わるほど怒っている。怒りの対象はなんであれ、この顔で雛人形の主役は勤まらないわね」
「まあ、そうか……お雛様が『大魔神』じゃホラーだよな」
「『大魔神』? なにそれ?」
「昔の映画。『大魔神』の優しい顔が、人間の醜い行いに怒って怖い顔に変わるの。
……女将さんは、現在のお雛様の顔は知らないんだ。
けど祟りと言うくらいだから、何やら負のオーラは感じているのかな」
「ねえ、おそらく(喰刀庵の)他の人たちは不気味に思ってるわよ。……こんな人形、さっさと処分すべきよ」
処分、とマユはあっさり言った。
この世のものではない、霊界のマユだけど
只の人形では無い、霊的な力を持つ人形にはクールな見解なのか。
「飾ってちゃ、いけないの?」
「そうよ。本来の役目を放棄してるじゃないの。大切に祭り上げていたら、ますます、つけあがるわよ」
「……つけあがるんだ」
「豪華な着物を身につけていても、所詮人間に作られたヒトガタ。中身は空っぽでしょ。それが、つけあがって意志表示してるのよ」
「空っぽに、人間の怨念が取り憑いたりしないの?……噂通り、お雛様は、お嬢様のアバターだったり、しない?」
男顔のお嬢様と
同じく官女より可愛くない、お雛様。
ホントに分身とか?
お嬢様の消息は不明。
分身の人形の怒る形相は
お嬢様の心が乗り移っているのでは?
「怨念が人形に宿ったと?
……セイは、お嬢様の死霊が人形に取り憑いていると、言いたいみたいね」
「そう、かも」
若い板前(白木)と駆け落ちしたが
添い遂げてはいない。
喰刀庵を出てからの消息は不明。
白木に、<人殺しの徴>はないが
お嬢様が後に幸せだったと想像出来ない。
駆け落ちしたものの、金だけ盗られ、捨てられ惨めな行く末だったのでは?
「セイの推理通りだったとしても、気味の悪い人形は即刻処分するべきよ。
写真を山田社長に送れば良いわ。
雛飾りの頃に喰刀庵に行ってなければ、『怪現象』を知らないんでしょ。
社長は見れば分かるでしょう。こんな人形、焼いてしまうべきだと」
マユはいつになく断言した。