プロローグ
バケツをひっくり返したような雨が降るなか、山奥の洋館が稲光でその姿を現す。煉瓦造りの建物は、蔦が絡みついている。
雷が轟くなか、居間の蝋燭に灯が灯された。
ほのかに明るくなった室内に、髪をリボンで二つに結んだ女が足を組んで座っている。イラついた様子で、足を細かく揺すっている。きちんと手入れされた爪は赤く塗られ、髪の先をいじっている。
「ちょっと、いつまで待たせるわけ。」
横に待機している従業員に、怒ったように問う。
「申し訳ありません。あとお三方いらっしゃられるので、もう少々お待ちください。」
丁寧な様子で応答する男は、深々も頭を下げる。その様子に女は仕方なしに口を閉じた。それを確認してから、男は顔をあげた。
「失礼します。」
三回のノックの後、メイド姿の女が重厚そうな扉をゆっくり開けた。その後ろには、四角い眼鏡をかけた男が楽しそうに部屋の内装を眺めている。首をくるくると動かしながら、ふと一つの絵画に目を止めた。
「ねえ。」
すぐ前にいたメイドの肩を叩き、勢いよく絵を指差す。
「あの絵は誰が描いたの?」
「あちらはここの家主のお嬢様が描かれたものです。」
その絵は少女が優しげな笑顔を浮かべている。
ふーん、と声をあげて、ようやくソファに座っている女に目を向けた。
「はじめまして、お嬢さん!」
にこやかな声で、手を差し出す。女はふん、と鼻をならし顔を背けた。男は気にした様子もなく手を下げた。
男はもう一度家捜しを続けることにしたのか、ふらふらと部屋を徘徊する。最初に興味を示した絵の下にある暖炉の前にしゃがみこむと、しきりに中を覗き込んでいる。女は変な男を見る目で、その様子を見つめる。
「うーん。立派だ。よく掃除されている。」
グリンと首を動かし、先程案内されたメイドに大変ですか?ときく。メイドは戸惑ったように首を横にふる。そうですかー、とまた気にせず視線をもとに戻した。
女は変なものを見てしまったと目を伏せた。そのまま鞄の中から煙草を出すと、ジッポを点火させ煙を吐き出した。
二本目に手を出そうとした瞬間、がちゃりと扉が開いた。男はおもむろにそちらに顔を向けた。女は激しく肩を驚かせ、目だけを動かした。
そこには、ウサギの被り物を被ったワイシャツ姿の男が、困ったように立っていた。
「お手洗いの場所はわかりましたか。」
部屋にずっといた従業員の男が、立ちすくむ男にきく。ウサギは頭を押さえながら、首を縦に動かした。その様子に良かったですと言いながら、従業員はウサギに部屋に入るように促した。
「いや、何でウサギなのよ!」
「その前になんでキグルミを着ているのか聞きたいよね。」
ウサギは女が座る向かいのソファに座った途端の質問攻めに、困ったように顔を動かした。
「それで、なんで、ウサギなの!」
女は焦れったそうに顔を歪めた。ウサギは焦ったようにそばにあった鞄をあさり、中からスケッチブックとマジックを出した。きゅっきゅっと音を出しながら、勢いよくなにかを書いていく。
「なになに。えーと、趣味なのかー。」
眼鏡の男が内容を読み上げ、頭を掻いた。
「また変な奴が増えたわ…。」
嫌そうに煙草をくわえ、煙を吐いた。二本目ももう無くなりそうだ。
「いや、君もなかなかだよ?」
「私のどこがよ!」
ウサギのそばに移動した眼鏡の男に向かい、食いぎみに噛みついた。
「仮に俺と、この人が変人だとしよう。ここに呼び出されたのは二人に共通することだろう。ということは、同じように呼び出された君も、きっと同類だ。」
指をならし、どうだと言わんばかりに女を見る。女はふざけるなと言わんばかりに、眼鏡の男の首に手を伸ばし、首もとの服をぐいっと引っ張った。まるでヤンキーと言わんばかりのその行動に、ウサギは慌てて二人の間に入る。眼鏡の男はそれほど怖がった様子もなく、楽しそうだ。
「それにしても、やまないねー。」
眼鏡の男は、女から視線を反らし窓へ移動させる。カーテンの開いたそこは、ばしゃばしゃと雨が打ち付けている。
「話反らしてんじゃないわよ!」
女がさらに力をこめ、ウサギが一生懸命その手を外そうとする。その瞬間、どかんと空が明るくなり、地面が上下に振動した。
「今のは近かったね。」
「なによ!驚かさないでよ!」
「…!…っ!」
軽くパニックになった女とウサギをおいてけぼりにして、楽しそうに口笛を吹く。
その時、こんこんこんと扉が叩かれる。
三人が驚いたように顔を扉に向ける。
ぎいと、低い音を鳴らしながら扉が開く。
「こんちにはーーー!さっちゃんって呼んでー!!」
ショートカットの女―さっちゃん―が片手をあげて部屋に一歩足を踏み入れた瞬間、三人の背後で大きな雷が落ちた。
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