step9 遠足は嵐を呼ぶ運命
もう、最悪。
見渡す限りの草原に、いささか不釣合いな表情でわたしはため息をついた。
隠したとはいえ、あの最低男の横で泣いちゃうなんて。
立花早桜、一生の不覚!
女子軍団は、バス以降特に話しかけてくるでもなく、時たまこちらを睨んでくる程度だった。
だからといって、沈んだ気持ちが原っぱを見たくらいで
「ひゃっほぉぉう!!!」
・・・夏己みたいに回復するわけも無く、わたしはただただ小学生のように草の上を転げ回る彼を見ていた。
バス酔いにうなされていた夏己だったが、バスを降りた途端嘘のようにはしゃぎだした。
あーあ、あんなにごろごろ回っちゃって。
また気分悪くなったって、知らないんだからね。
「早桜、どしたのさ。なんかブルー入ってない?」
「別にぃ~」
「ほら、これ食べて元気だしなよ」
恵ちゃん・・・。
そんな真面目な顔で『北海道限定毛ガニ味ポッキー』を差し出さないで・・・。
しつこく・・・いや粘り強くポッキーを進めてくる恵ちゃんからやんわりと離れたわたしは、リュックサックを地面に降ろした。
このリュックサックは、小学生の頃に作ったクマさん模様のナップサックを未だに使い続けていたわたしを見て、恵ちゃんと夏己が誕生日に連盟でプレゼントしてくれた物だ。
ベージュの生地に、品よくレースと花模様の刺繍された趣味の良いこのリュックサックは、恵ちゃんのチョイス。
・・・と言いたい所なのだが、残念ながらポッキーの件でお分かりの通り、彼女には万人とは違った感性が備わっているようなので、わたしの十年来の幼馴染である夏己が選んでくれたようだ。
妙にわたしの趣味にあっている所が少し不気味だが、それは黙っておいた。
ちなみに恵ちゃんは誕生日に現物を見て
「え~?夏己君趣味悪ぅい」
と言い放った。
百万ボルトの電撃を浴びたかのようにショックを受け倒れた夏己はさておき、わたしは尋ねてみた。
「恵ちゃんだったら、どんなのにしたの?」
と。
彼女の答えは単純明快だった。
「唐草模様」
・・・おっとな~。
ていうか、おばあさん?
まあ、そんな過去話は置いておきましょう。
夏己と恵ちゃんの話は、語ろうと思えば一晩でも語れるのですがね。
「あれ、早桜は神楽みたいに走り回らないの?」
唐突にわたしの視界に入り込んできた憎き悪魔、綾
露骨に顔をしかめたわたしもなんのそので、綾は隣に座ってきた。
おい!
「近寄らないでよ」
「・・・まだ怒ってんの?」
ぶすっと言ったわたしに、綾は余裕の物腰で聞いてきた。
その声色がむかつくんだって!
「なわけないでしょ!ていうか、最初っから怒ってなんてないもん!」
「ふーん」
・・・うん。
今のはわたしが駄目だな。
こんなムキになって叫んだら、幼稚園児でも分かるよね、そりゃ。
「仕方ないだろ?あそこで俺が出ていったって、またあらぬ誤解を受けるだけだろ」
「え?」
「むしろ、俺が狸寝入りしてあんたを見捨てたって思われた方がいいだろ」
なにそれ。
本気でこいつの言ってる意味が分からない。
憮然とした顔で綾を見上げると、彼は飲み込み悪い奴、って表情をした。
「だからさあ。下手に庇ったりすると、やっぱり仲良いんだ!ってなるだろ?」
「はあ・・・」
「逆に無視してれば、ああこの子の事なんとも思ってないんじゃん、ってなるわけ」
「あ、ああ!」
なるほどね!
そう言われてみれば、そうかもしれない!
心の中でわたしが手を叩いていると、唐突に綾が吹き出した。
「な、なに・・・」
「お前って、本当に単純!変わってねぇなあ」
「はあ!?」
単純とはなんだ、単純とは。
失礼な奴!
ぎろりと睨んでやると、綾は目尻に溜まった涙を拭きながら、乱れた呼吸を整えた。
「ちょっと、それどういう意味よ!大体、この前会ったばっかなのに、変わるもなにもないでしょ?」
早口でまくし立てると、綾は少し間を置いて、ゆっくりとまばたきをした。
まるで、焦りを隠すみたいに。
「ああ。そうだな」
短くそう言うと、綾は急に黙り込んでしまった。
・・・わ、わたし何かまずいこと言った?
なんか、地雷踏んじゃった?
「俺、神楽と話してこよっかな」
あわあわと一人慌てるわたしを無視して、綾は立ち上がった。
お尻を二、三度はたいてズボンに付いた草を落とす。
そして、にやりと笑って言った。
「別に地雷なんか踏んでないから、そんな猿みたいに慌てんなって」
猿!?
