11
翌日、夜が明ける前に居間に顔を出すと、サミュエルはすっかり身支度を調えていた。
今から発ってフェルダインの牧場に戻り、昨夜話していた通り馬車で引き返してくると言う。
フィレーネたちがマリアを預かるより自宅の方が気も休まるだろうが、足を用意するサミュエルにはかなりの負担がかかる。せめてもと思って馬上でも食べられる物を用意した。
惣菜屋で買ったチキンのソテーを細く切って、薄焼きのパンケーキでソースと一緒にくるりと巻く。油紙で包んだそれと水の入った革袋を手渡すと、サミュエルは大袈裟すぎるくらいに感謝して、牧場へと戻っていった。
一方マリアの予後は良好で、傷口は綺麗で出血も止まっている。薬が良く効いているのか痛みも落ち着いているらしく、身を起こしてソファに腰掛ける姿に辛そうな様子はない。食欲もあると言うので、サミュエルに用意した生地の残りでパンケーキを焼いた。
大量に焼いたそれを皿に盛り、柑橘の絞り汁と糖蜜を煮詰めたソースをかける。これは子どもたちにも好評で、レオナとノアのふたりはぺろりと平らげてしまった。
ややあって起き出してきたヴィジランスにもパンケーキを出して、彼が食事をしている間に片付けと細々とした支度を調えておく。煎じ用の薬草と包帯を手提げに入れたところで、馬車を牽いたサミュエルが戻ってきた。
かなり馬を急かしたのは予想出来たが、それにしてもずいぶんと早い。これでは昼食の準備をする暇がない。そう思ってヴィジランスに詫びると、彼は意外そうな顔でフィレーネを見て、それから微苦笑を浮かべて言った。
「大丈夫だ、一食くらいは抜いても問題ない」
「いけませんよ、ヴィジランスさん。ちゃんと食べないと身体が持ちません。……残り物を押し付けるようで申し訳ないんですけれど、昨日買ったグラタンがあるので、それを温めて食べてくださいね。……オーブンの使い方は分かりますか?」
訊くとヴィジランスが浮かべた苦笑を深くする。
「あなたは意外に心配性だな。俺の家事の腕が壊滅的なのは否定しないが、さすがにオーブンくらいは使える。もしどうにもならなかったら、そのまま食べるから問題ない」
「駄目ですよ、問題だらけです。貯蔵庫に入れておいたので傷んでいる、ということはないでしょうけど、ちゃんと火を入れ直さないと良くないですからね」
そうしかつめらしく言うと、ソファに座ったマリアが声を立てて笑った。
「どこの夫婦も一緒なんだねえ。うちのも家事はからきしだから、まったくいつも苦労させられてるよ。力自慢なのは助かるんだけどね」
口調こそぼやくふうだが、サミュエルに抱えられてマリアはにこにことしている。
どうやら惚気られていると気づいて、フィレーネは目を瞬かせた。
もしかして、ここは自分たちも惚気てみせる場面だろうか。思わず傍らのヴィジランスに視線をやると、彼は面白そうに唇の端を吊り上げた。
そっと伸ばされた手がフィレーネの髪に触れる。ひと房を指先に絡ませながら、彼はひどく優しげな声で言った。
「フィレーネ、あなたも無理はしないように。陽の高いうちにうろつく魔物はいないだろうが、くれぐれも気をつけてくれ」
こくりと頷くと、髪に触れていた指が頬を撫で、惜しむ素振りで離れていく。そのことに内心で狼狽えているうちに、マリアを抱えたサミュエルは、さっさと表に出ていってしまう。
両親の後を追ってレオナとノアが駆け出したのに続いて、フィレーネたちも玄関に足を向けた。
直したばかりの門戸の向こうに、ごくありふれた幌なしの荷馬車が停まっている。近づいてみると荷台にはクッションが敷き詰められていて、それを毛織りのブランケットが覆っていた。
サミュエルがマリアを荷台に下ろす間に、子どもたちは慣れた様子で御者台に上がっている。
フィレーネはヴィジランスの手を借りて、マリアの隣に腰を落ち着けた。ややあって馬車がゆっくりと動き始める。見送るヴィジランスに手を振って、フィレーネたちは一路フェルダイン牧場へと向かった。
