第3話 『魔人アントロポス・ヘドネ』
その魔女は魔女らしくとんがり帽子はかぶっているが、己の体のラインに自信があるらしく胸元がはだけた黒のボディコンワンピースを着て金のネックレスをしている。
見る男の心を鷲掴みにしてしまう妖艶な空気を醸す魔女はほうきに腰かけ黒のサイハイブーツを履いた足を組んでキセルをふかし上空から村を見下ろしていた。
そして、ウエーブのかかった黒い髪の隙間から情熱的な赤い瞳は小島の中心にあるお社を捉える。
「み~つけた!」
艶やかな紫の唇は口角が上がる。魔女は腕を上げて天に人差し指を差す。
「ごめんなさいね。これも仕事なの!‥アントロポス・ヘドネが命ずる。御出でなさい魔獣達」
アントロポス・ヘドネの後ろから次々と異空間から魔獣達が姿を現す。
全身漆黒に包まれた狼のような獣は腹を空かせた動物のように歯を剥き出しに唸る。
「お社の封印を解きなさいお前達!」
魔獣達は声を上げて一斉に村人に襲い掛かる。
「ニンゲンダ!ニンゲンノカラダ!」
「オデハアッチノカラダ!」
「ミタセル、ミタセル、モットミタセル、ワキアガルヨクボウヲ!ギャハハハ」
魔獣達は次々と村人に憑依する。
村人は憑魔となって村人達を襲う。自我を失って襲う者、また、自我を乗っ取られ快楽の笑みをうかべる者。
それは流血乱舞の宴だった。
村中パニックになるのは必然だった。
村人に噛みつく憑魔、女子供を襲う憑魔、村人から金目の物を奪う憑魔、超人的な腕力を村人の体で楽しむ憑魔、その中でも炎を操る憑魔と氷を操る二体の上級憑魔がいた。
村を焼き払い、氷を振らせて村を蹂躙する。
「ちょっと~、あの子達目的忘れてない?」
赤い瞳がギラリと黒く光る。
アントロポス・ヘドネは笑みをうかべる。
そして、左手を前に掲げる。薬指には薔薇を模ったルビーの指輪が光りの乱反射でキラキラと輝く。手入れが行き届いた黒のマニキュアを塗った人差し指を憑魔に向かって振る。
その刹那、数体の下級憑魔の首が飛ぶ。
「はいはい、注目~!オイタはそのくらいにしてそろそろいいかしら?」
アントロポス・ヘドネの目は笑っているが心が笑っていない。全身鳥肌が立ち心臓が冷たくなる笑顔だった。
後退りする。一瞬にしてここのボスは誰であるのかを理解した。お互い顔を見合わし我に返り小島にあるお社に雄叫びを上げて向かう。
「そうそう、それでいいのよ。私達魔人ではあの結界は壊せないの。小癪よね~。‥で・も・ね。人間はどうかしらね?フフッ・・ああヘレ様お早い復活を!」
小島の外が騒がしいことに気付く、ロア達。島民達に不安が広がる。
「危ないから、皆下がってて!ロア、戦闘準備!」
「うん、解ってる!」
さっきから尋常じゃない殺気と熱気が外から伝わってくる。これは只事ではないことは解るが状況が理解できない。何があった?どうしたというのだ?島民は?父と母は無事なのか?俺の実力でここにいる人達を守れるのか?昨日まであんなにレベルアップを懇願してたのに今はどうしようもなく自分が矮小に感じる。
呼吸が乱れて汗が頬を通って顎から地面に落ちる。明らかに動揺を隠せないロアを背中で感じるマリアは歯を食いしばる。
「ロア!余計なこと考えない!今は目の前の事に集中なさい!」
頭を左右に振るロア。
「ごめん、大丈夫。ありがとう」
ホッとする、マリア。
アガぺはマリアの翼となり、マカリアがロアの刀になる。
マリア構えて周囲は風に包まれる。ロアも刀を抜き構えると電気に包まれた。
「来るわよ!」
「解ってるって!」
細い山道をかき分け我先にと大量の憑魔がお社めがけて駆けあがってくる。
「なんて量なの!」
しかし、大きな鳥居を潜ろうとすると結界が働き憑魔を弾く。
「えっ!何?」
「結界?」
島民の中で一番歳老いた老婆が思い出したように言う。
「確か、ここには何かを守っているとか、だから結界が張ってあると昔からの言い伝えがあったがまさか本当だっとは?ワシはてっきり世迷言だとばかり‥」
「なんにしても助かったわ!」
「駄目だ!マリアねー、見て!」
憑魔とは半分は人間であるため無理に通ろうと思えば結界を破り通れないこともないが、人体は焼けただれ全身火傷は免れない。それを覚悟で進む。何故なら、引けば後ろに控えるアントロポス・ヘドネが許さない。
ボスの命令には絶対服従!
