王女の画策
【ラフィーネ】
私が前世の記憶を思い出したのは、ちょっとした事故にあって高熱でうんうんうなされている最中のこと。
食事もできないような状態で寝込むこと一週間、思い出すこと、覚えていること、前世と現世の記憶を水彩絵の具で新たな色を作るときのようにぐるぐると混ぜ合わせて、私ができあがった。
新生ラフィーネの誕生である。
「目が覚めたって!」
ようやく起き上がって寝台の上で流動食をゆっくり口に含んでいたところへ、先触れもなく飛び込んできたのは双子の兄である第三王子のレヴィウス。
琥珀色の瞳に私を映した途端、何かをこらえるようにぐっと息をのむ。
「よかった ほんとによかった」
いくら侍女が体を拭いていてくれたとはいえ、一週間入浴できていない私の頭を何のためらいもなくかき抱く兄に対して羞恥とそれ以上の愛情を覚える。
「ありがとう、兄様」
素早く食器を受け取る侍女に感謝しつつ、兄の体にそっと手を回してなだめるようにその背をさする。
「すごく心配したよ…」
肩口から聞こえる声は少し震えていた。
頬をかすめる兄のさらさらの黒髪は声だけでなくその体の震えも伝えてきた。
「あのとき僕が手を離さなければこんなことにならなかったのに」
抱きしめるその手は私が存在していることを確かめるように肩や背をそっと触れて、離してしまったと嘆く私の手をぎゅっと握りしめた。
「兄様のせいではないです、またこうして会えたのですから」
兄の背に回した手に力を込めて心の底からの思いが伝わるように祈る。
「レヴィウス様、ラフィーネ様はまだまだ休養を取らねばなりませぬので…」
ためらいがちな医師の声に兄はようやくゆっくりと体を離す。
「そうだね、ごめんねラフィ。顔見たら安心したよ。ゆっくり休んでね」
ボロボロの私の金髪をくしゃくしゃと無造作に撫でると、やっと少し笑った。
「はい、兄様」
微笑む兄に返した返事と表情は、以前の私と変わらぬままでいられただろうか。
少しでも不信感を与えはしなかっただろうか。
思い出したことと覚えていることが私という存在を足元から揺るがしている今、確かなものはこの胸の中の想い一つしかなかった。
+++++
側室から生まれた兄と私は産後すぐに母が亡くなったこともあり、いつも二人一緒に育った。
王妃さまの子である王太子の第一王子や同腹の第二王子が健在で、後継者争いが起こるような要素もなければ、争おうとするような後ろ盾もいない子供たちはほどよく放置され育っていた。
世話をしてくれる人たちは甘やかすことも邪険にすることもなく職務として私たちに仕えてくれた。
父はたまにしか会うこともなかったが、それなりに愛してくれていることは感じられたし、王妃さまも年の離れた兄姉も私たちを蔑ろにすることはなかった。
恵まれているのはわかっていたがそれでもやはり寂しかったのだろう。
私も兄も互いをこよなく大切に思うようになったのは無理からぬことである。
お互いがお互いのたったひとりの家族であり、たったひとりの友人だった。
少し虚弱体質である私は暑さに弱く体調を崩しがちだったため、夏の間は山間部の離宮で過ごすことが常だった。もちろん兄も一緒である。
「お生まれになったときは、レヴィウス様の方がお体が小さかったと記憶しておりますが、やはり男の子ですね。今はすっかり丈夫になられて」
私たちが生まれたときから仕えてくれている女官が庭を駆け回る兄を見て、しみじみとそう言っていたのは今年の夏のこと。
12歳の夏の終わり、避暑から王都へ戻る旅程で私は事故にあった。
橋を渡っていた馬車が突如襲ってきた大量の水に巻き込まれて河に投げ出されてしまった。
幸い兄はすぐに岸へ救助されたが、衝撃で気を失っていた私は握りしめる兄の手を握り返すことができず、ひとり流れにのまれてしまったのである。
かなり下流に流されていたが息がある状態で見つかったのはひとえに運がよかったのであろう。
馬車が揺れた後からのことはよく覚えていないので、兄を責める気などさらさらない。
どれだけ兄が必死に私を助けようとしていたのかは、今もうっすら手首に残る指の痕でよくわかる。
+++++
思い出したこと、つまりこの世界が前世の記憶にあるゲームと酷似しているということ。
乙女ゲームの割にRPG要素が多く、そこが気に入ってプレイしていた。
