伝言ゲームは終わらない
一つ 筆を執ってみようと思う
普段 日記はおろか メモなどさえロクに取らない性分なため読みやすいかは解らん
頭の中にさえあればいい という適当な生き方をしているものだからな
そもそもこの文が誰にも読まれないならそれに越したことはないのだ
それでも筆を執ることを決めたのは 事実が闇に消えることがないように
ぼくが聞いたこと その全てが これを見た誰かに分かるように
矛盾だな 読んでほしくないのに読まれることを前提に書いている
ぼく以外が読むのならばそれは ときだというのに
これは本当は 内緒にすべき話である ここだけにとどめておくべき話である
知らないでいた方が幸せな話である
もし誰かが読んでいるのなら どうか覚悟しておいてほしい
引き返すなら 今のうちだ
前置きが長いようだ しかしそれは肝に銘じてほしいのだ
では ぼくという私立探偵が知り得る今回の事件についての話を書き始めようじゃないか
あまりにも奇妙で 答えが見つかっていない この事件について
* * *
また一件、失踪事件が起きてしまった。
これでこのケースは六件目。まさかこんなに進展しないとは思わなかった。
一件目、津田充弘(52) K大学教授兼考古学者。
二件目、祇園菜穂(23) K大学所属研究生。
三件目、羽柴剛(19) D大学学生。
四件目、織田六郎(18) フリーター。
五件目、真鍋詩織(39) パートタイマー兼主婦。
六件目、江崎ニコラ(27) T小学校教師。
もう六人だ。それだけの失踪者が出ているというのに、いくら探れども全く何の痕跡にも行き当らない。犯人に繋がる証拠は愚か、犯人の思想も解らず。失踪者たちの生死含めた消息も不明。
これは、ぼくが無能だから、と言う訳ではないと信じたい。警察組織だって一時動いていたのに匙を投げているんだから。
特におかしいのは、失踪者の誰もが移動した形跡すら残していないというまっさらさだ。
もしも自発的に失踪するとしても、何の足跡もないなどあり得ない話だろう。何かしらの事件に巻き込まれたなら尚更だ。
瞬間移動じゃあるまいに、どうしたって人の目に付く。防犯カメラだって、今の時代駅などそこかしこにある。
それでも解らないというのだから神隠しを疑うレベルだろう。
奇妙な点はそれだけに留まらない。
六件の失踪者は、全員失踪に足るだけの動機は持っておらず、また、事件に巻き込まれるようなトラブルも抱えていなかった。
更に言えば失踪者同士に同時に狙われるような関係性もない。
いや、失踪時期が前後している者には接点があるのだが、離れている者、例えば一件目の津田氏と三件目以降の者たちなどの間には全く接点がなく、赤の他人と言ってもいいレベルだ。
先に述べたように年齢も職業もバラバラだ。本当に困ったものである。
そこまでくると別々の案件が偶然重なっただけという可能性も見なくてはならない訳だが、あくまでも連続失踪事件としてみるのはその不自然さからだった。
接点があるもので数珠繋ぎになっていることも忘れてはいけないし、全く痕跡を残さない手口の鮮やかさから見ても同一犯であるという確証になる。
ただそこまで確信はできるものの、いかんせん証拠がなさ過ぎて糸口すらつかめないのが現状だ。
私営の探偵としては一つの案件にばかりかかずらっているのはよろしくないと判ってはいるものの、どうにもこの件が気になっている、
この絶対に解き明かすという気概はプライドによるものか。はたまた解決報酬が巨額だったからか。
ニコラ氏の失踪から数日、今までの全ての案件の洗い直しをして進まない進捗状況に唸っていると、なんということか、この六件の失踪について『知っていること』があるという人物に行き当たった。
何らかの事情があるようで、「誰にも聞かれない場所でなら話してもいい」と先方は条件を出してきた。
当然ぼくはその条件を呑み、早速こちらの探偵事務所にご足労願うことにした。この場所ならば、条件に見合うだろうから。
「……失礼します。探偵事務所の方、で合ってますよね? あなたが?」
時間通りに事務所の扉を開け、緊張気味に入ってきた来客は、こちらを見るなり目を丸くして驚いていた。
まあ、まさか探偵というのが十代の若い女性にも見える者だは思わなかったのだろう。
「ようこそ、我が探偵事務所へ。見た目はあまり気にしないでくれ。これでも敏腕で通ってる。いくつかの案件も解決してきた実績持ちだ」
一応この容姿はアドバンテージでもあるんだ。
勝手に相手が侮ってくれるから探偵活動に一利も二利もある。
といっても依頼者にまで侮られたりもするから一長一短なのだが。
「はあ…… そうなんですか……?」
「そうなのだよ。まあ、見た目は気にしないでくれ。人の本質はそこじゃないだろう?
