そこに居た男
「セイ、写真送るで」
薫が隣で呟く。
「へっ?」
「大きな声だしなや」
薫は尻を動かし、ぴったり隣にくっつく。
広いベンツの座席なのに、
とたんに暑苦しくなった。
「はよライン、みいや」
今度は耳元で囁いた。
運転席の沢田に聞かれたくないのか?
薫は数枚の画像を送っていた。
ひな壇と
玄関にあった<昔の写真>を撮ったもの。
「いつ、撮ったの?……シャッター音聞いてないけど」
「無音シャッターアプリやで」
「そんなの、あるんだ」
「素人とちゃうからな……なあ、写真1人ずつ顔を見て」
「うん」
お嬢様は、確かに男顔。鼻が大きく長く顎が長い。
手も大きい。指が太くて男性っぽい手。
女将は小顔でアイドル系の、可愛い顔。
1人だけ子供が居る。10才位。
これが鈴子か?
黒いベルベットのワンピース。
襟と袖は白いレース。
いかにも金持ちのお嬢様風。
涼しい顔できちんと正座している。
切れ長の目と引き締まった口元に
面影がある。
「社長、美少女だったんだ」
「しやな。現在の姿と合致する特徴はあるな。よく見たら同一人物やと分かる。
ほんでな、もう1人セイの知ってる人物が写ってる、と思う」
「そうなの?」
「うん。よおーく見て」
「へえーっ。誰だろ?」
全く見当が付かない。
だからこそ、ゲームみたいで面白い。
1人ずつ、顔をアップして丁寧に見ていく。
前にずらっと座っている女達。
奥様は見たこと無い人。
仲居達のなかにも知っている顔は無い。
男達はひな壇の両側に立っている。
羽織袴の眉の太い男が、店の主であろう。
これも見覚えの無い顔。
男は他に5人。
服装で板前が3人、運転手が1人、庭師っぽいのが1人、とわかる。
板前の中で1人だけ若い。
この男が、お嬢様の駆け落ち相手に違いない。
イケメンで小柄な男……あれっ?
どっかで……。
女性的な綺麗な顔に、鷹のように鋭い三白眼。
えーと、この顔は……。
「そうや、その色男や。なあ、白木とちゃうか?」
「シラキ?……、あ、ああーっ」
大きな声を出して、
その口を大きな薫の手で塞がれた。
「セイ、やっぱり白木か?」
「うん。そうだと、思う」
どっかの暴力団の若頭だ。
山田鈴子との出会いを思い返す。
鈴子が白木の猫を剥製にして欲しいと持って来た。
そして山田不動産の応接室で白木と会った。
ほんの数分の接触。
だが、あの顔はしっかり記憶に刻まれている。
白木だとすると当時18才で今は60前。
これは驚き。50前と思っていた。
「若頭は、異様に若く見えると把握してる。俺は一度見た顔は忘れへんけど、白木にあった事は無いねん。写真でしかしらん。ほんでな、ピンときたんやけど自信がなかった」
「……白木さんは喰刀庵の板前で、お嬢様と駆け落ちしたのか」
「店の金を盗んでな」
「それから?……お嬢様と結婚したのかな?」
「それはない。白木の嫁は、よお知ってるねん。別人や」
「……そっか。駆け落ちしたけど、色々あって別れたのか」
「セイ、後々ヤクザになった男やで。お嬢様、騙されたんちゃうか?」
「お金目的?……お嬢様は捨てられたとか、」
「捨てられたら、泣き泣き実家に戻ってくるんちゃうか。しかし出ていったきりや。なにやら犯罪の臭いがするんやけど」
「あ、それか」
聖は、薫の推理が見えてきた。
お嬢様は白木に殺されたと、考えたのだ。
「カオル、白木さんは人殺しでは無かったよ。少なくとも俺が会った時点ではね」
ヤクザと聞いて、おそるおそる白木の手を……。
<人殺しの徴>を見てしまうと覚悟して……。
結果、無かった。
人は殺していないと安堵したのをはっきり憶えている。
「なんや、そうか」
「残念そうだね」
「事件性はないんか……そんでも、駆け落ち後が気になるなあ。急がんけど山田社長に会ったとき聞いといて。古い写真に一緒に映ってるんや。実はかなり親しいんかも」
「わかった……」
聖は、
古い写真のひな壇を拡大して見ている。
三人官女の真ん中が掲げている三宝に、米粒のような白いのが載っている。
白い粒は溢れ、まわりに、こぼれ落ちている。
今日見た雛飾りに、こんな物はなかった。
(昔は洗米を供えていたのかな)
米にしては丸っこい……なんだろ?
最大まで拡大し、米では無いと解った。
(げっ、まさか、アレか?)
驚きを声には出せない。
薫に、今は知らせない方が良いと判断した。
鈴子に話を聞いた後で良いと。
小さい三宝に載ってるのは
水酸化ナトリウムの粒に似ていた。
事件性が有りすぎて、未確定の状況で
迂闊に刑事に喋れない。