マリアの傷に障らないよう、馬車は轍の刻まれた道をのんびり進んで行く。川にかかった橋を越えると、なだらかな丘の裾野から頂きへと向かって、牧草が広がっているのが見て取れた。
ぽつぽつと点在している茶色い影は、放牧された牛だろうか。それをフィレーネが指して問うと、マリアがにこやかに頷いた。
「この辺りにいるのは、たいがいが家の子たちだね。今は馬草の伸びる時期だから、牛たちも食欲旺盛で乳も良く出る。うちに着いたら、搾りたてを飲ませてあげるよ」
「ありがとうございます、楽しみにしていますね。――ああ、そうだ。マリアさんのところから、ミルクを買うことは出来ますか? 牛を飼うことも考えたんですけれど、私たちだけだと手が足りなくて」
ミルクは無くて困るという訳ではないが、あれば料理に幅が出る。パンもミルクを使えば風味が良くなるし、作れる菓子の種類も格段に増えて、お茶に入れても楽しむこともできる。甘いものを好むと言ったヴィジランスのためにも、ミルクは出来れば常備しておきたい。
だが決して日持ちのするものではないし、貯蔵庫に入れても保存するには限度がある。使い切れる分だけをこまめに買うのが理想だが、家から街までの距離を考えると、ミルクひとつに手間も時間もかかり過ぎる。つまりご近所さんであるフェルダイン牧場で買えるなら大助かりである。
フィレーネがそう言葉を重ねると、マリアはからりと微笑って頷いてみせた。
「うちのミルクを買ってくれるのは大歓迎だよ。ミルク缶に使ってる冷蔵用の魔道具は、質がいいから日持ちもする。街に売りに出るついでで良ければ、配達もしてあげられるからね。遠慮しないで言うんだよ」
「それはとても助かります。支払いは都度ですか? それとも月毎にまとめて?」
「どっちでも大丈夫だけど、都度にしてくれるとありがたいねえ。街に卸してる分は月締めなんだけど、取り引きしてる相手も量も多くて。計算が面倒ったらないよ。かと言って管財人を雇うほどの余裕もないし。レオナが勉強を頑張るらしいから、それに期待するしかないかね……」
フェルダイン牧場は街に出している小売店だけでなく、レストランや宿にも卸しているという。昨夜にフィレーネたちと出くわしたのは、街に配達に出ていた帰りだったらしい。
近頃増えた注文のせいで配達人の手が足りず、それで急遽マリアが出ることになったそうだ。
配達人が襲われなくて良かった、そうマリアが快活に笑ったところで、荷馬車がゆっくりと足を止めた。
着いたフェルダインの牧場は、話を聞いて思っていた以上の規模だった。
門を抜けた先に牛舎が並び、その隣には背の高い石造りの穀物庫がある。見える限りがフェルダイン所有の土地で、木の柵が丘の向こうまで続いていた。
牛舎を過ぎた先にある建物が主屋だ。石造りの土台に木組みの上物が立派な三階建ての邸宅で、白塗りの壁が牧草の緑に良く映えていた。
荷車に乗ったまま門戸をくぐると、邸宅からお仕着せ姿の女性が駆けてくるのが見えた。その後ろにふたりの少女が、更に後から中年の男性が慌てた様子でやってくる。
奥さま、と声を上げたお仕着せ姿の女性の横を、少女たちが飛ぶような勢いで追い越してくる。荷車に駆け寄ってきた少女たちは、マリアによく似た顔立ちをしている。レオナとノアと同じ赤毛で、綺麗な榛色の瞳が今は不安そうに揺らめいていた。
「母さん、無事? 怪我は? 歩けるの? 魔獣に襲われたって聞いたけど、なにがあったの?」
「ああ、もう、いっぺんに訊くんじゃないよ。見ての通り無事だし、ちゃんと生きてるよ。怪我は治療してもらったから大丈夫。ただ、しばらくは歩いちゃ駄目だってさ」
「……そんなに酷い怪我なの? 痛みは?」
「心配ないよ、貰った薬がよく効いてるからね。それよりも、リタ。なんだい、あんた、そんなに慌ててみっともない。お客さんの前だよ。ちゃんとしなさい」
