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灰色のコウノトリ  作者: 小鳥遊 君
第一章 3つの世界
9/10

1-8 「村長の息子」

間が空いてしまったため、明日もこの時間に投稿したいと思います!どうかよろしくお願いします!

 ヒバリの瞳に写った景色はとても幻想的で、集落とされる街並みは崖の程よい傾斜を利用した石造りのものだった。


 そしてまた思うのだ、なんて美しい光景なのかと。

 数一○○年前に見られたとされる大きな建物こそ存在しなかったが、親近感の湧く石造りの建物が建ち並び、その中には木やレンガを使った見た限り特別そうな建物も幾つか崖の頂上──町で言うところの最奥──的な所にあるのが見て取れた。


 その隣には汚染ひとつない綺麗な小川が流れ子供が水遊びを、傾斜を登るために作られたであろう整地された大きな中央を通る道にはぽつぽつと並ぶ出店が。これもまた平和と言わざるを得ない雰囲気を醸し出していた。


 こんなにも荒れた世界の中で、見積もって平和と呼べる雰囲気を晒し、暗い面持ちなど見た限りないこの光景を見てしまうと世界が一度滅亡したこと自体が偽りであるかのように思える。


 長い間地の中にいた自分では理解の容量を果てしなく超えているが、これが現実なのだ。


 世界は暗くなる一方ではないと、今の光景が教えてくれた。

 いい感じに太陽の光に照らされた町は、それもまた相まって幻想的と言えた。


 自分の考えでは、この世界に人がいて町があれど一度滅びたのは事実、この町に住む人間など見える限りだけであって大空洞(だいくうどう)に比べれば全然。と思っていたけど、どうやら自分が予想していた人数の一○倍以上の人数はいるようだ。もしかしたらクルベラ村よりも多いなんてこともあったりするかもしれない。


 そんな驚きと感動が交差して数秒呼吸するのさえ忘れる。

 体は固まるも目だけはしっかり役目を果たしその光景を必死に記憶に刻む。


 やはり先にあの無残な光景を先に見てしまったのがポイントとなっているのだろう。

 比べるのも申し訳なるくらいにあの光景といま目の前にしている光景の大差が激しい。記憶に刻まれた余分な光景を今の光景が上書きを始めて強制的に忘れさせようとしていた。


 嫌なことや気分を害する記憶は、忘れるのが一番だ。そう言わんばかりに都合よくあの光景にモヤがかかっていく。


「おお〜! これがジムさんの町なのかー!!」


 感動で固まっているヒバリを横にソレラが並ぶ。

 今まで見たことの無い光景に感銘を受けているヒバリとは異なり脊髄反射で言葉を添える。


 後ろから来たソレラに気づくと、固まっていた体も糸から開放された人形のように自由となった。


「ああ⋯⋯俺の、自慢だ」


 常時鉄のような表情だけだと思っていたジムも少しは柔らかい表情が出来るらしい。

 少し微笑むように得意げに二人に続いて大きな町を見つめる。


 まだ森を抜けただけであって町まではまだ距離がある。そのため全体が見渡せると言うわけだ。

 と言ってもあと数分後には町の入口にはついている距離、ここで立ち止まって感想を述べるには気が早い気がする。


 その一言にあわせ、ひとつ特に意味もなく軽く息を吐くと足を動かした。


「行くぞ⋯⋯あと、少しだ」


 先に歩いたジムに続きソレラ、ヒバリと順に早足で向かう。

 離れて見える村へ、体は動いても目が離れることはなく呆然と見つめ歩く。


 数一○歩進んだ矢先、ジムが歩く速度を緩めていった。些か疑問に思ったソレラだが何も言うことが見つからずただ見つめる。


 しかしソレラの行動は正しかったようで、その動作に伴い第一声を放ってきた。


「話は後で──と言ったがこれだけは伝えておかなければならない」


「⋯⋯?」


 その一声には村へ意識が向いていたヒバリも気づき、顔を向けると僅かに首を傾げる。


「これから村へ着いたらお前らは、地底人(モグラ)でも⋯⋯天使(てんし)でも無く『エデンの迷子』だ」


 鉄仮面な表情がより増して真面目な面持ちへと変わっていることに二人は気づいた。


(天使ってソレラのこと? )