貴女のことだって失礼ながら調べさせてもらったから、大体のことは知っているつもりさ」
ぼくは胸を張って調べたことを説明しながら彼女を席に案内し、コーヒーを用意する。
相手のことを言えたものではないが、彼女もまた歳若く美しい女性だ。
野中すず。26歳女性で職業は音楽教師。T小学校勤務。
現在家族とは同居せず、恋人と同棲していた様だ。その恋人というのが失踪したニコラ氏だというのだから驚いた。と、同時に知っていることがあるというのに納得もしたが。
フォーマルなスーツが似合う、学生と言われても信じてしまいそうな美貌は、不安そうに翳っている。
それがこちらの容姿を見ての落胆でないことは、ぼくが挙げた彼女の情報の正確さに驚いた表情からも明らかではあったが。
「あ、あの…… 本当に、私たち以外いませんよね? 聞かれたり、しませんよね?」
落ち着き無さげに彼女は周囲を見渡しながら言う。その顔はとても蒼褪めていてひどく震えていた。
彼女は何を知っているというのか。そんなに恐ろしい情報なのか。
いや、ここまで全く掴めなかった情報の一端を握っているというならさもありなん。
ぼくはもう一度意気込み、彼女を安心させる言葉を掛ける。
「今ここにはぼくら二人しかいないし、盗聴なんてさせない作りになってる。安心していい」
仮にも探偵事務所だ。機密情報も取り扱ったりするし、そうでなくとも依頼者の秘密は守られるべきであるため防犯対策は万全にしてある。
そういった施設の保証も朗らかに告げる。だが、彼女は未だ不安げな表情は崩さない。
「できれば、その、録音とかも無しにして頂きたいのです」
……どうやら、聴取の記録もだめらしい。本当に、誰にも聞かれないようになのか。
そこまで徹底するのは、本当に何か知っているということなのだろう。
「了解した。では、早速聞かせて貰えないか、お嬢さん。貴女の知っていることを」
疑っていたわけではないが信憑性は上がったように思え、いくら追っても糸口すら見出せなかった案件に踏み込めるとあって、少し前のめりになってしまいながら問いかけた。
彼女はその勢いに驚いたのか一瞬怯み、また何故か回りを一通り見回してから震える口調で話し始めた。
――――――
――――
――
津田教授の話からしましょうか。順番に話していった方が良いと思います。
ただ、私も伝聞で聞いただけで、直接の知り合いというわけでもないのでそこはご了承ください。
あくまで『知っていること』しか語り得ません。
津田教授は大学で教鞭を執る教育者であり、生粋の研究者でした。
現存する遺跡や化石などの発掘現場に自ら足を運んで調査することも日常茶飯事であったそうです。
もう調べてある? それはすみません。余計なこと言わない方が良いでしょうか。
情報の整理にもなるから大丈夫ですか。解りました。
では失礼して。続けますね。
半年ほど前、彼の元に『前人未到の遺跡』が発見されたとの情報が届きました。
それを聞いた教授は、当然、嬉々として調査に乗り出します。
しかし、その遺跡には遺物など何もなく、また、作りに変わったところも見当たらず、調査チームの方達は落胆しました。
それでも彼は諦めきれず、何かないのではないかと遺跡の中を調べ尽くしました。
そして、封じられた隠し扉のようなものを見つけました。
知的好奇心の赴くまま、教授は扉を開け、隠し部屋へと踏みます。
しかし、隠し部屋はとても狭く空っぽで、期待していたようなものではありませんでした。
ただ、何か不気味な感覚を得たことは覚えていたそうです。
遺跡探索以降彼は、毎夜悪夢に悩まされるようになったそうです。
その内容は毎回変わっていたそうですが、一つだけ、『悪夢を見ていることは話してはいけない』というセリフがあることだけは共通していたそうです。
津田教授は所詮は夢の話と考えてはいましたが、どこかうすら寒い思いをしたこともあって、言葉の通り悩みを胸の内にしまっていました。
そして彼は、余りにも毎夜悪夢を見るので、次第に睡眠不足になり調子を崩していきました。
回りの人達は心配して、彼にどうしたのかと聞きました。
彼は基本的には何でもないと誤魔化しましたが、ただ一人、元生徒であり信頼のおける助手だった祇園女史にだけは全てを話したそうです。
『誰にも言ってはいけない』ということは強調して。
津田教授が失踪したのは、その翌日のことでした。
失踪した理由ですか? いえ、そこまでは……
