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ジキルとハイド症候群  作者: 怪木 一郎
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2章

次に僕が目を覚ましたとき、僕は高校生になっていた。

僕が通っていた中学校とは明らかに違う教室で、机をはさんだ向こう側には、初めて見る制服に身を包んだ先生が微笑んでいた。


あの日の先生よりも、少し大人びているけれど以前の面影をしっかり残している先生。よかった僕の居場所はまだ無くなってなんかいなかったんだ。心からの喜びと体に染み渡る安心感のせいか、思わず僕は「先生......」とつぶやいていた。

先生は若干頬を膨らませて、「その呼び方は恥ずかしいからもうやめてって言ったじゃない。」といってから、照れくさそうに笑った。

「そうだったね、ごめん」

僕は、あの日からの記憶がまったくないことをごまかすように口早に言った。


ふと僕の体を見れば、先生と同じ制服を着ていた。その制服には見覚えがあった。中学生の時先生が第一志望にしていた学校の制服だったから。先生の成績だったら余裕だったけれど、僕にはちょっと手が届きそうになかったはずだった。多分僕は、先生と同じ高校に行きたくて頑張って勉強したのだろう。そんな気がした。


教室には僕と先生以外誰もいなかった。二人が挟んでいる机の上には教科書やノートがある。高校生になっても僕は先生に頼りっきりで勉強を教えてもらっているのかと思うと少し呆れた。だけどそんなことはどうでも良かった。長い間、僕にとっては一瞬だったけれど、それでも先生と会えなかったから長い間で間違いない。その大きなブランクを埋め尽くすように先生を見つめていた。先生の笑顔は僕の心の中の深い闇を取り払ってくれる気がした。


僕の記憶にいる先生よりも、雰囲気は違うけれど、その中にまだ残っているあどけなさを見つけて僕は嬉しくなった。僕はきっと、失ったものを取り返すように一生懸命に先生を見つめていたのだと思う。僕の視線に気づいた先生は、恥ずかしげな様子で顔をすこしだけそらした。


しばらくして先生が再び顔を上げたとき、僕は懲りずに先生を見続けていたから、また目があった。僕と先生はお互いに見つめ合って、照れを隠すように笑った。もし、その様子を教室の外から誰かが見ていたなら、こんなところで惚気けやがってと呆れていたかもしれない。そして次の日にはクラス中に広まっていて、僕と先生は冷やかしの目線に耐えなければならなかっただろう。


二人の間にしばらく沈黙が流れた。雰囲気に飲まれて二人の距離は少しずつ縮まっていった。僕の眼界に先生の姿以外が映らなくなったとき、ふと先生が目を閉じた。僕は少し唇を尖らせて、先生と僕の唇がもう少しで触れそうになった瞬間だった。またあのときと同じだった。思考にモヤがかかり意識が現実から逃げるように遠ざかっていく。僕はまたあの真っ暗な世界に落とされようとしていた。


なんてこった、今度こそ僕の居場所を手に入れられたと思ったのに。せめて最後にキスの感触だけは僕のものだと精一杯あがいた。朦朧とする意識の中でかすかに先生の唇の感触がした気がした。これから闇の中に沈んでいこうともこの感触だけは忘れまいと心に決めた。僕が覚悟を決めながら闇の底に向かっていっているとき、僕の代わりに何かが闇の中から光の差し込む方へ昇っていく気がした。


それは明らかに僕以外の存在だった。たしかに不思議なことだった。あの日から今まで僕と先生はどのように過ごしてきたのだろうか。そしていま僕がいなくなったあと僕と先生の関係はどうなってしまうのだろうか。僕の居場所はなくなってしまうのだろうかと。湧き上がってきた数々の疑問の答えを導き出す日まもなく僕の意識はそこで途絶えた。

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