ライバルキャラはいても、悪役キャラはおらず、死亡や国外追放などの物騒なエンディングもないゆるめのゲームだった。
その代わりと言わんばかりの唯一のバッドエンドを初めて見たときのショックは大きかった。
二度と見たくないと思った。
その見たくないエンディングは私の大事な大事な兄がヒロインに攻略された場合に発生してしまうのである……。
「ラフィーネ様、そろそろお休みください」
必死に頭を整理していると女官の声が耳に届く。
「ねえ、この前、『生まれたときはお兄様の方が小さかった』って言っていたけれど私は元気な赤ちゃんだったの?」
私たちの誕生日はすなわち母の命日であり、周りの大人たちはあまりその頃の話をしてくれなかった。
生死の境をさまよった後だからなのか、普段は口の重い女官も私を満足させようと話してくれた。
「そうですね、レヴィウス様は医師がついておられましたが、ラフィーネ様は乳母からの乳を飲んでよくお休みになっておられましたよ」
「乳母って誰?」
女官や家庭教師に育てられたような私たちに母親代わりの人はいない。
「双子の出産ということでお妃さまの他に乳が出る女性をお召しになっておられました。ただあの日はひどい嵐になり、たしか王城まで来られたのはスプルース男爵夫人だったかと」
「初めて聞いたわ」
「乳母といっても本来は別な方にお願いする予定でしたので、その後は王宮に来られることはなかったのです」
「そう……」
口を閉じた私にほっとしたのか女官は一礼すると静かに下がっていった。
+++++
事故の後から私たち兄妹はそれまでのように何もかも一緒にはいられなくなった。
12歳ともなれば王子と王女では学ぶべきものが異なってくる頃であり、特に兄は自分を鍛えることを第一に考えるようになっていた。
そのカリキュラムに虚弱な私がついていけるはずもその必要もないため必然的に別々の時間が増えていく。
それでも兄からの愛情を疑うことなどなかった。
訓練先で見つけた小さな花を部屋にもってきてくれたり、私の体に良いかもしれないと学んだ薬を差し入れてくれたり、共に学ぶこともあるダンスの練習では誰よりも私を優しく丁寧にリードしてくれた。
騎士団の訓練に参加するようになっていた兄はどんどんたくましくなっていく。
かたや私は小柄のやせっぽちのまま。残念ながら事故以降はさらに虚弱になってしまった。
栄養不足とか持病など以前に体のつくりが脆弱なのだろう、王女として不自由のない生活をしててもこれなのだから。
そもそも私はゲームの中では存在しない。河に流された事故で死んでしまうから。
兄の過去が描かれるシーンでふれられる程度の存在なのである。
魔力を持つ者は15歳になると王立学園へ入学する。
そこで学ぶ3年間がゲームの舞台だ。
私はそこで兄がヒロインに攻略されないように全力で阻止しなければならない。
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入学式でそれとなくヒロインを探す。
貴族ではないはずだから目立たないかもしれないが、きっとまっすぐな金髪の少女だ。
私の猫っ毛な金髪とは違うさらさらでかつボリュームのあるきれいな髪をしているはず……。
いた。
かなり後方に座っているあの子だ。
肩口で切りそろえられた髪を揺らして、藍色の大きな瞳で新入生代表として壇上で挨拶している兄を見ていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
【アルティニア】
アルティニアが前世を思い出したのは、12歳の夏の終わり。
異常なほどの大雨で増水した河の水が家に押し寄せてきて、ずぶぬれで避難したのはいいが風邪をこじらせて高熱がなかなか引かなかった間のことである。
異世界転生して前世の知識を生かしてチートざんまいする。
なんてことをできるわけがない。
少々ゲームにハマっていただけの、ただの女子高生が現実で大改革なんてもたらせられるわけがない。
料理だってスーパーに並んでいる食材で作っていただけ。
生活環境改善だって上下水道の仕組みすらわかりはしない。電気はそもそもない。
だいたい魔法なんて物理的にも化学的にも説明できないものが存在するってわかった時点で『前世の知識でオトクに生きる』なんて考えることを投げだした。
考えることを止めて、受け入れて、めいっぱい楽しむことにした!