なにせ、私は祇園女史に話した、というところまでしか聞いてませんので。
結局真相が解らない? それはそうです。初めにお伝えしましたよね?『知っていること』をお伝えする、と。知らないことは答えようがありません。 なにせ伝聞ですので。
そして話は祇園女史に移っていくわけですが。
女史は心配を抱く以上に不安と不気味さを感じていました。
津田教授には失踪する動機もなく、事件に巻き込まれた痕跡もありません。
それは探偵さんも知っていますよね。
不気味というのは、やはり悪夢の話をした直後だったということもあるのでしょう。
もしかして、『言ってはいけないこと』を話したのが原因でいなくなってしまったのではないかと考えてしまうのも仕方ありません。
そんな不安を抱えていたからでしょうか。女史はその日から時間の感覚がおかしくなったそうです。
彼女は普段から自分にも他人にも厳しく、特に時間厳守については口を酸っぱくする程回りに言っていて、当人も守っていたんだそうですね。
それが突然盛大な遅刻をやらかしたり、逆に約束よりも早すぎる到着をかましたり。
普段真面目な彼女が急に時間にルーズになってしまって、回りに心配をかけていたようですよ。
ただ、恩師である教授の失踪のこともありましたし、心労があると解釈されてしばらくは放っておいてもらえたそうなんです。
でも、一人だけ。彼女の幼馴染である羽柴青年は彼女のことを放っておかなかったそうなんです。
彼だけはしつこく話を聞こうとしました。
祇園女史は失踪事件から数日経っていたこともあって気が抜けていたのでしょう。
他の誰にも話さなかった教授の話と、それから起こった奇妙な感覚のことを話しました。
話してみて気が楽になったのでしょう。その後は仲良く談笑して別れたそうです
そしてその翌日、祇園女史は失踪してしまったのです。
祇園女史が失踪したことを知って真っ先に慌てたのは、羽柴青年でした。
彼が、祇園女史と最後に話した人物で、それ以降の目撃証言がないということもありますが、羽柴青年は彼女に想いを寄せていたそうですから、一層。
彼は仲の良い友人たちと共に捜索に乗り出しました。
各方面に当たって、様々調べて。それでも何も解らなかったというのは、未だ解決されていないことから明らかでしょうけれど。
羽柴青年は悩み、無力感に苛まれました。眠れない夜を繰り返し、いずれ金縛りにも苛まれるようになったということです。
女史を襲った異常と自分自身を襲う異常に耐えきれず疲れ果てた彼は親友の織田少年に異常について話してしまいました。
その後彼は行方知れずとなるのです。
話は繋がりましたか。私がこれらのことを知っているのも、同じような理由からです。
今までのことを伝えた者は失踪し、異常現象に悩まされます。
そして異常に耐えられなくなって誰かにそれを伝えると失踪させられてしまう。
要はその繰り返しなのです。
織田少年は羽柴青年に話を聞いた日から、酷い胸痛や頭痛を訴えていたといいます。
病院にも行ったようですが、診断は原因不明か、おそらく風邪としか言われなかったそうで。
それでも彼は休むことなく真面目に職場に顔を出し続け、とうとう倒れました。
そして同僚の真鍋夫人に介抱されている間、当時に至るまでのことを話していたそうです。
次第に症状が落ち着き、大事を取って退社したところで、彼の足取りは掴めなくなりました。
真鍋夫人はその日以降、脱力感に襲われよく居眠りしてしまうようになったそうです。
おかしなことに、夢を一切見なくなり、眠ってしまう度に脱力感は強くなったそうです。
仕事中も繰り返し居眠りをしてしまったため、よく怒られていたみたいですが、異常のことを誰にも“話しませんでした”。
それでも、失踪してしまい現在消息不明です。
話さなかったのに、失踪。今までのパターンとは違っていますよね。
え? 情報が途切れているだろって? 何故私が知っているのかって?
まだ話は続くのですよ。
真鍋夫人は誰にも話しませんでしたが、かといって自分の中だけに留めおくことはできなかったのでしょう。
さながら『王様の耳はロバの耳』の理髪師のように誰に対してでもなく喋ったようなのです。
その独り言が、意図的なのか手違いなのかは判らないものの、一つのテープに録音されていました。
そのテープを聞いてしまったのが、ニコラ君だったみたいです。
警察が失踪者の身の回りを調べつくしているが、テープなどどこにもなかった筈?
