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二十、演奏会

「開幕まで、あと十分でーす。楽団員は楽器を持って舞台袖に移動してくださーい」

 コンサートマネージャーの声が控え室に飛んだ。

 市民吹奏楽団は、定期演奏会の日を迎えた。

 その定期演奏会の開演を前にして、市民文化センター・大ホールの控え室は緊張に包まれていた。

 舞台袖までの移動途中で、律子は僕に話し掛けてきた。

 律子が不安げな顔をして言った。

「やっぱり、緊張するわね」

 僕は誇らしげに切り返した。

「そうかな? この服を着たら、ビシッとしたけど」

 僕はユニフォームに着替えたら、気持ちが引き締まった。黒のスラックスに白のサテンのシャツ、

そして紺色のブレザーが楽団のユニフォームだった。

「律子こそ、コンクールで慣れてるんじゃないの?」

 僕の言葉に、律子は首を横に振った。

「ううん、全然。いつも、いつも、緊張の連続よ」

 よく見ると、律子の右手が震えていた。

 僕は、律子の肩をつかんだ。

 律子は、つかまれた拍子にビックリした表情で、僕の顔をジッと見つめた。

「大丈夫さ。律子なら」

 僕は、そう言って律子にグッジョブサインを出した。

 それを見て、律子はニッコリと笑った。

「今日、お母さんは?」

 僕は律子に聞いた。律子の答えは予想通りだった。

「今日を楽しみにしてたから、きっと来てるわ」

 僕は、更に聞いた。

「お父さんは来ないよね?」

 律子は引きつった顔をして言った。

「えぇ、たぶん来ないと思うわ」

「駿平の方はどうなの?」

 律子が聞き返してきた。

「両親は来るって。それに師匠も誘った」

 律子はちょっとビックリしたようだった。

「え? 師匠さん、来てくれるの?」

 僕はスマイルで答えた。

「うん。両親が挨拶したいからって、無理やり来てくれって頼んだんだ」

「来るかどうかは五分五分だけどね」

 舞台袖に来たところで、マネージャーの声が飛んだ。

「パートごとに整列してください」

 僕と律子は小さく手を振って整列した。

「舞台に入りまーす」

 マネージャーの声と共に、列が動き始めた。

 律子は、舞台下手の最前列、指揮者の前の席で、僕は後段の真ん中の席だ。

 共にファーストでパートリーダーなので、中央寄りの席である。

 律子の位置からだと、指揮者で客席が見辛いが、僕の位置だと、広範囲の客席が見渡せた。

 演奏の合間のMCの時に、客席をチェックした。

 律子の母親、奈津子は律子がよく見える位置、下手の前の方の席に座っていた。

 僕の両親は、中央で通路の少し上だった。

 師匠の姿を探したのだが、なかなか見付からない。

 もう来ないと諦めかけた第二部の二曲目の時、下手の一番後ろの席に座っているのが確認できた。


 アンコールも滞りなく終わって、客出しとなった。

 楽団員は、ロビーのコンコースに並んで、お客さんを見送りつつ、自分達のお客さんに挨拶をした。

 律子の母親と僕の両親がすぐにやってきた。

「律子、よかったわぁ」

 そう言って母親の奈津子が花束を渡してくれた。

「わぁ、キレイ! ありがとう」

 律子は、僕の両親からも花束を受け取っていた。

 僕は、キョロキョロして師匠を探した。師匠は、客出しの渋滞に巻き込まれていた。

「師匠ーっ!」

 僕がそう叫んで手を振ると、師匠は僕を見つけて寄ってきた。そして、両親に挨拶をした。

 その時だった。

 律子の母親、奈津子が師匠である藤巻の腕をつかんだ。

 藤巻はビクッとして奈津子の顔を見た。

 奈津子の目からは涙がこぼれていた。

「要一さん!」

 かすれた声で、奈津子はそう叫んだ。

 藤巻は、こうなることを悟っていたようだった。

 奈津子に丁寧に挨拶した。

「お久しぶりです。ご無沙汰しておりました」

 そう言って、藤巻は深々と頭を下げた。

 奈津子は、ハンカチを口に当てて、一言を搾り出すのが精一杯だった。

「ぁ、ぁ、あ、逢いたかったわ」

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