引けば死ぬ。絶対に死ぬ!いや、殺される。戦力差は歴然。なら、少しでも生き残る可能性がある前に進むしかない。例え、五体がボロボロになっても生きていればまた、人間を蹂躙出来る。
前衛にいる憑魔達は体を焼きながら結界を通り抜けようとする。
「させない!」
マリアは風をまとったレイピアを横一文字に振ると風の刃が憑魔の首を刎ねる。
負けじとロアも電撃の刃を飛ばして憑魔を撃退する。
それでも止まらない憑魔だったが手慣れたマリアの攻防とロアのアシストで何とか結界を守り切ることが出来た。
辺りは静かになって一息つく、マリアとロア。
「なんとか‥はあ、はあ」
「ええ‥」
「おーい、マリア!ロア。大丈夫かー!」
「マリア、ロア、ミクシスちゃん!何処?」
島の外から父と母の声が響く。
「父さん!母さん!」
マリアとロアは両親を救出するため急ぐ。
お社の後方で森に隠れていた憑魔達はニヤリと笑う。
浜辺から安否を叫ぶ両親。
他に人魔がいないことを確認してロアを抱えてマリアは空を飛んで両親の元に着く。
「父さん、母さん、大丈夫?」
「ああ、何とか」
「ホントにもう何だったの?」
「マリア、ミクシスはどうした?」
「会ってないの?中央広場にいるって?」
「そうか、じゃあ手分けして探そう!」
「わかった」
「ええ」
「ロアは村の入り口付近を、マリアは上空から探してくれ!」」
ロアとマリアはうなずいて、マリアは上空へ。ロアは村の入り口に向かおうとしたが背中から衝撃が走る。氷で出来た剣が背中から腹部を突き抜け血が滴り落ちる。
「え?」
ロアは倒れる。
マカリアは元の姿に戻る。
「ロア、大丈夫?」
マカリアの目の前で爆発が起こり弧を描くように飛ばされ気を失う。
「母さん、駄目じゃないか。ちゃんと殺さないと」
「あらあら、ごめんなさいね。自分の子供を殺さないといけないと思うと手元が狂って」
マリアは驚く。
「父さん母さん何してるの!」
「大丈夫だよ、母さん。だってロアもマリアも私達の子じゃ無いだろ」
「あら?そうだったわ。汚い捨て子だった。うっかりしちゃった」
父はマリアに向けて手をかざすとマリアの周囲に火の玉が無数に表れて一気に爆発する。
「ああああー」
蚊でも落とすようにマリアは地面に落ちる。
母はロアに手をかざす。
うつ伏せになって倒れたロアに蝶の標本のように氷の剣を両腕両足に刺す。
「ああああ!母さん‥どうして?」
「ほら、母さん。また殺さない。駄目じゃないか」
「だって、せっかく苦労して育てたのよ。じっくり殺したいじゃない?」
「ああ、それもそうだね。母さんのそうゆうところ大好きだよ」
「やだわ、恥ずかしい。この子達の前でもう」
「じゃあ、じっくりと殺ろう」
ロアの背中に小さな火の玉が次々と降って爆発する。
「ああああ」
「ロアーーー!」
マリアは気力を振り絞って父に羽を広げて突進しようしたが羽が凍りついて飛べなくなっていた。
「もう、マリアはお転婆ね」
母は指を鳴らす。
マリアの上空から氷の塊が降ってくる。マリアは悲鳴を上げて倒れる。
母はマリアの頬を撫でる。
「マリア、あなた本当に綺麗ね。ママ嫉妬しちゃう」
母は片手でマリアを持ち上げ氷で出来た十字の張り付け台に縛る。
「母さん‥憑魔に‥なったの?」
母は冷たく微笑む。
認めたくない。認めたくない!なんで母さんと父さんが?彼らが何したっていうの?
彼らは善良だった。困った子供を見逃せ無い人達だった。どうしてこうなったの?