ええ。私も不思議に思っているのです。一緒に住んでいるのに、そのテープの存在を私も知らないのですから。
とにかく、彼はテープを聞き『知ってしまって』から、変なものが度々見えるようになったそうです。
物が浮いたり勝手に動いたり、あるはずのないものがあったり、近くのものが遠くに見えたり、影が自分とは違う動きをしていたり。
とにかく、様々な幻覚を見て苦しんでいたようです。
悩み悩んで、私にこれらの話をしたのが数日前で。
そしてニコラ君も、失踪しました。
――――――
――――
――
「……これが今までの経緯で、私が『知っていること』です」
時折言い淀んだり、何故か回りを気にしたりしながらも、野中嬢は話を終えた
「今までの失踪者だけが知っていた内容、ね……」
ぼくにとっては初めて聞く内容ばかりで、驚きを隠せない。
探偵としての実力不足を呪いたくもなるが、今はそのような場合ではないと思い直す
そもそも、失踪者がそれぞれ一人だけにしか話さずその話した相手も失踪してしまうのだから、知りようがなかったとも言えよう。
知ってしまえば異常に襲われ、話せば失踪する。
ならば。
「では何故、ぼくに話したのだ?」
ぼくの質問に、野中嬢は儚げな顔で微笑んだ。
きっと彼女は既に異常に襲われているのだろう。そして、それを話すということの意味も分かっている筈だ。
話したら失踪させられる。
非現実的なことだが、実際に起きてしまっている以上危険の芽は摘んだ方が良いはずだ。
「……ずっと、視線を感じるんです。どこにいようと、何をしていても、ずっと。
気持ち悪いくらいに離れてくれなくて、気が狂いそうになるのです。
いっそ誰かに話してしまえば楽になるのではないかと考えてしまうくらいに。」
自虐的な口調で彼女は言う。
「それで判りました。次は私なんだってこと。話したら失踪させられてしまうってこと。
でも、話さないで耐えていることなど出来なくて」
それほど追い詰められてしまったのか。
いや、多分、他の失踪者たちだって同じだったのだろう。
彼女もまた、誰にこの内容を話すべきかとても悩んだのだろう。
そして白羽の矢が立ったのが、失踪事件を調べていたぼくだったということだ。
「……ごめんなさい、巻き込んでしまって。でも、他の誰でもなく探偵さんなら。この話をしてもいいと思ったんです。
捜査の手助けにもなると思いますし、なにより、私が失踪しても見つけてくれそうな気がして。」
野中嬢は淡い期待を込めた眼差しでぼくを見つめてきた。
「失踪しないでくれるのが一番なのだが。
……全力を尽くす。新しい情報も知れたからね」
当然ぼくは探偵の矜持として全力を尽くす旨を確約するのだ。
「その言葉が聞けて、一安心です。
……随分と長い話になってしまいましたね。失礼しました。」
「いや、貴重な話をありがとう。」
本心からそう言う。実際手詰まりに感じていたことが、今日の話だけで大分開けたのだ。
「お役に立てたなら何よりです。是非、あなたが解決してくれることを祈っています。
あと、言うまでもありませんが、『誰にも言ってはいけません』よ?」
冗談めかしているのに真剣な、その言葉がなぜか探偵の耳に残った。
「では、そろそろ失礼します。本日はありがとうございました」
「あれ、忘れものだよ? これ、野中嬢のじゃ……」
彼女の座っていた席にあった見慣れぬ鞄に気付き声を掛けるも、野中嬢は気付かず事務所を出てしまう。
慌ててそれを手に取り数瞬前に閉まったドアを開けると
野中嬢の姿は、どこにも見当たらなくなっていた。
異様な風が吹き、気温が急激に下がったような気がした。
* * *
これが ぼくの知り得る全てだ
あれから彼女の行方を捜索したものの どこにもいないどころか 目撃証言さえ誰からも得られなかった
つまり 失踪した のである
野中嬢が ほんの数瞬目を離した隙に 目の前で失踪していったという事実から ぼくの中で 確信がゆらいでしまっている
この一連の事件の原因は 本当に存在するのだろうか
存在するとして それは本当にこの世のものなのだろうか
最近 寒気に襲われてしようがない
ぼくが失踪して 事実が闇に消え去ってしまわないように ここに記す
これを読んだ誰かは 次に狙われてしまうのかもしれない
だから ここに書いてあることは 誰にも言ってはいけない
盤上瑠流
――家主が消え無人になった事務所に取り残されたノートは、その記述で終わっていた。
失踪者一覧
津田 ミツヒロ
祇園 ナホ
羽柴 ゴウ
織田 ロクロウ
真鍋 シオリ
江崎 ニコラ
野中 スズ
盤上 ルル