 ソレラ達コウノトリに住む人を総称して『天使』と呼ばれているのだろう。


 ジムより会うのが早かったはずのヒバリですら知らない情報を知っていることに内心驚く。


(⋯⋯その事をもしソレラが教えていたとしても──私はディアさんの前で大空洞のことを話したことなんて、ないはず)


 そして伝えていない情報を持っていることに驚き、余分な不審が生まれてしまった。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 あまりの情報量に簡単な内容を忘れてしまい黙り込む。

 足は動き続け目だけはジムの背を見るが口だけは動かなかった。


 この世界に大空洞にあったフィヌアの神器、世界そのものが描かれた『世界書』があるとも思えない。どうしてその事を知っているのか、疑問が浮かび気づかれない程度に表情が強ばる。


「どうかしたか⋯⋯?」


 一番の博識であろうヒバリの反応がないことに疑問を覚え、首を横に向け視線を送った。


 その視線にどう答えればいいのかわからなくなる。疑問を口にするべきなのか、内容は覚えてないにしろ首だけでも縦に動かし応答するべきか。


 あたふたと視線を泳がすヒバリ。するとそれに変わりソレラが答えた。


「どうしてそのえでんの迷子? にソレラたちはならなきゃいけないの?」


 能天気な声で問うてきたソレラにジムの意識は向いたようで、視線が離れたのを感じる。


「なんでか、というのはまた着いてから詳しく説明しよう⋯⋯。たがこれだけは覚えておけ、"お前達がこの世界で平和に暮らすためにはそうしないといけない"ことを」


 低い声を自在に操り言葉一つ一つを耳まで響き渡らせる。


「私たちが、平和にくらす⋯⋯ため⋯⋯」


 その一言だけで、様々な理由が汲み取れた。

 私たち地上の住人ではない者は、ここの人達にとって害のあるものなのかもしれない。

 コウノトリや大空洞のような異端な世界で暮らす者を、私と同じようにここの世界の住人は忌み嫌っているのかもしれない。


 負の理由がぽこぽこと浮かんでは直ぐに消える。

 理由がどうであれ、どの道ジムの言い方では良い方面として受け取ることは出来ないし、ここは素直に頷くしかないのだ。


「ああ⋯⋯わかってくれるか?」


 納得しているような、していないような。

 曖昧な思考で簡潔にまとめると視線を下へ向け肯定の合図として首を縦に振った。


「うん⋯⋯わかっ、た」


「リョーかいっしましたー!」


 最終的に理解してくれた二人に呼吸と共に安堵の息を吐く。


「それでいい⋯⋯。──お前ら、これが新しい世界だ」


 話ながらも、足は動いていた。

 その所為か長いと思っていた道のりもあっという間に過ぎて行き、もう目の前は村の入口であろう場所にまで着いていた。それに気づいた三人は足を止めると、再び目にした村の光景と記憶にあった遠目からの光景を比較する。


「わあ〜! 遠くからでも大きいって思ってたけど近くで見るともの凄い迫力なんじゃーー!!」


 無駄に元気のある声を入口前で響かせる。


(やっぱり、綺麗だ。)


 一言目はそれに尽きた。

 遠目から見ていて期待した通り、この村は全体的に美しかった。今のちょうどいい日差しがそれをより強調させ、感じたことの無い儚さを纏わせている。


 そう感想を心で述べ微笑む。

 すると、ソレラの大声を聞きつけた村の入口で待機していたと思われる若い青年が声を掛けてきた。


「? お前らここで何をして──」


「⋯⋯なんだ」


「──って村長! え、それではこの(むすめ)達は一体⋯⋯?」


「ああ⋯⋯こいつらはエデンの、迷子だ」


 淡々と迫ってきた男は多分ここの門番なのだろう。世界書に描かれていた全身鉄装備(フルプレート)とは程遠いが革の鞘に納められた短剣を見ればここの兵士であることは確定できる。


