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灰色のコウノトリ  作者: 小鳥遊 君
第一章 3つの世界
8/10

1-7 「新世界」

程よく二、三歩と進んで違和感に気づいた。


「あれ⋯⋯?」


背中に大きな違和感を覚え、引っ張られる体を止める。


「おおっと──! ど、どしたの?」


急に体を強く引き戻されたことで肩に痛みが走る。しかし次の瞬間には痛みなど元々なかったかのように平然とした態度でヒバリを見る。


丸々とした目がソレラと合い、震えていた。


「バックパックが、ない──」


軽く体を揺らすも、今まで感じていた程よい重さは無くなっていた。


「バックパックってヒバリが背負ってた飴色の大きなリュック?」


この世界に飛ばされたときには確かにバックパックの重たい感触が背中にあって、ソレラが茂みの下で寝ている所を覗こうとする直前に手に持っていたランプを閉まったのも覚えている。


それにソレラがバックパックが何かを知っているということはソレラとあって話している瞬間(とき)はバックパックを背中に背負っていたという事だ。


ソレラの問いに慌てていたヒバリはどう返していいのかわからず、答えを探っているとジムが話しかけてきた。


「どうした。何か、問題でもあるのか」


相変わらず、自分以外の人が騒がしくしていても冷静な態度を崩すことのない男は、二人の異変に足を止め、ゆっくりとした足取りで近づいてきた。


「あの⋯⋯バック、パックが⋯⋯」


ソレラも言っていたのだヒバリが背負っていた、と。ということはその光景を直接目にしていて、ソレラと話しているときには確実にバックパックはあったということになる。


そのソレラと話をしているときは、互いにお尻を地面に付けていたこともあってバックパックは横に置いていたのだ。


だから多分、あの怪物が現れたてから二人して逃げた時に置いてきてしまったんだと思う。


「ばっくぱっく⋯⋯?」


目を開き思考を働かせるも、記憶の中にそのような名前の物は存在しないらしい。

どうやらこの世界にバックパックという概念そのものがないのだ。


「それは、森に置いてきたのか?」


「たぶん⋯⋯」


その報告を受けたジムは考える余地もなく、即答で返答する。


「ばっくぱっく、が何かは知らないが、森に戻るのはオススメしない」


「どうして、ですか?」


フードから垣間見える眼光がヒバリを捉えると、冷淡な声音で説明を加える。


「さっきお前達が身をもってそれを体験したはずだろう。普段はここの森に「神に抗う者(デマイズ)」、つまりあの化け物共が出ることは滅多にないんだが、こんな特例も無いわけじゃない。また襲われるのがオチだ」


デマイズ、怪物を総称してそう呼んでいるのだろう。


その名前にはここ数一〇〇年の間に築いてきた、あの怪物共の知識と損害な経験を、その名前だけでヒシヒシと感じさせてくる。


ジムが言う『オススメ』しないという言葉が心に突き刺さるのを感じる。

引き止めるでも、否定するでもない『オススメ』しないという単語には、やはりここのジムは冷徹で、自分たちには関心がないというように捉えてしまう。


「⋯⋯⋯⋯でも、あの中には世界書が⋯⋯」


あのあのような怪物に、もう一度襲われるなど二度とゴメンな話ではあるが、命に変えても大事にしなくてはならないもはや大空洞からの形見──実際には盗んだようなもの──みたいな大切な本が入っているのだ、引く訳にはいかない。


今の自分は、ソレラから見ても面倒くさい奴に見えてるかもしれない。けどこれがないと、今まで何をするにも、何を覚えるにも世界書(せかいしょ)頼りだったヒバリという私の役割を完全に失ってしまう。


ダメ元でもやるだけのことは、と身を前にだし目で訴える。


「⋯⋯⋯」


ヒバリの引かぬ態度に、ジムの細い目が丸みを帯びる。


「そうか⋯⋯なら明日の早朝だ。お前達を連れて行くわけにはいかないが、他の連中と共に俺がお前の大切なものを探しに行ってこよう。⋯⋯都合のいいことに、一度デマイズが出てしまった森に近づこうとするバカなんぞ例外を除いて、いないだろうからな」


先程よりも声音が優しくなったように感じる。


ヒバリも、自分自身の所為で人に迷惑を掛けてしまうことに尺残とはしないが、それを断ったところで人の善意を無視しているような気がしてならない。故に断る理由など見つかる訳もなく有難くそれを了承させてもらう。