そうマリアに言われて、少女は荷車にいるフィレーネに気づいたらしい。フィレーネを見つめて榛色の瞳を瞬かせ、恥ずかしそうに頬を赤くした。
その隣で、少し年下の少女が慌てたふうに乱れた髪と、スカートの裾を直している。マリアはそれに苦笑してから、少女たちを手で示してフィレーネに言った。
「騒がしくて悪いね。こっちの落ち着きがないのが長女のリタ、隣のおとなしいのが次女のサラだよ。――リタ、サラ。こちらはお隣に越してきたフィレーネさん。あたしの怪我を治してくれた大恩人だ、くれぐれも失礼のないようにね」
事実としては間違っていないのだが、こうも大袈裟な物言いをされると面映ゆい。
フィレーネは困ったふうに苦笑してから、マリアから紹介を受けた少女ふたりに視線を向けた。
「はじめまして、フィレーネ・イーグレットです。お隣さんと言っても家まで少し遠いのだけれど、これからどうぞよろしくね」
「は、はじめまして、フィレーネさん。あの、母さんを助けてくれて、本当にありがとうございます……!」
「ご近所さんのよしみだから気にしないで。それよりもマリアさんを休ませてあげたいの。主寝室ではなくて、お世話のし易い部屋があると良いのだけれど……」
ようやく追いついたお仕着せ姿の女性に、フィレーネは視線を当てる。
シーラ、と名乗った彼女はフェルダイン家の家政婦で、家の中のことを一手に任されているという。マリアよりも年重のその彼女は、柔和な顔に笑みを浮かべて頷いてみせた。
「療養用のお部屋を一階に用意しております。……旦那さま、奥さまを運んで頂いてもよろしいですか?」
「ああ、もちろんだとも。完全に傷が塞がるまでくれぐれも歩かせるな、と言われてるからな。世話はシーラに任せるが、移動する時は必ず俺を呼んでくれ」
そう言いながらサミュエルがマリアを抱え上げる。フィレーネも荷馬車から降りて、サミュエルたちの後に続いた。
横を歩くシーラが恐る恐る、というふうに話しかけてくる。
「あの……治療をなさった、とは聞いておりますが……お医者さまを呼ばなくても良いのでしょうか……?」
「かかりつけのお医者さまがいるなら、呼んで頂いて問題ありませんよ。良く知っている方に診て貰えるなら、マリアさんも安心されると思いますし。私が行った治療は薬草を使ったものですから。外傷の治療ができるお医者さまの意見を聞けば、マリアさんたちも安心できるでしょう」
「そうですね、そういたします。……他に、なにか必要なものはございますか?」
「お医者さまを呼ばれるなら必要ないかもしれませんが、念のために水薬を煎じさせてください。それと動けるようになった時のために、今のうちに杖の用意をしておくと良いかもしれません。深い傷を負った場合、治癒してもしばらく違和感が残る場合がありますから」
かかりつけの医者がいるのなら、治療に関してあまり口を出さない方が良いだろう。それで問いに答えるのは最低限にして、療養に必要になるものだけを伝えていく。
フェルダイン家の乳母でもあったシーラは、病人の世話にも慣れているらしい。フィレーネを応接室に通すと茶の支度を手配して、マリアを休ませるためにその場を後にした。
疲れた様子のレオナとノアの双子も部屋に下がって、フィレーネの相手はリタとサラの姉妹がしてくれるらしい。ソファにちょこんと腰掛ける彼女たちの正面に、フィレーネも腰を下ろした。
出された美味しい茶にほっとひと息吐いたところで、リタが好奇心いっぱいの目で口を開いた。
「あの、フィレーネさん。ひとつ訊いても良いですか?」
頷くとリタは少し前のめりになる。
「さっき母さんを治療したって言ってましたけど、フィレーネさんはお医者さんではないんですよね? 薬草を使うなら、もしかして教会の治術師さんなんですか? でも治術師さんって、教会から外には出ないんですよね?」
「ええと、治術師ではなかったのだけれど、少し前までは修道女をしていたの。でも色々と事情があって、それで還俗――修道女を辞めて、ハイラルドに越してきたのよ」