アルティニアにはそこそこの魔力があり、15歳になったら学園に入学しなければならない。
今はただの平民だが、生まれた頃は末端貴族の男爵家だったらしい。
生まれてしばらくして父親が亡くなり、継ぐべき男子もいないことから爵位を返上して平民になった。
在学中は学費も生活費も国庫の負担ということで、母親には寂しい思いをさせるが思う存分学べることにアルティニアは希望に満ちていた。
◇◆◇◆◇◆◇
この国の第三王子という人が壇上で新入生代表として挨拶している。
さらさらで艶のある黒髪と琥珀色の瞳は王族らしくとても印象に残る。
学び舎と名の付くところでやることは、現実でも魔法がある異世界でも一緒なのかと、アルティニアは安心するようながっかりするような気持ちのままその姿を眺めていた。
「MMOだったらよかったのに」
その日の終わり、付属の寮へ戻ろうとした帰り道、誰に聞かせるつもりもなくぽつりとつぶやく。
転生前はそこそこの廃ゲーマーで、費やした時間と効率と知識で自キャラを強くすることに夢中になっていた。
サーバーの中でしか得られなかったあの興奮を現実に体験できたらどんなに面白いだろう!
「剣と魔法はありますよ、ヒロインさん?」
振り返った先にいたのはふわふわした金髪の小柄な女の子だった。
「魔物もいたりするので、討伐する部隊も当然存在しているのですよ」
ふわりと笑った彼女の翠の瞳はとても嬉しそうだった。
◇◆◇◆◇◆◇
立ち話も不調法だからと寮の談話室に二人は移動した。
「乙女ゲームかぁ。しかもヒロインなんだ……」
アルティニアは話しかけてきた少女が「王女ラフィーネ」であることにまず驚き、さらに「転生者」であることについでのように驚いた。
王女様らしく少し離れているけれど確実に見える範囲に護衛と思われる女性騎士がいる。
しかしそんなことよりこの世界が乙女ゲームに酷似しており、おそらく自分がヒロインであるということの方がショックである。もちろんMMOではなかったという残念極まりない気持ちだ。
4人の男性相手に恋愛模様を繰りひろげるらしいが、はっきりいって興味がない。
アルティニアがそのことを正直に口にするとラフィーネは不思議そうに小首をかしげる。
「アルティニア様は男性陣を攻略したいと思いませんの?」
「まだそういうのはいいかなあ、それよりも現実ではできなかったことをしたいね!剣と魔法を学べるなんて最高よ!!」
「私はあまり丈夫ではないので剣は無理ですし、魔法もそれほど得意ではありませんが、アルティニア様は何でもできそうですわ」
ラフィーネのどこか懐かしいその笑顔を見ているとアルティニアもそんな気がしてくる。
「よしっ目標は最強女性魔導剣士に決定~~」
声高らかに宣言したアルティニアの隣で、ラフィーネはそっと詰めていた息を吐き出した。
※※※※※※※※※※
【レヴィウス】
妹の部屋から出て、ようやく自分が緊張していたことに気がついた。
目覚めないまま死んでしまうのではないかという不安からやっと解放され、安堵の息が漏れる。
「ラフィーーーー!!」
握りしめていた手の最後の指が細い手首から剥がされた瞬間、妹の小さな体は濁流に流された。
意識のない体はあっという間に遠くへ行ってしまう。
「ダメですっ!レヴィウス様!!」
自分を岸へ引き上げようとする護衛を振り切ってそのまま追いかけようとするが力ずくで止められる。
「離せっ、離せーー」
「ラフィーネ様は別働隊に捜索を任せ、ひとまずこの地域からの退去をっ」
文字通り体ごと引きずられてラフィから離れていったあのときの感情は忘れられない。
焦燥感、無力感、絶望感。
何よりも大切なものを、何ひとつできないまま失う恐怖。
奇跡的に生還した妹の翠色の瞳を、再び見れたことへの喜びを感じながら決意した。