「⋯ごめん、なさい⋯⋯あの、ディア⋯⋯さん」


ジムという名前は出なかった。

心ではありがたさと申し訳なさで一杯なのだが、やはりそれを表現するのが苦手で言葉に表そうとしても、儚く散ってしまい申し訳なさだけが表に見えてしまう。


しかしどんな感謝の仕方だろうと関心を持っていないような面持ちのジムは、ソレラに視線を向けてからゆっくり半回転すると再び森の方へ足を運ぶ。


「良かったねヒバリ!!」


ジムが提案を持ち出してから本人以上に目を輝かせていたソレラは話が終ったのを見計らって横から抱きついてくる。


今日あったばかりの自分に当たり前のように接してくれて、自分のように喜んでくれるソレラにも感謝の気持ちしか湧いてこず、微笑みを浮かべると森の中へと向かうジムに目を向ける。


「置いてかれないように、急ごう」


ソレラから物理的に(直接)もらった元気で少し浮かれている気がする。


いつもより柔らかくなった声音と表情で言うと、手を軽く引く。


「うん!」


駆け足で男の元へ向かう。


ジムは自分たちが来るのを待っていたかのように、歩く速度がゆっくりだった。


これもジムのさり気ない心遣いなのだろうか、それとも目的とした自分たちが道中はぐれて怪物にでも襲われないようにか。


プラスにもマイナスにも広がる思考の中で、さらなる疑問が浮かび上がってきた。


森へ入ろうとしているのだ。先程抜け出した最初の森のなかへ。


足の進む向きが森なことから何となくそんな気はしていたのだけれど、もはや入る直前まで来れば気がしていた所ではない。


先ほど危険と言いつけたのは自分に対する脅しのつもりだったのだろうか?ふとそんな考えが浮かび少し問うてみようと思った矢先、それに気づいていたのはヒバリだけではなかったのだと知る。


「あれ? この進んでる先って森だよね? 危険じゃなかったの?」


単純な疑問を口にすると、ジムが一度首を回して後ろを見る。


「ああ⋯⋯俺の村へ行くにはここを通るしかない。だが通るのはあくまで森の外側、奥深くまで行くつもりは無い」


「ならその途中にヒバリの荷物がある所を通ってことは??」


「それはありえん。あの怪物の第一声が聞こえてきたのは森のちょうど中心部だ、そこでお前達が見つかって慌てたところで荷物を落としたんだろう。この森は広すぎる、中心部に行くだけでも十分に深い」


「うーん、そっかあ〜」


うまい具合に会話のキャッチボールをする中でも、動かしている足が止まることは無い。


怪物に追われていた時の道とは違い、いま通るこの道は長年(ながねん)人によって通られてきた正規の道と言ったように、緑の中に見える土の色が道を記してくれていた。


森の道、はたまた木のトンネルをジムが筆頭となり、後ろにソレラ、そしていつもの様に一番後ろに数歩遅れてヒバリが歩く。


二人の歩く姿に、一班の面影が映る。


ジムは似すぎていて面影云々の話ではないが、彼女のポジティブさはリンに引けを取らない部分があってそれもまた情景を思い出させてしまう理由の一つだった。


それでライナは⋯⋯残されている人で似てると思える人はいないけど、ここは地上なのだ。ジムさん同様ライナにも似たそっくりな人が見つかる気がする。


そう考えると、一旦大空洞のことは頭の隅に閉まっておこうと思っていた自分の心が揺らぎ恋しく思えてしまう。


しかしそれ以上に地上と言う新しい世界で、世界書以上のことをこれから知っていくのかと思うとその寂しさも忘れ、ワクワクで一杯になる。


そう今は楽観視することにした。


時間もそろそろ昼を過ぎた頃だろうと、バックパックのなかから刻石と呼ばれる時間を色で示す鉱石を取ろうと動きを止める。


「あ⋯⋯そっか⋯⋯」


しかしバックパックは現在行方不明中なことを思い出した。


いつもやっている面倒くさいと思っていることも、何やかんやで体に染み付いているようだ。


バックパックがないことを再び認識すると、体が物凄く軽くなっているのに気づいた。


「? どうかしたのー?」


「ううん、なんでもないよ⋯⋯」


急に歩くのを止めたものだからソレラに心配されてしまう。


自分の気持ちを行動で表すのもその場の空気と時間が大切なのだと思い知る。


「そっか! まだなのかなー、人が一杯住んでるとこー」


「⋯⋯もうすぐだ」


何事もないようにそのまま進み続けるジム。自分を心配して一度立ち止まったソレラも歩みを再開する。


その一連にふぅ、と息を漏らす。


三歩どころではなく歩みに遅れを取っていることを巻き返すため早歩きで進み出そうとすると。


「ワヴッ」


今日一番の問題児の声が響いた。

問題児、という言葉にも語弊があり、普段はヤンチャで大切な鉱石に傷をつけたり貴重な食材を食べ散らかしたりすることこそあれ可愛らしく、主人思いの良い家族。いやよく考えて見たけど、問題児には変わりないようだった。