「母さん、目を覚まして!お願い!」
「別に母さん、寝ぼけてないわよ。フフッ‥変な子」
マリアの足元から凍っていく。
「マリア、あなたは私の作品よ。だからこのまま氷の彫刻品にしてあげる。氷漬けになって死になさい」
「母さん‥母さん‥お願いよ‥」
突然、大地が鳴動する。
「何?」
「封印が解けたのよ」
上空からアントロポス・ヘドネが見下ろす。
「貴方達、引き付けご苦労様。いい働きだったわ」
父と母はアントロポス・ヘドネに向かって一礼する。
「‥あなたがやったの?父さん母さんを憑魔にしたのは!」
「そうよ」
アントロポス・ヘドネは冷たい笑みをうかべる。
張り付けにされた手に力が入る。
「許さないから!殺す!絶対に殺す!」
「もう、言われ慣れた言葉よね。慣れたわ」
悔しさのあまり涙が出てくる。何もかも蹂躙された。両親の温もり。村の生活。ささやかな幸せ。
コイツだけは許さない!
「はいはい、恨んでもいいけど、でももう遅いわ。言ったでしょ?第一の封印は解けたのよ。あなた達を引き付けている間に後衛に待機した憑魔がお社の封印を解いたの」
「皆はどうしたの?」
「死んだわ。この村の生き残りはあなた達二人だけよ」
気付けば辺りは静寂だった。風と波の音だけが静かに響いてくる。
「嘘‥皆‥」
絶望‥そうこれが絶望というのだろう。でも‥でも、せめてコイツだけでも!
マリアはアントロポス・ヘドネを睨む。
「もう、やだわ。怖い、怖い。お前達殺りなさい」
父と母は一礼する。
「というわけで、じっくり殺したかったけどごめんね」
母の手から氷の剣が出来上がる。
父はロアの上空に大きな火の玉を作る。
「ロア、私達と出会ってくれてありがとう。今火葬してやる!火遊びは好きだったろ?」
「父さん‥」
火の玉がロアに落ちる。
「があああー!」
炎はロアに刺さった氷の剣を溶かして燃え上がる。
「ロアーーーーー!」
両手両足がちぎれたっていい。ロアを助けないと!
「アガぺーー!」
翼が光り輝く!翼を凍らせていた氷と氷の張り付け台が溶けていく。
「あれは、まさか?早く殺しなさい」
「マリア、ホント凄い子!ママの自慢の子よ」
母は氷の剣を振りかざす刹那、母が吹き飛ぶ。
「何?」
炎に包まれなが立ち上がる、ロア。
「許さない!お前は絶対に!」
ロアを包んだ炎はロアの手の上に収束していく。ロアの手の甲には紋章が浮かび上がる。
「あれは、神の紋章!」
「くらえー!」
炎の玉をアントロポス・ヘドネに飛ばす。幻獣を介さず能力を使うロアに驚くアントロポス・ヘドネ。
「やはり、神人か!」
父が盾になってアントロポス・ヘドネを守る。
「ロア、父さんと遊んでるのに駄目じゃないか。浮気して女癖が悪いぞ」
「父さん‥どいて!」
ロアはそのまま気を失う。
「おいおい、ロア。しょうがない」
炎の矢が父の後ろから無数に出てくる。
「駄目ーー!」
物陰に隠れていたミクシスが現れ手から蜘蛛の糸がピンと張って父と母に絡まり動きを止める。
「う、動けない」
「ミクシス?」
アントロポス・ヘドネがミクシスに気を取られている僅かな隙をマリアは見逃さなかった。
「ヤアアアァーーー」
マリアは翼をはためかせ父と母の首を刎ねる。その後ろ姿から見える涙が散る。
次にアントロポス・ヘドネに突進するマリアだったがバリアに跳ね返る。
「お前はーー!」
また、突っ込むが結果は同じ。それでも何度も何度も繰り返した。
「お前だけは許さないから。父さんと母さんを返せ!チクショーー!返せ!返せ!」
「はあ~、ヤダヤダ。復讐なんて野蛮だわ。それよりあなた、ヘレ様に仕えない?私貴方が気に入ったわ。きっといい仲間になるわよ。仲良くしましょう」
「ふざけるな!ふざけるな!人の命を何だと思ってるの!」
「あらあら、ご立腹。これは一旦退散しようかしら。それと‥」
ミクシスを見る、アントロポス・ヘドネ。
うろたえるミクシスは首を左右に振る。
「まあ、いいわ。あの御方も考えがあってのことでしょうし」
アントロポス・ヘドネは目を空に泳がせ小声でつぶやく。
「人の命ねぇ‥重いに決まってるわ!」
異空間へ続くゲートを開けて手を振って消えていく、アントロポス・ヘドネ。
マリアは父と母の前に降り立ち崩れ落ちる。
「父さーーん、母さーーーーん!あああああああああああ~」
大地に両拳を叩き付け泣き叫ぶ。
マリアの涙が荒れ果てたカイン村の大地に染みこんで静寂の大漁祈願祭は終わりを告げた。