バレンタインデー
一年ぶりです。
流石に一話だけでも読み返してから読むのをオススメします。
「剣いる?」
陸軍の執務室。若き女性司令がなんの前触れもなく言った。
問われたのは同期で士官学校を出た副官の青年だった。
「私にはそれが伯爵家次期当主が持つ剣に見えます。貴女は男性にこの剣を送る意味を理解しておられますか?」
「そういう慣例もあるわね。でも、わたしはそういう古い慣習にとらわれないわ!」
副官は最初から何も期待してない風を装った。
「あなた、2月の中旬にイベントがあったのは知っている?」
「常識程度には存じております」
「そのイベントだけど……今年もあったのかしら?」
「一般的には」
「去年も?」
「たしか、二世紀ほど前にはあったかと」
「去年は無かったわよ。……私たち何をしていたかしら?」
「演習です」
「一昨年は?」
「演習です」
「それにしてもイベント自体を認識できないのは不覚だったわ」
昨年はまだ士官学校だった。
そういえば、副官の異名が鉄壁だったなと思い出す。何から何を守っていたのかは知らない。
「お父様がね、私に言うのよ」
「閣下はなんと?」
『お前、週末は何を贈ったんだい?』
「似てませんね」
「そこは、重要ではないの。お父様が言うには14日に贈り物をするべきだったというのよ」
「はい」
「それもね、一人だけに日頃の思いを込めて贈るらしいのよ」
司令が机の上に視線を向けた。
「剣いる?」
「それは、私を将来の伯爵にするという意味ではないのですね?」
「爵位がいい?」
「爵位だけなら興味ありません」
「私ね、どのくらいお世話になっているかよく考えたのよ」
「どうでした?」
「ゾッとしたわ! 厚顔無恥とは私のことね」
「世話を焼くのが苦労だけとはかぎりませんよ」
「それでも、限度というものがあるわよ。このままでは伯爵令嬢の名折れだわ」
司令はふんぞり返って宣言した。
「あなたの欲しい物を何でもあげるわ」
副官がぴたりと執務の手を止めた。
「何でもよろしいので?」
「ええ、伯爵家の総力をあげて叶えてあげる」
「こういう事は、お家の力ではなくご自分の出来る範囲で良いのですよ」
「私の?」
「ええ」
司令がうーんと考え込む。
副官はこのすきに執務をすすめた。
「あなた、私からの感謝がどれほどか理解してないわね。それはそれは凄いものよ」
「返しきれそうにないですか?」
「わたしを全部あげても足りないわ」
頑張れ、もうひといきだ。
「そうですね、リボンでも付けて頂ければ」
「良いわ。今ある戦力で最善を尽くすべきね。ちょっと待ってなさい」
*
司令は駐屯地内にある酒保(日用品や嗜好品の売店)にやってきた。
「リボンはあるかしら?」
「おや、ご令嬢ではありませんか」
酒保の担当者は宿敵ヴェッカー卿だった。
「卿、自ら売店の売り子をしておられるのか?」
「こうして、兵たちの嗜好を知るのも仕事のうちですよ。ところでリボンとは今頃になってバレンタインデーですか?」
「ええ、私が用意できる範囲で出来るだけのものを贈ろうと思ったのだ。リボンはあるだろうか? 2メートルほど必要なのだが」
ヴェッカー卿は青年将校の顔を思い出す。
彼だけは敵にまわすまいと誓っている。
ここは貸しを作っておくべきだと考えた。
「それはまた随分と沢山用意するのですね。よろしければ、結びましょうか?」
「え? こ、ここでか?」
「ええ、こう見えて器用なのです。サービスしますよ」
「いや、そういうのは誰にでも見せて良いものでは」
「どんな売れ残りでも綺麗にして差し上げますよ」
「う、売れ残り!? 売れ残りなのか!?」
「ご覧になられますか?」
ああ、我軍は酒保で人身売買をやっていたのか。
案ずるな、私がすべて買い取ってやる。売れ残り同士で一緒に帰ろう。などと決意する。
そして、ヴェッカー卿が脇に置かれたワゴンへと案内する。
「卿、これは何ですか?」
「は?」
「え?」
*
「もどった」
執務室に戻った司令は用意したものを後ろ手に隠しながら言う。
「待たせたな。準備をするから顔を伏せていろ」
「今、ここでですか?」
「ああ、借りはできるだけ早く返したい」
副官は素直に従った。
司令の命令にこれほど素直に従った事は無かったかも知れない。
「よし、良いぞ」
副官の机にはチョコレートが山積みになっていた。
「これはチョコレートですか?」
「ああ、私としたことがチョットした勘違いをしていてな。トンデモないことをしでかすところだった」
司令は顔を真っ赤にして言う。
そのセリフに作戦は成功目前であったはずだと副官は確信する。
「いやはや、教えてもらえて助かったよ」
「ほう、その親切な方はどなたですか?」
つづけ
キャラを思い出しながら書きました。
可愛そうな人まで思い出してしまいました、ごめんねヴェッカー。
ヴェッカー卿をお星さまで応援お願いします。