「! ナツ⋯⋯!」


ナツがなぜ今になって姿を現して来たのかはわからないが、見る限り怪我はなく元気よく呼吸をしていた。


そうだ忘れていた、大切な家族のことを。


例えが人でなくてもいいとしたのなら、ライナに似ているのはナツだ。


ライナもまた心配性で、自分を家族のように受け入れてくれていて、時々面倒くさいと思うほどにお節介焼きな所はどう考えてもライナに似ついている。


しかし姿を隠していたのも多分怪物が原因ではあるのだろう。ナツは臆病なわけではないが、やはり本能で生きる動物の性とでも言うのだろうか、逃走本能が出てしまったのだろう。


「ずっと⋯⋯隠れてたの?」


「クゥン」


人が犬語を理解することは出来ないが、ナツには多分人の言葉が伝わっている。


先程まで顔を上げて元気よく呼吸をしていたのが、それを聞いた途端耳を垂らし尻尾の振りを止めたからだ。


主人を守ることの出来なかったことに悔いているのだろうか。


人間味溢れた行動に微笑みを隠しきれずに軽く吹いてしまう。


「ふふっ⋯⋯今日のナツの行動は少し目に余るものがあるよ。悪い子さん」


反応が可愛くて、ついイジメたくなってしまう。


もちろん怒ってなどない、その証拠としてヒバリは人には見せることの無い蕩けた笑顔でナツに接し、猫なで声のような声音をして接していた。


本当のお母さんのように人差し指を立て、ゆっくり上下に降る動作をする。


「まあ、ちゃんと戻ってきてくれたのはエラいエラい」


一通り注意的なことを終わらせたヒバリ、そして鞭の後には飴と、飴にしては甘すぎる声音でナツを称えると背丈に合わせるようにしゃがみ頭を撫でる。


甘えるような鳴き声が閉じた口から聞こえてくるのが分かる。


ナツも見つけることができて、今のところ心残りはなくなった気がする。


「よし、そろそろ行こっか。遅れちゃってるしね」


勢いよく立ち上がると、ヒバリは二人の方へ歩き出す。


ナツも後ろからついてくるのを気配で感じ、後ろを振り返るようなことはしない。


思いがけない再開もあって少し時間を潰してしまったため、二人は結構離れた所に⋯⋯と思っていたが案外近くにいた事に衝撃を受ける。


しかしこれがなぜ、というのはソレラの言葉と二人が挟む後ろの光景を見て即座に悟ることが出来た。


ここが森の出口だ。


「ヒバリー! ジムさんの村、着いたってー!!」


片手を口元に当て声を遠くまで届かせるように、そしてもう片方の手を大きく振りここにいるよとサインを出してくれていた。


二人のすぐ後ろにある森の出口はここの道とは違い、空の光で一杯に埋まっていてその先を見ることは出来なかった。


けどあと少しで、この先の、この世界で初めて人の住む建物を目にしようとしている。


そういう期待が先を行き、次第に歩幅が大きくなる。


決してはしゃぐことなく、落ち着いて。もう視界の中には目の前の光のことしか見えていない。


そしてジムたちの元まで辿り着くと、一言だけ告げられる。少し自慢げに。


「ここが⋯⋯俺の村だ」


ジムの言葉が耳に入るも視線は揺るぎなく、足だけが前へと動く。


先程見て絶望のような驚愕を覚えた世界の残骸と異なり、ここから先は世界の希望なのだろうか。


期待がどんどん膨らむ中で、世界の残骸を見てしまった後ではあの光景が先入観となり大空洞(だいくうどう)よりも酷い住処になっているのではないかと疑心してしまう。


しかしその先入観はすぐに、打ち壊されるものとなった。


「ここが───」


薄暗さから解き放たれ、光からの猛攻を受けたことによって強制的に目を閉ざされる。


だが今のこの興味より打ち勝つものなどない。


一度閉ざされた目も光に慣れた、いや慣れさせたようでゆっくりと開かれていく。


そしてまた、大きな衝撃を受ける。悪い意味ではなく、良い意味として。


ここが──地上なのか。


これが自分が憧れ続けた、本当の世界なのか。


そう今更ながらの感嘆を、声にではなく心で漏らす。

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