その単語に反応したわたしに可笑しそうに一瞥をくれると、綾はすたすたと去っていってしまった。
「ちょっと!待ちなさいよ!こら、綾っ!」
わたしがいくら叫んでも、振り返りもしない。
でも、なんか肩が小刻みに震えてるから多分、笑ってるな。
こんちくしょう。
べぇーっだ!
遠ざかっていく背中に思いっきり舌を突き出していると、不意に頭に衝撃を感じた。
ボイーン、と。
また三坂さんの胸かと思ったけど、どうやら違ったみたい。
数秒後に、目の前を赤いボールが横切った。
あれが、当たったみたいね。
「すいませ~ん!取ってくださ~い!」
妙に可愛らしい声が、後ろから聞こえてきた。
条件反射で振り返ると、こちらに向かって走ってくるひとつの影。
亜麻色のキューティクルなロングヘアをなびかせた、紛れもない超美少女に、一瞬思考回路が止まった。
か、可愛い!!!
「あの~ぅ!」
控えめに届いた声に、わたしは我に返る。
あ、そうだった。
ボールボール。
ぽよぽよと弾む赤いボールを、わたしは慌てて追いかけた。
むにゅりとした感触は、なんか何とも言えない物だったけど、これはあの美少女のものだから、わたしの感性は必要ないよね。
「はーい!どうぞー!」
そう叫んで、美少女の方へボールを放ってやる。
あまり腕力のないわたしの投げたボールは、へろへろと弧を描いて、美少女から少し外れた方向に飛んでいった。
ありゃりゃ。
でも、まあキャッチできる距離だよね。
そう一人で納得していると、美少女が急に走り出した!
・・・かと思うと、彼女はその愛らしい顔をボールに突き出した!
え!
えええ!?
思わず、口があんぐりと開いてしまう。
ポウン。
どうにも間抜けな音が小さくして、ボールが地面に転がった。
それと同時に、美少女も地面に倒れる。
こっちは、ズシャアアアツ、とすごく痛そうな摩擦音と共に。
「きゃあああ!!!」
美少女は、倒れると映画とかで出てきそうなか弱い悲鳴を上げた。
な、なにが起きてるの・・・?
彼女の悲鳴がすると、少し離れた所から二人の女子が駆け寄ってきた。
友達かな?
心配そうな顔で、友人達は美少女と言葉を交わす。
って、友人達もすっごい綺麗なんですけど!
一人は、背の高いお姉さま系?
宝塚みたいな美人さん。
もう一人は、いわゆるギャル系かな。
それでも、やっぱり顔立ちが整っている。
しばらく、女優さんたちみたいな女子の共演に、みとれていたわたしだったけど、美少女の泣き声にはっとした。
え、え?
そんなにあのボール痛かったの?
自分で突っ込んでいったよねぇ。
一瞬、呆れのまなざしを向けたわたしを、美少女はきっと睨むと指差した。
「あの子!あの子がボールをぶつけてきたの!」
「・・・はい?」
思わず聞き返してしまった。
「ひどい!なんでそんなことするの?私、なにかあなたにしましたか!?」
「どういうこと?琴にあんたボールを叩きつけたって言うじゃない!」
・・・はい?
じ、状況が掴めない・・・。
「わたし、ボールをパスしただけ・・・」
「痛い!すごく痛かったよぉ!」
「最低ね。なに?いじめのつもり?」
わあわあと泣き喚く美少女。
きつい視線を投げてくる宝塚。
あからさまに睨んでいるギャル。
そして、ぽかんとしているわたし。
その一番人畜無害そうなわたしの肩を、ギャルが強く押した。
勿論、なんの身構えもなしだったから、自分でもびっくりするくらい、わたしはあっけなく尻餅をついた。
「っざけんな!」
言葉を吐き捨てる。
その声と、美少女の泣き声に吊られて、徐々にわたしたちの周りには人が集まってきた。
それを見て、美少女が恥らったように愛らしく立ち上がった。
「・・・行こ。舞、優」
ぽろぽろと、涙を流したまま友人を促す。
「ん。分かった。琴がそれで良いなら」
宝塚が、優しい、だけどよく通る声で言った。
周りの人にも、はっきりと聞こえる音量で。
「まじむかつく」
ギャルも、なんか聞き覚えのあるような無いような事を言って、踵を返す。
三人は、悠々と去っていった。
・・・被害者のふりをして。
そして、残されたわたしは気づく。
周りの人の、わたしを見る視線で。
はめられた。
こんばんわ。
今回は、少し長めのお話になりました。
特に意味があったわけではなく、区切りがつけられなかっただけです。
はい、お約束な悪キャラ登場です!
琴、舞、優。
ちなみに、美少女が琴。
宝塚が優。
ギャルが舞となっております。
遠足に出発して、早桜の不幸度が急上昇してますね。
可哀想です・・・。
琴ちゃんたちは、どうもバスの女子軍団とは違って、手の込んだ嫌がらせを仕組んできそうです。
それでは、今後もよろしくお願いします。
瑞夏