 そんな兵士も見慣れないものに疑いを入れていたが、身バレの危機を案じたジムが即座に青年の呼びかけに対応し互いに認識していた者同士であると顔で伝える。


「エデンの迷子⋯⋯もしかして今朝神のお告げだと騒がれていたのはこの迷子のことだったのですか?」


「神のお告げ⋯⋯?」


 隣にいたソレラが門兵に聞こえない程度で囁く。


「⋯⋯そうだ」


 一拍も置くことなくソレラになのか門兵になのか、静かな物言いで返事を返す。

 今までジムがなぜ二人を知って、探しているのかヒバリが気にしなかったわけではない。ジムが村に着いてから説明すると言うからなるべく考えないようにしていたのだ。命の恩人であるこの男に、不審な気持ちを抱きたくないが故に。


 しかしこの話で、何となくそれがわかったようだ。

 この世界の神とやらがジムに二人がこの世界に現界することを伝えたのだ、神のお告げとして。

 それが空耳のように聞こえるのか、文字に表されて告げられるのかはわからないが二人の世界についてのことを伝えたのも神なのだろう。


 何となく今までの疑問が合致した事でジムに対する不審は無くなった。

 その安堵と共に下を向いていた視線をジムに戻す。

 そして話は続けられた。


「すまないが急いでいる⋯⋯。ここはこの二人も一緒に通らせて貰うぞ」


「も、もちろんです! 余計な手間をかけさせてしまい申し訳ありませんでした!!」


「いや⋯⋯問題ない」


 そう一言を告げると、門兵の横を過ぎる。

 後ろにいた二人もまたジムに続いて足を動かし、とうとうこの村の入口を通った。


 門などという大それた入口がある訳でもないが、それに等しいコンクリート作りだと思われる扉のない入口はあった。


 門を潜った先は、明るい光に覆われた家々や農場、多くの人が多くある道を行き来する風景が見れる。


「そう言えば、私たちがあの森へ来ることは⋯⋯神のお告げによって知らされたんだ、よね?」


「ほう、あの少ない会話の中でそこまで察せたか⋯⋯」


「私、が思うにこの世界の人達はダ⋯⋯⋯⋯私たちの世界についてあまり好印象は抱いてないと、思ってるんだけど⋯⋯ディアさんはなどうして⋯⋯」


この世界の人達が二つの世界を嫌うなか、ジムは何故そんなに平然と接してられるのか気になってしまった。勿論ここの世界の人達が二つの世界を嫌っているというのもヒバリの仮定に過ぎないのではあるが。


 大事なことだから、聞いておくことに越したことはない。

 どんな返答が返ってこようが受け止められる自信があるから。


 村の入口前で、ヒバリを真ん中に三人は横並びで立ち止まっていると辛うじて誰にも聞こえないくらいの声でジムへ質問を投げた。


 しかしその質問の答えが直ぐに帰ってくることはなかった。話を聞いていなかった訳じゃない、意識を向ける順位がヒバリではなく他の者だったというだけだ。


「ガウ、良い所へ来てくれたな⋯⋯」


 ジムはガウという人の名前であろう単語を放ち、正面へと目を向ける。

 突然なことにヒバリは一度ジムの顔を見るも順次視線の先を追う。


 ジムの先程までとは違う柔らかくなった声音に、似たような感覚を覚えた。それはヒバリが一班のみんなと話す時と同じ、無意識な感覚。

 そんな感覚を覚える声音が、誰に向けてのものなのか少々気になってしまったのだ。


「あ? ジジイ?」


 威圧的で若い声音を唸らせるように、その呼びかけに応じ顔をジムの元へ振り向かせたのは一人の青年だった。


 毛量が多く決して清潔感があるとは言い難いボサボサとしたねずみ色に近い銀色の髪、鼻の整った顔立ち、そしてジムよりは少し高い背丈に細く見えてガッチリしているであろう肉体を持った美青年である。しかし一つ残念なところがあるとすれば、それは目付きだ。いつも不機嫌そうで細くはないが大きくもない常に眉に皺を寄せているような、いわゆる大空洞のジムのような目つきの悪さだった。それだけでこの男が気性が荒い者であると認識してしまう。


