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お雛様

女将は、

客が<顔>に驚き、眺め終える間を拵えたように、

非常にゆっくりと立ち上がった。


「お履物を脱いで頂いて、ぞうぞ、こちらへ」

背中を向け、奧へ続く廊下を先に行く。

時折、右手の指先が壁に触れる。

……目が見えないのだ。


廊下の突き当たりを左に曲がり、

鹿の水墨画が描かれた障子を開けた。


「うわ、これはまた、素晴らしい」


薫は、さっきの失礼(顔に驚き妙な声を出した)をフォローするように


「女将さん、僕たちにはもったいない、ですやん。ほんまに感激です」

 思いっきり下手に出てる。


 薫の賞賛は大げさでも無かった。

 部屋の向こうは庭。

一面がガラス張りで眺められる構造。

 小さな池と桃の木

 ピンクの花が三分咲きでかわいらしい。

 小鳥が枝を渡っている。

 

 座敷には豪華な雛壇。

 

 春を絵に描いたような眺めは美しい。


 広い座卓の上には料理が並んでいた。

 真ん中に土鍋。電気コンロで温めるらしい。


部屋にはもう一つテーブルが有り、

そこに酒類がスタンバイ。

瓶ビール、日本酒。(熱燗にする電気器具も)

ワイン、ウイスキー、ブランデーに氷も。


「どうぞ、お好きなようになさって下さい。

お食事がお済みになったら柱にあるブザー、押して下さいや。

デザートとコーヒーを持って参ります。他にもご用があれば呼んで下さい」

 女将は丁重にお辞儀をして出て言った。


「なるほどなあ……そういうことか……なるほどなあ」

 薫は興奮している。


「そういうこと、って、どゆこと?」

 聖は、まだこの場に馴染めない。

 顔にケロイドのある盲目の女将、

 豪華だけど、謎めいた、この座敷にも。


「まず、ネクタイ外そうか。いらんかったし。ほんでビールや」

 薫はビール瓶を握って座椅子に、分厚い座布団に、座る。


「女将さんは部屋へ通すだけ。あとはセルフサービスのシステムなのかな?」

 聖は、仲居さんが酌をしてくれるようなイメージを持っていた。


「セイ、ここは秘密の料亭やな。ネット検索しても出てこない」

 薫は携帯電話を触っている。


「宣伝、してないの?」

「そうやで。おそらく会員制やろな。ほんで客の秘密を完全に守るシステムなんやで」


「プライバシーを守るって意味?」

「そうや。見ざる聞かざる、や」

「言わざる、は入れないの?」

「言わざる、は口約束でしかない。お客様のことは一切他言しません、と誓う。けど従業員の口に、鉄の蓋は出来ない」

「確かに。携帯でいつでもどこでも写真撮れるし」


「女将は目が見えない。よって客は顔バレの心配が無い。

 客は通された部屋で、用意された料理と酒を楽しむ。呼ばなければ誰も来ない。

 帰る時も、あの女将が1人で見送ると思う。

 それに……貸し切りかも。他に客がおる気配が無かった」

 

 誰にも見られない。

 会話を聞かれる心配も無い。

 従業員から漏れる情報は無いと安心できる。

 

 密会、密談に重宝な料亭か?


「まあ、食べようや。ゴージャスやんか。料理は……肉づくしか?」

 どれどれと、

 2人、手書きの<本日のメニュー>を手に取る。


 かもロースト

 猪肉のハンバーグ

 鹿のユッケ

 熊鍋……。


「カオル、ここって、もしかして……」

「うん。密かに流行ってるという、アレかも」

「完全にそうだよ。ジビエ料理(狩猟した野生動物の料理)だよ」

 聖は目を輝かせている。

 薫は(思っていたのと違う)と、ややテンションが落ちる。


 料亭といえば

 刺身に天ぷら

 伊勢エビが丸ごと……、じゃないの?


「あれ? カオルは苦手だった?」

「苦手かどうかわからん。喰ったことないもん。猪も熊も」


「そっか。元々は都会の人だもんな」

 楠本酒屋が食堂もやっていた頃の、<ぼたん鍋>も食べていないのだ。


「あ、美味い。上手に臭いを取っている。この酢味噌ダレ、ピーナッツ入ってるのかな」

 聖がカモローストを食べると


「カモやな、それ。カモは一般的やな」

 薫も箸を付け、

「うわ、なにこの食感。このタレは極上や。一流の料理人がいたはる、いう証拠や」

 と満足そう。

 そして、

 猪も鹿も

 (美味い、こんな美味いモンがこの世にあったんか)

 いちいち感動して、テンションは上がっていく。

 日本酒は、奈良県では有名な酒蔵の特級酒で、ご満悦

 

 最後の熊鍋に至っては

 気に入りすぎて

「セイ、山には熊はおらんの?」

 と聞いてきた。


「残念。熊は出ないよ(嘘だけど)」

 熊をゲットして喰う気になってるのが、ヤバイ。


「そうか。熊はおらんのか。あ、でも猪はおるやんな」

「猪はね。けどさ、野生動物を食べるのって簡単じゃ無いよ。すぐに血抜きしないと食べられない。素人では難しいよ」

 

「ハードル高いんか。セイは剥製作るとき、いらん肉は食べてるのかしらと、ちらっと思ったけど」

 もしそうなら自分も食べたいという、目つき。

 犬猫のペットが大半なんだけど……。


「食べないよ。絶対、食べてないからね」

「わかった。ムキになりなや。ちょっと聞いてみただけ」

 

 しょーもないお喋りに笑い合い、

 食べ尽くし

 酒も一通り飲んで

 聖と薫は、大の字に寝て、しばし酔い覚まし。


「セイ……今何時?」

「2時10分」

「沢田さんは3時にお迎えやったな?」

「そう。あと50分あるよ」


「そうか。50分、そろそろデザート頼むで」

 薫は柱のブザーを押し、

 立ち上がったついでに庭を眺める。


「セイ、メジロが、きてるよ。可愛いな……あれは喰えそうや」

 アホな事を言い、

 ひな壇の前に移動。


「セイ、立派なお雛様やなあ」

「そだね。メチャクチャ古いモノでもないか。昭和バブル期の大量生産モノではないね。(下段の)木製の家具、陶器のカシラ……あ、」

 聖は飛び起きた。


「カオル、三人官女見て。目が潰れている」

 三人官女の真ん中、三宝を両手で掲げている官女の

 両目辺りから茶色い染みがあり

 目が潰れているように見える。


「うん。それは第一に目立つな。人形が一体傷んでいても、省く分けにはいかんのかな。修理は難しいんやろか。……俺はむしろ、傷んだ三人官女より、主役のお雛様の不細工なんが気になる」

「不細工なの?」

 聖は、最上段のお雛様を確認。


「ほんとだ……不細工というか、怖い顔だね」

「うん。御雛さん、怒ってはるよな。目はつり上がり口はゆがみ、えらい、怒ってる顔やで」


「デザート、お持ちしました」

 女将の声。

 静かに襖が開き

 盆を掲げた女将が登場。

 デザートはイチゴたっぷりのショートケーキ。

 ごく普通。


「悪口は聞こえんところで、言うて下さいや。

 お雛様が、気い悪くして、お客様に祟りがあってもいけません」


 女将は笑みを浮かべ、

 聞き捨てならない怖いコトを

 ……さらりと言った。


 


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