ユークリウッド、幕間1
「何回目の洗礼の儀式かしら?」
悩まし気に呟く。
儀式の回数を数えるのは10を超えたときからやめてしまった。
儀式で彼の手の甲には勇者である証、紋章が浮かぶのだ。
それは私にとってはとても不都合な事実で、消し去りたい出来事だった。
だけど、それは出来なかった。
なぜか、簡単だ。
勇者の紋章はその血筋の者に時を超えて浮かび上がる。
だけれど、それは要因の一つでしかない。
一番大切なのは勇者になろうとする意志だ。
心の在り様。それが一番大切な軸なのだ。
世界を救い、巨悪を倒し、民を救う。
子供染みた妄想。そう笑うものもいるだろう。
しかし、意思と資質が合わさったときにそれは現実となる。
だからこそ私は10を超える回数、勇者と相見えたのだ。
精神をコントロールしてしまえばいい?
ふむ、確かに、私の力を以てすれば十分に可能だった。
それは、心を操るということ。
「彼が彼じゃなくなってしまうじゃない」
誰ともなく呟く。
そう、私は彼が欲しいのだ。彼の身体だけではなく。彼の心だけではなく。彼の全てが欲しい。彼が自分の意思で私自身を好きになってほしいのだ。
「だから、私は彼の意思を尊重するわ」
勇者になりたいという意志も、その力を以て巨悪を倒すというのであればそれすらも。
そしてその先に待つのがユークリウッドであったとしても。
「この身に刻まれた血と運命、役割を魔王として配置されたとしても、彼に関われて、彼の目に留まるのなら喜んで」
そんな事を呟いた後、ふうっ、とため息を吐く。
「神様なんてものがいるのなら、残酷ね。なんで私が彼を好きになるなんて設定にしたんだろ。なんで、私が彼を好きならば、魔王なんて役割に配置したんだろう。普通に彼を好きな可愛い幼馴染でいいじゃない。彼の隣で暮らして、一緒にご飯食べて。そして、死んでいく。それで、いいじゃない」
自嘲気味に笑う。そして、続ける。
「ふふっ、全知全能に近い私が言うようなセリフじゃないわね」
やめた、やめた。こんなことばかり言っていたら鬱っぽくなってしまうわ。私が魔の血を受け継いだこと。そして最高の力を手に入れたこと。これは考えようによっては大きなアドバンテージだ。
ラスボスとしての役割を、彼にとって最大の障害として。
「魔王なんて勇者にとっては欠かすことのできない存在だもの。対となる存在じゃない」
プラス思考、プラス思考。今回の人生も頑張っていこー。