 そんな男に目をやるも初めての人に対する緊張と、ここの人が自分たちのことをよく思っていないことで素性を明かしてはならないという責務によりいつも以上に顔が引きつっていた。

 まあ、青年の目付きが悪いためと言うのも冷や汗を滲ませる原因ではあるが。


 そしてその男はもう一つ不思議なことをしていた。していたと言うのは対面した時には既にしていたことだ。なぜ先にこの存在に気づかなかったのか自分でも不思議なくらい、この男はどこからそんな力が湧いて出ているのか、大きな木箱五つを当然のような顔で肩に積んでいたのだ。


 困惑した表情で男を見つめるも、反対に男はジム以外の存在に気づいて居ないらしく二人に一切の目を向けようとしない。


 そんな男にジムが何も言わず近づいて行くのを、ヒバリとソレラは一度目を合わせジムを真ん中に左右別れて続く。


「⋯⋯これからお前には、こいつらを教会まで送ってもらう。この村の、案内を兼ねてな」


「あぁ? こいつら⋯⋯───ッ!?」


 そしてやっとのことで男は後ろにいた二人の存在に気づく。

 最初に目があったのはヒバリの方だった。ヒバリはジムの背中に体の半分を隠しながら進んでいたが、逆にそれが目立ったのだろう。


 目を合わせた瞬間、男の表情は一瞬にして固まった。目は見開き開いた口は閉じることをせず、頭から足先に至るまで全ての時が止まったかのように静止してしていたのだ。


「どうした、ガウ⋯⋯?」


 見たことのない表情で静止する男に、流石に違和感を覚え呼びかける。


「⋯⋯⋯⋯⋯ッ!!」


 その返しに上手く時間を取り戻した男は頬をわかりやすく赤らめ顔を逸らす。

 その反応にヒバリはどうしたのかとジムの背中からさらに顔を覗かせた。


「俺をその名で呼ぶなクソジジイ」


 照れ隠しのつもりなのか、顔を横へ向けた男は軽く反撃に出る。しかしジムはそんなこと気にしていない様子だった。


 その男は毒舌を放つと共に申し訳程度にソレラにも目線を配ると、ソレラはそれに気づき元気な笑顔を男に向けた。


「⋯⋯で、なんで俺がこいつらを案内しなきゃならねぇ」


「あ、あれ⋯⋯私だけ反応が⋯⋯」


 反応の差に寂しさを感じ、ポツンと自分を指さし縮む。

 しかしそんなことはお構い無しに話は進んだ。


「ああ、本当なら俺が教会まで送るつもりだったんだが、少々問題発生でな⋯⋯」


「問題⋯⋯?」


 その単語に怪訝な表情を浮かべる。

 ジムはそれに応答しそうだと続けると辺りに人がいないかを確認する。

 あいにくここは村の入口付近で外に用のある者か、付近の住人以外立ち寄る者は少ないため盗み聞きするような輩は見えなかった。


 安全確認をし終えると再び目を合わせ、話を続ける。


「とうとう(ぬえ)の樹林にもデマイズが出た」


「デマイズ⋯⋯?」


「ああ、そのことで俺は集会を開かなければならん。だから頼めるのはガウ、お前だけだ」


「それなら俺も出た方がいいじゃねえか」


「ダメだ。そいつこそ神喰(かみじき)ではないものの、今まで生息すらしていなかった鵺の樹林に出没してきたんだ、神拠(しんきょ)の獣神が影響してるのかもしれん」