守ることを。
二度と奪われぬことを。
決して離さぬことを。
※※※※※※
5歳の頃、同年代の貴族の子どもたちを集めた茶会があった。
王族たる自分たちの学友を選ぶためのものだったのだろう。
少し年上のような一人の少年がラフィに近づいて、挨拶のためかその手を取ろうとした。
その瞬間、叫んでいた。
「ふれるなっ」
ビクリと止まった少年の手をさえぎるようにラフィを引き寄せ抱きしめる。
「僕の妹だ!!誰も触るなっ」
周囲の大人も子どももあっけにとられる中、癇癪を起こし喚き散らした。
普段はあまり主張することのなかった自分が声を荒げてる事態に茶会はすぐに解散となった。
報告を聞いた父である国王は『まあ兄妹仲がよいのは悪いことではない』と特にとがめられることはなかった。
結局その後の同様な催しでも妹のそばを離れようとしない自分のせいか学友ができることはなかった。
今思うとあの瞬間に沸きあがった感情は『嫉妬』だ。
自分ではない男が妹のそばにいる。
それが許せなくて、我慢できなくて、誰にも見せるものかという激情が心を支配していた。
たぶんどこか壊れているのだろう。
実の妹であるラフィーネにこんな口にできない想いを抱いている自分は。
※※※※※※
事故の後からもっと自分を鍛えることにした。
どんな状況が来ても対応できるようにとあらゆることを学んだ。
幼いときに見せた感情の発露を、少なくとも表には出さないようにはできた。
狂おしいほどの愛を心の奥に押し込めて、周囲に悟られぬよう、必死に必死に。
訓練先で見つけた小さな花を受け取った指先を、どれだけきつく絡めたかったか。
体のためにと渡した自分でも不味いと思う薬を懸命に飲む唇を、どれだけきつく己が唇でふさいでしまいたかったか。
つたない足さばきで踊るその華奢な体を、どれだけきつく抱きしめたかったか。
もし『好きな人ができた』と言われたら、きっと相手を殺してしまうだろう。
いつか『兄様より愛する人がいます』と告げられたら、必ず相手を千々に引き裂いてしまうだろう。
何度でも、何人でも。
++++++++++
【ラフィーネ】
あのゲームは育成過程でヒロインが選ぶステータスによって攻略対象が変わっていく。
「剣」「魔法」「合成」をどのようなバランスで育てていくかそれによってイベント相手が変化する。
バランス型にするとレヴィウス王子ルート。
剣に特化するとガタンブ侯爵子息のデフォン騎士ルート。
魔法に特化するとエボニー公爵弟のアクベル魔道士ルート。
合成に特化すると王族のテトゥス錬金術士ルート。
誰とも結ばれないノーマルエンドはごく普通の平民として生きていくだけ。
いくらアルティニア本人が興味がないといっていても、恋愛ルートが始まらないという確約はない。
入学式の日の宣言通り、彼女の成績は優秀でステータスだけ見ていると確実に王子ルートになっている。
兄以外であるのなら誰と恋に落ちてもらっても構わないのだが……。
幸い兄もアルティニアも私を介して知り合いはしたものの、両者の間にそのような雰囲気は感じられない。
兄は初めて私にできた女友達を歓迎する以上の態度は見せないし、アルティニアも『王子様って感じだねぇ』と感心する程度である。
+++++
最終学年ともなると私とアルティニアの間には確かな友情が存在した。
彼女は剣や魔法の使い方が独創的でかつ戦闘センスも抜群だった。
私は自分の体のためにも合成に力をいれていろいろな薬を飲み続けた。
アルティニアや兄の協力もあり、やっと事故以前の体くらいには戻れた。
そそのかされて学園祭の模擬戦に二人で出場したことがある。
相手は攻略対象のデフォンとアクベル。
「公爵様プラス侯爵様 VS 王女様プラス平民。ピッタリの組み合わせじゃない!」
嬉々として双手に持った短剣を振り回しながら、二人に攻撃を仕掛ける。
