十二、悩み
「どうしたの? 元気ないわよ」
律子が心配そうに、声を掛けてくれたのだった。
吹奏楽団の練習日。それは、律子と会う日でもあるのだ。
いつもと変わらない、同じ練習をしているのだが、どうしても練習に身が入らなかった。だから、冴えないトランペットの音をさせて、コンダクターに注意されたのだ。
もっとも、注意されるのは日常茶飯事なのだが、今日は何度指摘されても僕が直せなかったのだ。
「あぁ、大丈夫だよ」
僕はそう答えながらも溜息を付いた。その様子を見て、律子の笑顔が曇った。
「大丈夫には見えないわ。全然、駿クンらしくないよ、それって」
僕は精一杯の笑顔で取り繕った。
「そうかな? 調子の悪い時もあるよ、僕だってさ」
そう言いながらも、僕の肩はガックリしていた。
律子の励ましに応えられない僕を見て、ホルンの奴がすかさず突っ込んできた。
「おやおや、もうケンカですか?」
ホルンのヤツは律子の顔を見た。
「いつもは仲の良いお二人さんなのにぃ」
そしてホルンのヤツは、また僕の顔を見た。
「穏やかじゃありませんねー。恋人が心配そうにしてますよぉ」
そう言われて、律子は頬をピンクに染めた。
このアマチュアの吹奏楽団の中では、既に駿平と律子の仲は公認となっているのだった。
律子は美しいクラリネットを響かせるようになり、時々ソロを演奏するようになった。
駿平もハイトーンがキレイに伸びるようになり、超ハイトーンが出そうな程に成長が著しかった。
だが、今日の駿平の音は冴えていなかった。超ハイトーンなど望むべくもない姿だった。
駿平には理由が分かっていた。師匠「藤巻要一」の言葉である。
『雨宮には近づくな!』
それが駿平の心に影を落としていたのだ。
だが、そんなことを律子には言えないし、駿平には言うつもりすら無いのだ。
駿平は律子のことが好きなのだから。
律子の笑顔が自分に向いていることが、一番嬉しいし、楽しいことなのだ。それを手放したくない。 駿平の想いはその一念だった。
「大丈夫だよ」
僕は開き直って、笑顔を見せた。
だが、ホルンの奴がまだ突っ込んできた。
「旦那ぁ、ホントに大丈夫っすか?」
僕は精一杯の笑顔を見せた。
それでも、律子は心配そうだった。
律子にそんな、心配顔をさせたくない。そう思ったら、心の底から力が出てきた。
「律子、大丈夫だよ。心配させてゴメン」
僕は、いつもの僕に戻った気がした。
律子は、そんな僕を見て軽くうなずいた。
「おぅ、駿平。さっきとは全然違うなー。やれば出来るじゃないか」
コンダクターがそう言って、僕に声を掛けた。
僕はコンダクターにグッジョブサインを出した。そして、律子の方を見た。
律子はこちらを見て、ニッコリと笑ってくれた。
その笑顔をいつまでも僕に。