「なッ!? そいつは、どうしたんだ」


「俺が始末した。まだ仮定でしかないが、もしそれが事実なら、お前はダメだ」


 その言葉には、声を荒らげる男への鎮静剤のような役割があったかのように、男は安心で押し黙る。

 ジムも自分の手袋を装着した右手をゆっくり開閉させながら見ていた。


「⋯⋯そうか。仕方ねぇ⋯⋯こいつらは俺が連れて行く」


「ああ⋯⋯頼んだ」


 二人とも今まで黙って話を聞いていた。ソレラの場合内容を理解出来なく話に入る余地がないというだけだが、ヒバリはその中でいくつもの疑問が頭を駆け巡っていた。


 神喰や神拠の獣神といったデマイズの名、それも総称なのだろうが、それはデマイズにも階級があるということなのか。あの時迫ってきたゴリラのような怪物はデマイズ、つまり一番下級で。この世界にはあれより強いデマイズが二段階に分けて五万といるということになる。


 そんな恐ろしい憶測で頭が一杯になる。

 こんなこと、大空洞にはなかった。生活は毎日が重労働で大変だと思っていたが、比較的平和で事件と言う事件も夫婦間の仲違いや一日に及ぶ大喧嘩くらいだろうか。

 こんなにも儚く美しいと思っていた世界はやはり滅亡という言葉に相応しく、人間が安心して住める場所など既にないのかもしれない。


 コウノトリも大空洞と同じなのだろうか、それともこの世界に近いのか。少し傾いた顔から視線をソレラに向ける。しかしソレラは理解しているようなしていないような表情でイマイチハッキリとはしていなかった。


 どの世界にも必ず、神が下した試練があるのだろうか。

 世界というのは残酷だ。


「──い。──お─い。おい」


 深く脳内をさまよう意識が、一人の男の強い呼びかけによって覚める。

 はっと息を吸い込むと同時に顔を上げると、そこにジムの姿は見えず銀髪の男とソレラだけが映り込む。


「行くぞ」


 何故かヒバリを直視しないようにしているのか視線を進む方向、つまり後ろへと顔とともに逸らし頬をポリポリ掻く。


「あ⋯⋯はい、ってジムさんは?」


「あいつはあれでもラスコ村の村長だからな。忙しいんだよ」


 その返事を機に男は木箱を両手で支え歩行を開始する。


「行こ、ヒバリ!」


 男に続いて歩き出したソレラは一言ヒバリに伝えた。

 その言葉に今は目の前のことをと切り替えるため二、三度強く瞼を閉じるとヒバリも続く。


「「「⋯⋯⋯⋯」」」


 互いが初対面の分、ジムとは違って上手く会話が思いつかない三人は皆黙り込んで歩く。


 何もすることなくただ歩くヒバリはついでにと、周りの村の様子を見ておくことにした。


 ここは村の最奥まで続く大通りなのだろう、人通りが多く出店が点々と立ち並んでいた。

 上り坂のような土の道を登り、コンクリート作りの家や木造の家など家の種類や形に決められたものはないようだ。その家と家の間の路地には何人かの子供が和気あいあいと遊んでおり、本当にここは大変な状況に陥っているのかと疑いたくなってしまう。


