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灰色のコウノトリ  作者: 小鳥遊 君
第一章 3つの世界
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1-5 「矛と盾」

 この巨体を自分達が話している間どうやって木陰に忍び込ませてばせていたのか、何故今になって飛び出てきたのかは分からない。


 反対方向へ走り始めている自分達にはもう見ることなど出来ないが、顔を合わせなくても明らかな怒りと殺意を背中越しに感じとれた。


「なんなの、あれ⋯⋯!?」


 またしても今まで見たことの無い表情、恐怖の面持ちへとソレラは変わっていた。

 その疑問は至極真っ当で自分自身も理解出来ていない分、逆に問いただしたい気分だ。


 二人して焦りと恐怖に顔を滲ませ冷や汗が止まらない。


 今日はもう、いつにも増して疑問ばかりで頭が混乱しっぱなしだ。


 そんな愚痴(ぐち)を心の中で零し、今は逃げることだけに集中する。

 しかし今更逃げたところで、どう考えてもあの怪物から逃げ切れることなど不可能だ。そう考えると、荒くなった息でソレラに応答する。


「分から、ない⋯⋯!」


「このままじゃ絶対に追いつかれちゃうよ!」


「わかってる⋯⋯!でも──」


 口と思考を同時に動かす。

 何か逃げ道はないのかと狭い視野を広くさせるも、いくらそうしたところでここの地理などわかるはずもなく今走る、道とも呼べない茂みだらけの荒野を進んで行くしかない。


 なぜあんなに殺意剥き出しなのだろうか。

 いくらあれが肉食動物で、自分たちがその捕食対象になったからといって相当腹ぺこでもあんなに殺し(・・)に掛かるものなのだろうか。


 どう考えても殺意を向ける相手が自分たちじゃない気がしてならない。というか自分たちなわけが無い。


 焦る思考の中ではどうしても愚痴しか漏れてこなかった。

 私達が大股一歩で八〇センチ進むとしたらあいつの大股一歩はその五倍だろう。


 このままだと確実に間に合わないのはわかっている。

 ここに逃げる場所がないのなら時間稼ぎを。しかしその時間稼ぎをどうやって。


 時間と怪物だけが段々と迫り来る。


「一つだけ、少しだけ⋯⋯時間を稼ぐ方法が」


 風を切る音と、巨大な足音の所為で上手くヒバリの声が耳元まで届いてこない。


「時間!?」


 とりあえず、聞き取れたものだけを声に出し聞き返す。


 正直これはソレラに、特殊能力(天穹)をもつ空の人にしか託せない時間稼ぎ。

 他人任せなんて押し付けるようで罪悪感しかない。けど無力な自分に出来ることなんて今はこれっぽっちもないのだ。だからソレラに任せるしかない。


 ソレラの手を引く右手を少し強く握りしめると、確実に声が届くハッキリとした声音で伝える。


「もう一回あの火、出せる!?」


「⋯⋯うん!」


「それなら合図で一斉に止まるから、その瞬間にあれの目に向かって、天穹(てんそ)を使って!」


 ソレラの握る手が一瞬震える。

 天穹を相手目掛けて使う。それは今まで"日常の道具"として使っていた天穹を"戦闘としての武器"に使うということだ。


 温厚で平和が一番なソレラにとってそんな使い方をすることなどなかっただろうし、しようとも思わなかったのだろう。


 しかしヒバリは天穹が生成するだけではなく操作出来るものと知ったその直前からこういう使い道もあると悟っていたのだ。

 だから今このタイミングで言い放つ。


 とても遠回しにだが、天穹は武器だと。


 食事時にしか使わない火で、しかもそれを火球にして放つなどやった試しがない。

 けどここだけは、これだけはやらなくちゃ、殺られてしまうのだから。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯うん⋯⋯!」


 いつもの声音と共に覚悟のこもった思念を乗せ、応答する。

 ヒバリに見せた時のような、あの軽い詠唱(えいしょう)のようなものはもはや演出でしかなく、実際のソレラにはそれさえも不必要とするだけの素質があったのだ。


 意見の合致(がっち)の合図で握り合う手に力を込める。

 細く白い足をお互い懸命に動かし、荒れる息を抑える。


「それじゃ───いま!」


 足を一本の枝にして地面に擦りブレーキをかける。

 その勢いを殺した瞬間、もう一度強く握ると手を離す。

 そしてソレラは両手の指部分を重ねるとそれを相手に突きつけた。


 そこでヒバリとソレラは初めて、相手の姿を目にする。

 見た目はどこかゴリラだった。しかしそれの三倍は大きく全長四メートル以上はある。毛皮は鮮血を浴びたかのような紅で、口の中に収まりきっていない左右に生える牙、そしてそのなかでも極めて目立つのは大きい己の体を半分に分断して形成されたかのような太すぎる大きな腕だった。