私はアルティニアから教わった味方支援魔法や敵への弱体魔法を後方から飛ばす。
大して魔力を必要としない魔法だが、これまでは敵を攻撃することが魔法であると考えられていたため対応方法がない男二人は結果敗北したのである。
あの時は正直楽しかった。
負けた二人は悔しさを滲ませながらも、ちゃんとアルティニアを称賛していた。
負け犬の遠吠え的なことが起きないのはさすが攻略対象である。
「あまり危ないことをするんじゃないよ」
観戦に回っていた兄からお小言をもらってアルティニアと二人で顔を見合わせて笑った。
「レヴィウス様ならお一人でも妹君たちの相手にふさわしいのでは?」
合成の教師である攻略対象のテトゥス先生が、参戦しなかった兄をからかうように問いかけると、兄は私の頭を軽く叩きながら応えた。
「私はこれには絶対に勝てませんね」
「ふっ、相変わらず仲のよろしいことで」
親族でもあるテトゥス先生は幼かった私たちを思い出したのか、そっと目を細めていた。
+++++
卒業パーティーでエスコートされ、ダンスを踊ることでそれぞれの恋愛成就となる。
それが済めば私は兄に打ち明けるつもりだった。
自分が妹ではないことを。
アルティニア・スプルースという名の少女が本当の王女であることを。
+++++
二度と見たくないと思ったバッドエンディングのフラグは、オープニングの王子誕生のシーンで描かれる窓の外が晴れているか、嵐であるかその一点のみの違い。
あくまでランダムに発生するそのシーンが嵐だった場合、生まれたばかりの王女は取り換えられ、王子とヒロインは双子の兄妹であることを知らぬまま恋に落ちる。
恋に落ちて結ばれたのちに事実が発覚し、二人が驚愕の表情を浮かべているシーンで終わっていた。
取り換えたのは乳を与える予定で呼ばれていた男爵夫人、つまりアルティニアの育ての母であり、私の実の母。
王族の乳母としてふさわしいか身辺調査をされた女性たちが病にかかっていたり、激しい嵐に登城が叶わなかったりして、数日前に出産した娘とともに急きょ呼ばれた女性だった。
生んだばかりの我が子と乳を与えた王女を比較して、我が子のひ弱さをまざまざと感じてしまった夫人は王族という身分に目がくらんだ。
夫である男爵も病身で先が見えない不安から、我が子に生きて欲しいという欲に負けてしまったのである。
いつかの女官の言葉の通り、出産時男の子である兄の方が体が小さく目が離せない状態で、さらに母親も下の子を分娩後、かなり衰弱して現場は混乱していた。
悪条件がいくつも重なった結果の出来事だった。
『あとはプレイヤーの想像にお任せします』と制作側の丸投げエンディングは好きな人は好きだったのかもしれない。
しかしそれはゲームの中でのこと。
生まれてからずっと一緒だった人のことならばそんな結末は許せない。
私は何をしても兄を守りたかった。
兄が絶望するような未来は断じて近づけたくなかった。
だからアルティニアに近づいて、彼女と兄が恋に落ちないように画策していたのである。
わかっている。
本心は違う。
ただ取られたくないだけ。
私の、唯一の人を。
※※※※※※※※※※
【レヴィウス】
「莫迦だなぁ」
妹、いやラフィーネの話をすべて聞いて、咀嚼して、理解して出てきた言葉はこれだった。
卒業パーティーのあと、大事な話があると部屋に連れてこられ、人払いした後、つかえつかえ懸命に話していた。
「兄様……」
「ラフィは、ほんとに、莫迦だ」
二人掛けのソファに並んで座ったラフィーネの隣でうつむく。
「ずっと黙っててごめんなさい……」
一言一言かみしめるように呟くと、それが怒りのためと思ったのか涙声になっていた。
「そんなに信じられなかった?」
「違う!そんなことないっ」
