十三、共有
「最近、おかしいわ」
僕は、律子の言葉で我に返った。
そして律子に聞き返した。
「え? 何がおかしいって?」
律子は溜息を吐いて、肩を落とした。
「それをおかしいって言ってるの」
律子はそう言って、溶けかかったソフトクリームをペロリとなめた。
駿平と律子は、日曜日に時々デートをするようになった。
映画を見たり、ファミレスでだべったり、他愛もないデートだったが、それでも律子にとっては目新しく、楽しいひとときだった。
普通の若者が普通にデートする。今までの律子には、そんな時間は許されていなかった。
律子と駿平との仲は、母親の雨宮奈津子はもちろん、父親の雨宮健一さえも黙認していた。
律子は、駿平といるのが楽しかった。
駿平と一緒にいる時は心が和んだ。
律子は、駿平といる時間を大切にしたかった。
だがら、余計に駿平の元気がないことに、律子は心を痛めていた。
「ちゃんと話して。とっても気になるの」
そう言って律子は、僕の顔を覗き込んだ。
ふと見ると、律子の持っているソフトクリームが溶けて、律子の指の上を流れ落ちていた。
「律子、アイスが!」
僕がそう言うと、律子は慌てティッシュで手を拭った。
「あらら! ずいぶん溶けちゃってたのね」
律子は照れ隠しにニコリと笑った。
ソフトクリームが溶けて、手に掛かっていることに気付かない程、僕を見つめていたのだ。
僕は、律子がそこまで心配しているとは思っていなかった。
「解ったよ」
「話すよ、律子にはちゃんと話すよ」
僕はボツボツと話し始めた。
ピアノはハノンからやり直していること。
師匠の藤巻要一に雨宮家には近づくなと言われたこと。
でも、律子と会わないなんて考えられないこと。
板挟みでどうしていいのか、判らないこと。
駿平は律子に、思い悩んでいることを素直に話した。
「そうだったの」
律子は、宙を見ながら考え込むように言った。
「お師匠さん、どうしちゃったのかしら? 私の父や母と、何か関係しているのかしら?」
僕は、律子を見ながら言った。
「そこがよく判らないんだよ。何か、思い当たることはないかな?」
律子は、右手を顎に当てて考え込んだ。
「うーん、分かんないわ」
「というより、父と母の昔のことは訊いたことがないの」
僕はちょっと肩を落とした。
「そっか……」
問題は、すぐに解決しそうではなかったが、駿平は律子に話をして、少し楽になった。
律子が居てくれてよかったと思った。
駿平は更に律子が愛しくなった。
そして、駿平が正直に話してくれたことが律子には嬉しかった。
だが、自分の父親と母親が関与しているとは、思いもよらなかった。
二人は、問題を共有したことで、幸福感を味わっていた。