七、海のデート
僕と律子は、吹奏楽団の練習の後、いつも一緒にライブハウスに行った。それが、僕と律子のデートの定番だった。
うわさ通り、律子のレッスンスケジュールは一週間を通してビッチリだった。だから、精々それくらいの時間しか、律子の都合が付かなかったのだ。
いつも、僕と律子のつながりは音楽だった。ライブハウスで演奏して、時には律子との連弾をしたりした。マスターとのおしゃべりも楽しかった。音楽談義に花が咲いた。
それだけでも十分に満足だったけれど、でも、それだけじゃ、何か物足りない……。
ある日曜日の朝、律子から電話が掛かってきた。
「今日はいい天気ね」
「うん、そうだね」
「暑くなりそうかな?」
「たぶん」
「日焼けしちゃうくらい?」
「昼から雷だって予報だよ」
「えー、雷なの?」
「律子は雷、ダメなんだ」
「そう、怖いよ」
僕は、要領を得ない律子の喋りが気になった。そして僕はあることに気が付いて、律子に語りかけた。
「ねぇ、律子。もしかして今日は一日、空いてる?」
しばらくの沈黙の後、律子は小さな声で行った。
「……うん」
僕は、ニヤリとしながら携帯電話を右から左へ持ち替えた。
「じゃ、これから海に行こうよ」
律子は、動揺していた。しかしそれが嫌な動揺ではないことは律子の声から分かった。
「え、急にそんなこと、言われても……」
僕は、尚も食い下がった。
「海に行くだけだよ。泳ぐ訳じゃないんだし」
いつもなら答えるのに時間の掛かるのだが、今日の律子は答えるまでが早かった。
「分かったわ。行くわ」
僕は、待ち合わせの時間と場所を告げて、電話を切った。
僕が待ち合わせ場所である、駅のロータリーに着いたのは、待ち合わせ時間を五分過ぎていた。律子は既にロータリーで待っていた。律子は、僕を見つけると手を振りながら走り寄ってきた。
「ごめんね、遅くなっちゃって」
僕は、遅れてきた非を詫びた。律子は笑顔で答えてくれた。
「大丈夫よ、私も今来たところだから」
水色のフレアスカートに、白いノースリーブのキャミソールの上にレースのボレロを羽織ったその腕は、日焼けで少し赤くなっていた。
僕と律子は、電車に乗って海へ出掛けた。
「律子と音楽の絡みなしでデートするのは初めてだね」
僕がそう言うと、律子は照れた。
「私、こんな風に男の人とどこかへ行くのは初めてかも」
僕はちょっとビックリした。
「えー、そうなんだ。いつものライブハウスは? あれは違う?」
「だって、あれは、あの、そのー……」
律子は顔を真っ赤にして、シドロモドロだった。
「ごめん、ごめん。いじめてる訳じゃないんだよ」
僕は律子を困惑から助け出そうとした。
「律子は純粋なんだなーって、そう思ったのさ」
律子はプイと横を向いて知らん顔をしていた。
駅から海岸までは、少し距離があった。僕と律子は、お土産屋をチラリチラリと覗きながら、海岸までの道を急いだ。
白い砂浜と、青い海が、そこに開けていた。
律子は日に焼けないようにと、お土産屋で買った可愛い花の付いた麦藁帽子をかぶって、砂浜を駆け出した。僕は、律子の後を追って走り出した。
風で麦藁帽子が飛ばされそうになって、頭を押さえて立ち止まった律子に、僕は律子の後ろから腰に手を回して、律子を抱きしめた。
「つーかまえた」
僕が無邪気そうにそう言うと、律子は恥ずかしそうにした。
「いやん、止めて」
律子にそう言われた瞬間に、僕も急に律子を意識した。そして、律子を抱きしめていた手を緩めた。
「あ、ごめん」
二人は急に照れ始めた。
でも、僕は一旦緩めた手を、もう一度律子の腰に回して抱きしめた。そして、僕は呟いた。
「好きだよ、律子」
そういった途端に、律子の強張らせていた身体の力が抜け、僕の腕に手を重ねた。そして小さな声で律子は呟いた。
「私も、好き」
しばらく、僕と律子はそのままでいた。
やがて、律子がうめき声を上げた。
「駿平、苦しい。息ができないわ」
知らないうちに、律子を抱きしめる僕の腕の力が強くなっていたようだった。
「あ、ごめん」
僕は慌てて、自分の手を解いた。
律子は、ほっと溜息をついて僕の顔を見た。
「もう、ビックリしちゃった。死ぬかと思ったわ」
そう言いながら、律子の顔から笑顔が絶えなかった。そして、律子は僕の首筋に抱き付いてきた。
そして、僕の頬に軽くキスをした。
「嬉しいわ」
そう言うと、律子は手を振り解いて、また浜辺を走り出した。
走り出す律子を見ながらキスされた頬に手を当ててボーっとしていたが、ふと我に返って、僕はまた、律子の後を追った。
「待てよー」
僕がそう言いながら追い掛けると、律子は笑いながら僕に言った。
「駿平、いつも一緒に居てね」
僕は、大きくうなずいた。