 世界書(せかいしょ)に描かれていた緻密な動物たちの絵にはやはりこんな醜悪な姿をしたものなど載ってはおらず。やはり怪物といっても過言ではなかった。


 見た目から漂いでる異常なまでの威圧に、二人とも後ずさりそうになる。しかしそれでも両手を突きつけ続けるソレラにヒバリも意を決し、睨め返した。


「はあぁっ! 豪炎!!」


 ゴリラの怪物に向けてかざした両手から出てきたのは、赤い円だった。

 落書きのような模様が描かれた円。そう、ヒバリをここにまで飛ばしたあの円のような。


 そのあまりにも似すぎている円に反応を示すも、それから放たれた無慈悲なまでの業火の玉に目を惹かれていく。


 見事その火球は目だけでなく怪物の顔面全体にヒットを喰らわせ、少しの間スタン状態となった。


「やった! 当たった!」


 初めて(おこな)って、見事大成功を収めたことに喜びを感じてまじまじ見ようとしてしまう。

 しかしヒバリがそれを止め、手を握りしめるとまた同じ方向に向かって駆け始める。


「この間に⋯⋯行こう──!」


「あ、うん!」


 これで当分、と言っても少しの間だろうが時間を稼ぐことが出来た。


「これから、どうするの!?」


「わからない。でも、今は逃げないと⋯⋯!」


 時間を稼ぐことに成功した後、どうすればいいのかなど決めていなかった。

 どうしても目の前のことだけで一杯一杯になってしまって後先考えることを疎かにしてしまう。


 今あいつから逃げる方法はただひたすら走るしかなかった。

 ソレラの天穹を使って倒そうだなんて思うほど自分たちの心も体も強くはないし、今回に関しては時間稼ぎで最適だったと言える。


 木々が立ち並ぶ道無き道を進んで─進んで、少し出てきた余裕で後ろを振り返ると視界の中にはソレラしかおらずあの怪物の影は見えない。


 走っても走っても森を抜ける雰囲気はなく、同じ道を何回も回っているのかと疑いたくなってしまう。


「ごめ⋯⋯ヒバリ、もう」


 無我夢中でアドレナリンが分泌されていたのか、疲れはあったもののヒバリに限界が訪れることはなかった為、ソレラを配慮することを忘れていた。


 何やかんやいってこの森を駆けてもう一〇分は経っていた。

 普通の女の子ならもうとっくに厳しいはずだし、この華奢な体躯なら尚更のことだろう。


 森は抜けられてはいないがもう十分走って、怪物の影も見えなかったし確かに休憩でもいいかもしれない。


「うん。確かにそう⋯⋯だ───」


 意識すれば足全体が苦痛の叫びを上げているのを感じ、速度を緩めようとしてソレラを見る、つまり後ろを見たのと同時だった。


「ガアァァァァァァア!!」


「嘘、でしょ───ッ!」


 そう叫んだのはソレラだった。

 ヒバリの一瞬の硬直に疑問を抱き同じ方向に視線を向けると、そこには先程までとは比べ物にならないスピードで木々をなぎ倒し迫ってきている怪物がいたから。


「早く、逃げなきゃ⋯⋯!」



 ヒバリが緩めようとしていた足に再び力を入れ、ソレラを引っ張る。


(なんで、なんで、なんで!? さっきまでは完全に影もなくて⋯⋯!)


 余裕を持っていた自分の心がぎゅっと引き締まる。

 しかし考えても答えなど出るはずはなく、虚しく体だけが動く。


 走る速度を緩めることはなく、反対に速めることも出来なかった。


 茂みや木々の間を抜けることでニーソックスに切れ込みが入り、太ももやふくらはぎに小さいかすり傷ができていく。


(とにかくここの出口を⋯⋯! どこかなにか──。)


「ね、あれ⋯⋯光!」


 その答えは探すより、探される方が早かった。

 息が上がって聞き取りづらい所もあったが少しテンションの上がった声音でソレラが光の差す方向に人差し指を向ける。


「⋯⋯!」


 あれがなにを意味する光なのか知れないが、今はそこに全ての希望を賭けるしかない。


 残りわずかな距離に二人とも力が入る。

 どんどん近づいていく光はやがて木々全体に広がっていき、最終的には自分の視界を捉えた。


 そして───森を抜ける。


 光に目を奪われ、あの時のここへ来た時の感覚を思い出してしまった。

 しかしそれも直ぐに慣れ、ゆっくりと目が開かれていく。


「⋯⋯え、ここは」


 この言葉も何回目だろうか、けど今だけは仕方がない。

 ここは自分が思っている御前の地区などではなかったのだから。


 硬直し圧巻していたのはヒバリだけではない。ソレラもだった。


 自分たちが目の前にしているのはこんな大空洞に存在しない程度の木や森などではなく、それはもうソレラでさえ驚きを隠せないものである、"この世の残骸"だったのだ。


それを目にした途端、ここが自分の知る世界では無いと察せた。

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