 後ろを見れば随分登ってきたのか鵺の樹林という森の、木々達の頭が良く見え、絶景となっていた。

 どうやらこの村は一つの山全てを使った構成となっているようだ。先刻も思ったがこれでは村じゃなくて中規模な都市と言える。


 そう軽くこの村の様子の感想を述べていると、男の方から尋ねてきた。


「お前ら、名前はなんて言うんだ?」


 数歩前を歩く男は二人に対して顔は向けず、話掛けてくる。

 そう考えれば自己紹介というのはしていなかった。互いが名を知り合ってないというのに楽しくお話をしようなど変な話だった。


「あ⋯⋯私、はヒバリ、です⋯⋯」


「ソレラはソレラって言いますっ!!」


 オドオドとしたヒバリに対して、ソレラは敬礼のポーズをとって名前を言う。


「そうか⋯⋯。俺は、ガレンだ」


 そこで「あれ」、と疑問の先端が声に出てしまい言葉を続けなくてはいけない状況となってしまった。


「あ?」


「あの、ディアさんは、ガウって⋯⋯」


「ああ⋯⋯あれか。あれはジジイ⋯⋯と村の奴らが勝手に呼んでるだけで俺の本名はガレン・ディアだ」


「ディアってことはジムさんの子供なのー?」


「⋯⋯まあ⋯⋯そうだ。あいつの子供って言われるのは尺だけどよ」


 後ろからでは表情が見えにくいがしかめっ面をしているだろうと想像がつく。

 この機に言いたいことは言ってしまうしかないと思い、二人は動かす足を早くするとジムの隣に並ぶ──並び方としては右からジム、ソレラ、ヒバリ──。


「あの、ガレン、さんずっと思ってたんですけど⋯⋯それ、重くない、ですか⋯⋯?」


 それ、とは木箱のことだ。

 ガレンが平気そうな顔で持っているため、存在は薄れて来ているだろうが明らかに不自然だ。


 横と高さで一メートル五〇の正方形と言ったところだろうか。この大きさの木箱を五つなど筋肉質な男でも持てるか持てないかの狭間だろうに、それを細身の男が片手で支えていると来たら不思議に思わない訳にはいかない。


「⋯⋯おい、その前に俺に敬語なんてもんを使うんじゃねえ。この村にはガキからジジイに掛けて俺に敬語を使うやつなんていやしねぇんだ。テメェのその堅苦しい言葉聞いてっとどうにも胸の辺りがざわついて背中の真ん中がムズムズすんだよ!」


「あ、ごめんな⋯⋯ごめん⋯⋯。これから敬語は、使わない」


「俺は一六だ! お前らは」


「私、もソレラも一五歳⋯⋯」


「だろ? 互いに成人はしてるし、一歳差でしかねえ。敬語なんて使わなくていいんだよ!」


 ガレンにとって敬語とは不必要で気持ち悪いものなのだろうか。これからは気をつけよう。


「⋯⋯んで、この木箱についてだっけか?」


「うん⋯⋯」


 正確にはその木箱を持ち上げられる力についてだが。


「これは食料や酒がぎっしり詰まったもんだ。俺は昔から力だけには自信があるからよお、これも朝飯前ってこった」


 ジム・ディアとは似ても似つかない顔と体躯だが、力だけはジムの血を引いているのだろうか。それともこの世界の人間はみんなこうなのだろうか。


「そういえば、テメェらはなんでこんな所にいやがるんだ?あのジジイが直接ここまで連れてくるなんてな」


 その疑問も妥当だろう。今までガレンが聞いてこなかった分、ここの住人たちはみんなして何者なのかと目線で訴えていたのだから。


「私たちは、エデンの迷子で⋯⋯」


「そー! 気づいたら鵺の樹林? の中で倒れてたんだよねー」


 二人して素性は明かしては習いないことを思い出し、何とかエデンの迷子という言葉を思い出す。

 しかしその言葉を聞いた途端、ピクリと耳を動かし訝しげな表情を浮かべる。


「エデンの迷子⋯⋯? お前達があのエデンの迷子なのか?」


「そうジムさんが⋯⋯。私たちは、それ以前の記憶が名前以外に、なくて⋯⋯」


 少し怪しむような表情をしていたガレンに、危険を感じたヒバリは新たな設定を加える。

 ギリギリな思いつきだとは思うが、今はこれしかないだろう。

 

「⋯⋯⋯⋯そうか」


 案外あっさりとした返事にソレラはふぅと一息ついた。


「着いたぞ⋯⋯。ここが教会で俺とジジイの家だ」

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