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夏の憂鬱  作者: 碧 里実
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第二話 偲月の盃①

「夏山はやっぱり良いよなぁ」


今年も連休に祖母宅のあった地方へと足を運ぶ。


昨年に引き続き、避暑がてらに田舎の空気を感じたくなり、お墓参りも兼ねての来訪である。


小学生の時は、よく夏休みになれば祖母のいるこの田舎に遊びに来ていたが、中学に入ってからは疎遠になりがちになっていた。


そんな中、祖母は高校生の頃亡くなり、新盆の法要以来ぶりであった。

(ちなみに三回忌は簡素にということで、両親だけ参加した)


なぜ再び訪ねようと思ったのは、昨年の夏に、不思議で奇妙な体験をしたからだ。


現在のところ、これより摩訶不思議な経験は無いことを断っておく。



あれはそう、夜中の出来事だった――――


仕事を終え、自宅アパートに戻って来た。


(たまにはゆっくり湯でも浸かるか…)


そう思い立ち、歩いて近くの銭湯に向かう。


アパートのある住宅地を抜けると、田舎程ではないが、まだ田んぼが見られるとこでもあり、その通り沿いを電車が走っている。


車が移動手段のメインではあるが、飲みに出かけるために隣接の市外地から、この電車に乗って来る人もいる。


昔よりはどうしても少なくはなったが、それでも代行を頼むよりは安く済むし、そんなに深夜まで飲み歩く人はそう多くない。


最終は途中下車になってしまうのを除けば、まだまだ現役として役立ててくれている……といった所だ。


銭湯と言っても昔のとは違い、ちゃんと温泉が湧き出る、源泉掛け流しの風呂になっている。


そこで入る前に、併設の食堂で夕御飯を掻きこみ、流れるバラエティを余所に、スマホで時事ネタを適当に見ながら一休みし、頃合いを見計らってようやく、風呂に浸かった。


久々の温泉に首まで浸かれたことの満足にくわえ、日頃の疲れや汗をかいた体をきれいさっぱり洗い流せたのは、なんとも心地好いものだ。


アパートの風呂にもたまには入るが、この時季はどうしてもシャワーで済ましてしまうのもあるのと、やはり手狭なのが原因して長居する気にはなれない。


独り暮らし用の部屋というわけでは無いが、ここだけに限らず言えると思うのは、風呂や洗面所、台所といった水回りは総じて“せまい”とこだ。


一軒家に個人が住むのと違い、限られた広さに数人が個別の住宅を構えているようなものなのだから、無理もない。


けどもし仮に、家を建てるとしたら水回りは絶対に広さを確保することをお薦めする。


掃除一つするにも水を使うのに、せまいと効率悪い上に、身動きしにくい。


これは男とか女とか関係なく、割かし皆が思うところでは無いかと感じたまでだ。


“水回りがせまいと、他も滞る”


よく祖母が口にこぼしていたなと、ふと思い出す。


昔ながらの農家の家だ。


人の集う居間などは広いのに対し、水を使う場所は台所事情に詳しくなくても、見ていて子ども心にも手狭に感じていた。


そして大人一人が入るのがやっとな風呂も、昔ながらのレトロなタイル張りが所々剥げていたりするのも味はあったが、天井が全体的に黒ずんだのを見上げると、なんとも言えない暗さに身ぶるいしたものだった。


トイレは昔は汲み取り式ではあったが、流石に水洗式になっている。


もしなっていなかったら、子どもの頃に泊まるなんて出来なかっただろう。


そこもやはり狭かったな、と湯に浸かりながらふと天井を見上げ、思い出していた。


夏だとどうしても手狭なアパートの風呂では熱気で蒸し暑くて早く出てしまうため、(窓が無いのが(ワザワイ)して)ゆっくり湯に、なんてしてられない理由である。


風呂からあがり、せっかくだからと湯上がりにビール、冷奴に枝豆と夏の定番を券売機で注文し、カウンターに持って行く。


ものの5分くもしない内に、キンキンに冷えてるであろうジョッキに注がれた生ビールと、ザルに盛られた枝豆に小鉢の豆腐がネギ、生姜をのせて出され、席に運んだ。


ぷはーと言いたくなるのを抑えて、ゴクリと喉を潤わす。


正面に据えられたテレビを見ながら、つまみを口に放り込んだ。


「…続いて、次の話題に移ります!」


ニュースキャスターの明るい声にて表れた映像は、見覚えのある景色……


“あっ”と、無意識にこぼしながら映し出された青々とした山々に水の張った田んぼがただ一面に広がっているのを、ぼんやりと見入っていた。


そこは久しく途絶えていた場所…まさに祖母の住んでた田舎風景だ。


祖母は亡くなるまで、住んでたあの古い農家の屋敷で一人で暮らしていた。


年寄りの一人暮らしを昔からの近所の人達が気にかけたり、週3日のデイケアに通っていたりと、そう寂しく過ごしてる様ではなかったと聞いていた。


最初は通いじゃなく、いっそのこと生活の身の回りのために入居を提案したけれど、土いじりをしたい祖母はそこまでしなくても良いと言って、あの家に最後まで住んでいたらしい。


そして自分が亡くなった後は、この古くなった家を取り壊して好きに処分してくれて構わないと言い残していたのだと。


“入居したらお金かかるし、何より死んだ後にも色々とやることがあるだろう。その為にも少しばかり残しておかなきゃねぇ”と笑いながら話していたのだと、母が言っていたのをまた、思い出す。


そしてしばらくして朝、近所の人が祖母に朝食のおかずを持ってきた所、何の音沙汰がなく静まりかえっていたので部屋に上がると、布団の中で眠る様にして息を引き取っていたと、葬儀の時に聞いた祖母の最後の姿だった。(玄関の鍵は緊急用に当番の人が預かっていた)


それにしてもまさかテレビで見かけるとは思いもよらないものだと、残りわずかなビールを飲み干し、席を立つ。


盆に乗せた食器を片付け、自販機のあるコーナーのマッサージ機に腰掛けた。


5分百円を二回かかり、凝った肩や背中をほぐされてると程よく眠気が襲い出す。


眠気ざましに自販機の500mlの缶ビールを片手にプルタブを引き抜いた。


そのまま休憩処に向かい、黒塗りのテーブルにビールを置き、横たわる。


荷物を端に寄せながら、仰向けに寝転んだ。


片腕を額にのせたまま人気もまばらな空間に、何時しか微かな意識さえ、瞼と共に閉じていた。


祖母がいたあの青々とした山々にむせび合う程の蝉の声音。


ぽつねんと一人、広渡る快晴の下、立っている横で幼い少年らがかけって行く。


“ヒュッ”っと颯爽と音が向かっていく方へと翻れば、歓声を上げたままの少年らがそこにいた。

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