「愛してるってあれだけ伝えていたのにずっと疑っていた?」
「疑ってなんかいないっ。でもここはゲームと同じような世界で、同じような人がいて、同じようなことが起きていて、そのままじゃ兄様は……」
尻すぼみになった言葉に顔を上げると、ラフィーネは大きな翠の瞳からボロボロと涙をこぼしている。
その涙さえもいとおしい。
小さな頭を引き寄せて、胸に押し付け、今までずっと必死にこらえてきた感情のまま動く。
「んっ」
細い指に自分の指をきつく絡め、やわらかな体を抱き寄せて、濡れた唇に唇を重ねる。
怒りなど感じるわけがない。
胸中を占めるものは、決して許されなかったことができる喜びしかなかった。
ずっと閉じ込めた言葉を解放するように、頬に流れた涙を掬い取りながら質問した。
願望通りの答えが返ってくることを半ば確信しながら。
「ラフィ、お前のしたいことだけを口にして?」
「私、私は…」
「うん」
「兄様が、違う、レヴィウスが好き。兄妹としてじゃなく愛して、愛されたい」
「よくできました」
今まで生きてきた中で最上であろう笑顔が自然とこぼれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
【アルティニア】
アルティニアが友人であり、転生者仲間でもあるラフィーネから真実を伝えられたのは卒業パーティーから数日後のことだった。
「本来あなたが王女として与えられるべき、愛情も境遇もすべて私が奪っていました。許してほしいとは言いません。ですがこれからはあなたの望む通りにしたいと思っています」
「望む通りって『私が王女よ』ってなっちゃってもいいわけ?」
「もちろん、それが本来の姿なのですから」
「ラフィーネはどうなるかわからないのに?」
「ええ」
アルティニアをまっすぐに見つめるラフィーネの表情には少しの迷いも感じられない。
そんな表情をじっと見て、アルティニアは苦笑を浮かべる。
3年間取り繕うことなく付き合ってきた王女には、自分の性格が読まれている気がしてならないから。
「ずるいね、ラフィーネは。私がそんなの欲しがらないってわかってて言ってるでしょ」
「ですが、国王陛下は間違いなくあなたの血のつながった父親ですし、兄妹もいます。会いたくはありませんか……?」
それまでの口調と異なり、おずおずと聞いてくるのは、彼女が兄である人をこの上なく愛しているからだろう。
そして彼もまたそうであることを知った。昨日届けられた直筆の手紙で。
その時、アルティニアは自分自身に問いかけ、そして思ったこと感じたことをラフィーネへの答えとして返した。
「血がつながっていることってそんなに重要? 私にはそんなことどうだっていいの。もし事実を知って私が不幸だったと同情する人がいたのなら」
3年前、入学式後に二人で話したときのようにアルティニアは声高らかに宣言した。
「私は胸を張って、堂々と、否定してやるから!」
「アルティニア……」
涙をこらえるためにくしゃりと歪んだラフィーネの顔をそっと両手で挟む。
模擬戦に出ようとそそのかした時のように、満面の笑顔でアルティニアは続けた。
「だからね、私は全面的にレヴィウス様の計画に協力するよ」
「え?」
◇◆◇◆◇◆◇
もともと虚弱体質であった第二王女の訃報がひっそりと流れた。
双子の兄である第三王子は悲嘆の末、王位継承権を放棄し、魔物の出没が多い辺境領域の守護を担うこととなった。
王都から離れた地域にあるアルティニアの実家に一人の男性が訪れる。
「迎えにきたよ、ラフィ」
「レヴィウス!!」
河に投げ出された時は掴むことのできなかった男の手を、今度はしっかりと握ると同じようにきつく握り返された。
初投稿の作品を、最後までお読みいただきありがとうございました。
誤字脱字報告、感謝いたします。