十八、嫉妬
僕は軽く音出しをして楽曲をさらった。
さすがに、僕の欲しがっていたシルキーのB五だ。いい感じの吹奏感だが、金メッキは伊達じゃない。響かせるのは難しかった。
だが、真理は何処で聞いたのだろう。マウスピースは、バックの3Cだった。僕がいつも愛用しているマウスピースだ。しかもインナーGPタイプである。
トランペットやマウスピースには違和感はなかったが、いろんなことで合点がいかないことが多すぎる。どうして僕の欲しがっているトランペット、そしてマウスピースのタイプを知っていたんだ?
僕がこの状況のついて考え込んでいたら、真理はピアノの前に座って手招きしていた。
僕は楽譜をわし掴みにすると、ステージへ向った。
真理とのセッションが始まった。セッションと言ってもアドリブはない。楽譜もコードだけが書かれている訳じゃなかった。だが、雨宮健一らしく、ちょっと工夫があった。
一曲のつもりだったが、お客さんのリクエストで、もう一曲だけ演奏した。
何しろ、全くの初見の楽譜である。上手く吹けってのが無理に近いのだ。なんとかごまかしながらの演奏だった。演奏が終わった時にはもうヘトヘトだった。
カウンター席に戻ると、律子が拍手と笑顔で僕を迎えてくれた。
「ブラボー。素敵だったわ」
僕は、律子に笑顔を返した。それから、マスターも声を掛けてくれた。
「駿平のペット、なかなかいいじゃないか」
マスターは、超ご機嫌でニヤニヤしていた。
「今度は、俺のベースとセッションだぞ」
僕は、マスターにグッジョブサインを出した。真理がステージから慌てて駆けて来て僕をハグした。
「駿平、最高だわ! いい音、響かせてくれたわね。ホントに良かった」
真理の目の色は、先程とは違っていた。感動にあふれている感じだった。
「あたし、駿平が気に入ったわ。今度はちゃんと練習してやりましょうよ」
そう言って真理は、僕の手をぎゅっと握ってきた。
「ね? 決まりね。連絡手段は、っと……」
真理は、僕の携帯電話を取り出させて自分の番号を入力した。着信状態にさせてから電話を切った。
「これで、OKね。じゃあ、ペットは駿平が管理してよね」
そう言い終わると、真理は楽譜を片付けた。
「あたしはこれで失礼するわ。また連絡するわね」
そう言って、真理は店を出て行った。
真理は一陣の風の如く、強引であっという間に去って行った。
僕はポカンと突っ立っていただけだった。
「……って、駿平ったら!」
律子が声を掛けてくれた時に我に帰った。
「あ、あぁ、ごめん」
律子は、かなり不機嫌で怒っていた。
「何なのよ、あの人!」
「ちょっと、駿平に馴れ馴れしいわ」
「一体、どーゆー関係?」
僕は答えに窮した。
「えっと、あの、どう言ったら……」
シドロモドロな僕に、マスターが助け舟を出してくれた。
「律子ちゃん、ごめんね。駿平とは何の関係もないんだよ」
「うちの店でピアノを弾いてくれるんだ、あの人」
「それで、駿平を紹介しただけなんだ。それだけなんだよ、ホントだよ」
それでも、律子は僕を藪睨みした。
「ホントォ?」
僕は真顔で答えた。
「ホントです、マスターの言う通りです」
僕は上目遣いに律子の顔を覗いた。
律子はまだ、ふくれていた。
「律子ぉ・・・」
僕がそう言うと、律子はじろりと睨んだ。
「なによっ!」
僕は恐る恐る言った。
「ひょっとして、嫉妬?」
律子の顔が急に真っ赤になって、僕の背中や肩をパンパンパンと叩いた。
「ち、違うわよっ! もぉー!」
そこへマスターが、コーラを二つ持ってきた。
「はい、はい、そこのお熱いお二人さん。これ飲んで、頭冷やしてね」
そう言い残して、マスターは去っていた。
僕と律子は、顔を見合わせてプッと吹いた。
そして、二人でコーラで乾杯した。