リタは驚いたふうに目を丸くしている。その隣で黙ってお茶を飲んでいたサラが、おずおずと言った。
「修道女を辞められるって初めて知りました。ここから一番近くの修道院には、シーラよりずっと年上の人たちがいるんです。その人たちは、私たちが大きくなって結婚したら、子どもを取り上げてあげるよって言ってたから……」
「ずいぶんと気が早いことだけれど、きっとその方はあなたたちが大好きなのね」
こくりと頷いたサラが、はにかむように微笑う。それに目元を和ませてフィレーネは続けた。
「そんなふうに聞いていると、教会を出ていくことが不思議に感じるのかもしれない。でも修道女を辞めるのは、別に禁じられていることではないのよ。実際、お家の事情で呼び戻される人も少なくないの。あなたたちがこのことを知らなかったのは、出ていった人が話題になりにくいからじゃないかしら」
治癒や豊穣の祝福を持つ者は別として、ただの修道女や修道士であれば還俗は可能だ。教会入りするときに署名した誓願の証書を破棄するだけで良い。だと言うのに還俗する者が滅多にいないのは、住む場所やお金や仕事もない状況で、教会を出て暮らしていくことが困難だからだ。
なんとも世知辛いその一切を、だがフィレーネは口にはせずにただにこやかに微笑んだ。
驚きに目を瞬かせていたリタが、ふと首を傾けた。
「それじゃあフィレーネさんが修道女じゃなくなったのも、お家の事情なんですか?」
「そうね、一言でいうとそうなるのかな。それと結婚することになったことも理由のひとつ。修道女が結婚できないのは知っているでしょう?」
「結婚! わあ、フィレーネさん旦那さんがいるんですか? いいなあ、どんな人ですか? 格好良いですか? どうやって知り合ったんですか?」
そう矢継ぎ早に問われて苦笑する。いかにもお年頃という反応が可愛らしいが、フィレーネは色々と事情を抱える身だ。返す答えは慎重に選ばなくてはならない。
フィレーネは軽く目を伏せてから、恥じらって見えるように頬に手を当てた。
「……私と同じ、教会にいた修道騎士だったの。優しくて、とても良い人よ。私は素敵だと思っているけれど、格好良いかどうかは好みもあるし、私の口からは言わない方が良いかもしれないわ。迎えに来てくれるから、後で感想を聞かせてね」
そういたずらっぽく言うと、リタとサラのふたりは楽しそうにくすくすと笑った。
しばらくしてシーラが戻ってくる。彼女はフィレーネを見て、申し訳無さそうに眉を下げた。
「お客さまにお願いするのは心苦しいのですが、お薬を頂いてもよろしいでしょうか。奥さまが少し傷が痛むとおっしゃっていて……」
「そのために来たのですから、気にしないでください。すぐに薬を作りますね。……キッチンをお借りできますか?」
「ええ、もちろんです。どうぞ、ご案内いたします」
シーラに頷きを返して席を立つと、リタが跳ねるように立ち上がった。榛色の瞳を好奇心に輝かせてフィレーネに言う。
「あの、私もご一緒して良いですか? お薬を作るところ、見てみたいです」
「わ、私も……!」
可愛らしくおねだりするふたりに、シーラが窘めるように名前を口にする。フィレーネは小さく首を振ってそれを取りなすと、サラとリタのふたりに視線を当てた。
「作ると言っても煎じるだけで面白みもないけれど、それでも良ければ。ああ、そうだ。ついでだから煎じ方を覚えて欲しいの。足りなくなった時のために、少しだけ余分に持ってきているから、私が帰った後はあなたたちが作ってくれる?」
こくこくと頷くふたりに微笑んで、フィレーネはフェルダイン邸のキッチンに向かった。
立派な邸宅にふさわしく、案内されたキッチンは広々としている。大きな調理台に、立派なオーブン、井戸から水を引き込む形式の水道がある。オーブンは魔道具式ではなく、昔ながらの薪を使用するものだ。オーブンの足元には割られた薪が、ぎっちりと並べられていた。
