喰刀庵
神流 聖:30才。178センチ。やせ形。端正な顔立ち。横に長い大きな目は滅多に全開しない。大抵、ちょっとボンヤリした表情。<人殺しの手>を見るのが怖いので、人混みに出るのを嫌う。人が写るテレビや映画も避けている。ゲーム、アニメ好き。
山本マユ(享年24歳):神流剥製工房を訪ねてくる綺麗な幽霊。生まれつき心臓に重い障害があった。聖を訪ねてくる途中、山で発作を起こして亡くなった。推理好き。事件が起こると現れ謎解きを手伝う。
シロ(紀州犬):聖が物心付いた頃から側に居た飼い犬。2代目か3代目か、生身の犬では無いのか、不明。
結月薫:聖の幼なじみ。刑事。角張った輪郭に、イカツイ身体。
山田鈴子(ヤマダ スズコ50才前後):不動産会社の社長。顔もスタイルも良いが、派手な服と、喋り方は<大阪のおばちゃん> 人の死を予知できる。
3月3日
午前8時、山田鈴子が電話を架けてきた。
こんな早い時間に何?
悪い知らせ?
……怖い話?
神流聖は、一本松姉妹事件(23話)のショックで
少々臆病になっている。
「社長何かありました?」
「にいちゃん、急な話やけど、予約したランチに行けなくなってんや、そんでな、」
大切な客の接待に、昔なじみの料亭を予約したが、
客が昨夜、別の店を指定してきたという。
それで、替わりに
結月薫と2人でランチしてきてと。
料亭は奈良県吉野、
近いし、と。
全然、悪い話じゃ無かった。
「11時に、酒屋の駐車場まで沢田さんが迎えに行くから。刑事はん、OKや言うてた。シロちゃんのランチ桜木さんに頼んどくからな」
「嬉しいなあ。嬉しいなあ」
結月薫は、唄うように呟いている。
「まだかなあ。沢田さん、まだかなあ。遅いやんか」
「カオル、まだ約束の時間には10分あるよ」
約束の場所に、早く着きすぎた聖より
もっと早くから待っていた様子。
「そんなに嬉しいんだ」
「ああ、そうやで。超美味しいもん食べて、記憶から、あのグロ映像、消したい」
「まあ……そうだね」
薫は、一本松姉妹が聖に預けた携帯電話の、殺人動画を見たのだった。
「セイも犯人にされそうになって嫌な思いしたやん。この思いがけない幸運は頑張った僕たちへの神様のご褒美に違いないで」
時間きっちりに、ベンツ到着。
沢田は車を降り、後部ドアを開けた。
「お待たせしたみたいですね」
渋いいい声。
何度も姿は見ているが、声を聞くのは初めてかも。
黒髪をきっちり七三に分け、黒縁の眼鏡。
背が高く涼しい顔立ちで、一見40才くらいに見える。
でも年齢不詳な雰囲気。実年齢は知らない。
沢田は、聖と薫が、いつになくスーツにネクタイ、なのを
意外そうに眺めた。
言葉には出さなかったが、刑事は沢田の視線を察知した。
「山田社長の馴染みといえば高級料亭に違いない。それなりに、してきましてん。セイは汚い白衣で来よるかと心配してたけど、そこは大人の対応できて、安心した」
嬉しい気分のままにペラペラ解説。
「俺だって、それくらいは分かってるよ。場違いな服装で行けば、社長に恥かかすって、それくらいは、ね」
聖も、ベンツの後部座席が居心地良くて
テンションが上がってきた。
沢田が連れて行ってくれる、まだ見ぬ料亭に期待値は最大。
鈴子が上客の接待する店。
ゴージャスに決まっている。
わくわくして、にやけてしまう。
ルームミラーに映る沢田は笑いを堪えている感じ。
セイたちが無邪気に喜んでいる様子が、そんなに可笑しいのか?
車は山を出て、一旦奈良県南部の町へ入り、
別の山へと。
40分程で目的地に到着。
4月には、(千本桜目当ての)観光客で賑わう辺りから
少々逸れた山の奥。
それらしい純和風建築の、立派な建物であった。
「3時に迎えに来ております。どうぞ、ごゆっくり」
沢田は駐車場でセイと薫を降ろし、去った。
「セイ、変わった屋号やな。なんて読むんやろな」
薫は玄関の看板を指差す。
年代物の木製看板には
<喰刀庵>
の文字。
玄関の引き戸は開いており
朱色の暖簾が下がっている。
めくって内へ入る。
「お待ち申しておりました」
掠れた声。
和服の女が1人
正座して頭を下げていた。
結い上げた髪は真っ白。
薄紫の着物に黒の帯。
着物には黒で
帯には紫で
刺繍が入っている。
梅の花を模った文様のようだ。
このひとは女将に違いない。
仰々しいお出迎えは
客が不動産会社の経営者と思い込んでのことかも。
女将は顔を上げ、若い男2人だと見れば驚くかも知れない。
聖は
女将がなかなか面を上げないので
「あの、山田社長が急に来れなくなりまして、自分たちは……」
先に説明しようとした。
すると女将は、お辞儀のままの態勢で
「承知しております。お二人、お若い殿方がいらっしゃったと」
言っておもむろに顔を上げた。
聖は、その顔を見た瞬間、自分の口を押さえた。
きゃっ、と声を出してはならぬと。
驚きを表現するのは失礼だと。
薫は、制御出来なかったのか
「うへ、」
と、奇妙な声を出した。
女将の顔には、広範囲に及ぶケロイドがあった。
目元が一番酷く
瞼も目玉も無いように見えた。