シーラは慣れた手つきで火をおこすと、薬缶に水を汲んでからオーブンの天板に乗せる。湯が沸くのを待つ間に、フィレーネは持参した薬草を調理台上に広げてみせた。
興味深げに覗き込んでいるシーラに言う。
「長く飲むことや、別の薬を処方されることを考慮して、あまり強い薬草は持ってきていません。これはヴィヘルの葉を乾燥させたもので、薬草としては一般的なものです。お茶として飲むこともありますから、ご存知でしょう?」
フィレーネが緑色の葉を指して言うと、シーラがこくりと頷いた
「ええ、ええ、この辺りだと綺麗な小川の近くで良く見かけますよ。青い薬っぽい匂いがして、私はあんまり好みませんけれどね。そのまま茹でて食べる人もいますよ」
「匂いは、どうしても好みが出ますから。このヴィヘルはどこでも見かけて入手が簡単な代わりに、効き目も穏やかです。本来はこれをベースに薬草を配合していくんですが、ここには道具もありませんから、あらかじめ計って別の薬草も混ぜておきました」
言いながらフィレーネは小さく折った油紙を開いた。細かく磨り潰していた薬草が、小さな山になっている。フィレーネはそれを指で崩し、茶がかった葉の破片と、白い繊維状になった根を示して言った。
「傷の治療に野いちごの葉を、それと痛み止めにウアラスという薬草の根を加えています」
「……ヴィヘルの他は、そのふたつだけですか?」
「配合する薬草の種類を増やしても、必ずしも効き目が上がる訳ではありませんから。今のところマリアさんの予後は良好ですし、これだけでも十分でしょう。後はこれをよく煮出すだけなんですが……」
フィレーネは指に付いた粉末を軽く払って言う。
「ご覧の通り、かなり細かく磨り潰してあるので、普通の茶漉しでは目を通り抜けてしまいます。それだと飲むのに苦労するので、淹れる時には目の詰まった布を使ってくださいね。私はシャツを仕立てられるような布で袋を作っているんですが、今回は処方の量も数も少ないですし、そこまでしなくても大丈夫ですよ」
「薬は熱いまま飲んでも構いませんか?」
「できれば薬草を浸したまま冷ましてください。湯の温度が下がる過程で、抽出される成分があるんです。……ああ、お湯が沸いたようですから、お手本をお見せしますね」
フィレーネは言って薬缶の蓋を開け、ぐらぐらと沸いた湯に薬草を入れた。
ふわりと立ち昇る湯気と共に、薬草の匂いがキッチンに充満する。シーラは青臭いと言っていた匂いが、フィレーネには馴染みのある良い香りだ。だが煮出すにつれて次第に、枯れ草のような香りと、甘酸っぱい匂いが混じってくる。そうするとなんとも言えない不快感があって、思わず顔を顰めたくなってくる。
薬を煎じるのを大人しく見守っていたサラが、うう、と小さな呻きを漏らした。
「毒味をするので、それが済んだら冷ましたものをマリアさんに持っていってあげてくださいね」
毒味、という言葉が意外だったのか、リタとサラのふたりが驚いたふうに目を丸くしている。
フィレーネは残りの薬を半分にして、油紙で包んだそれをリタに手渡して言う。
「教会で煎じる水薬や、お医者さまが処方するお薬はともかく、素性の分からない相手が作る薬は、作成者に必ず毒味をさせるの。なにが入っているか分からないでしょう?」
リタがこくりと頷く。
後援者や後ろ盾のいない薬師など滅多に遭遇することはないが、もしもという場合がある。対応を知っておくのは悪いことではないだろう。
シーラがキッチンの窓を開けていくのを横目に、フィレーネはオーブンから薬缶を下ろした。
茶漉しとカップを借りて、まだ熱い水薬を喉に流し込む。鼻から抜ける匂いと、舌に残る苦味にうんざりするが、薬が冷めれば味は少しはましになるはずだ。
冷めるのを待つ間にシーラが昼食の支度をすると言うので、フィレーネはサラと一緒に応接室へと引き返した。




