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灰色のコウノトリ  作者: 小鳥遊 君
第一章 3つの世界
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1-3 「再開と感情」

 あまりの眩しさに耐えきれず目を瞑ってから数秒。瞼の奥にあったあの眩しい光はもう存在せず、変わりに今まで浴びたことのない暖かい光を体で感じた。


 特に思うことは無く、この暖かい光を知りたいがための興味本位だけで、眩しさを感じなくなった途端、直ぐに目を見開いた。


「え⋯⋯?」


 これは──驚愕だった。

 何も考えず目を開いた。右手には未だにランタンが握られたままで、背中には小道具と少数の元石が入ったバックパックの重みをしっかり感じる。そこまでは良い。いつも通りなんの成果も手荷物も無く村へ帰る途中の自分そのままだ。しかしそのなかで一つ、いやほぼ全てと言っていいほどおかしな点が存在した。

 それは────ここが大空洞(だいくうどう)では無いという事だ。


 先程、あまりの眩しさに目を瞑ったと同時に地面に尻を着いた。その時はたしかにまだ大空洞のいつもと同じ地面の感触があったのだ、しかし今ではクッションのような柔らかさがお尻を包み込む。それは私が緑色の植物が広がった地面で、詳しくは夢で見たような草が絨毯(じゅうたん)のように広がる上で呆気に取られた顔のまま座り込んでいた。


 しかしそこには一つだけ、夢とは違うところがあった。それはここが自分たちが住んでいた大空洞には存在しない"木"という植物で埋め尽くされた場所だったという事だ。


 夢の中では影も無かった木々は円を描くように、それも先程立入禁止の探鉱道(たんこうどう)で見て触れた、あの奇怪な紋様が刻まれている円より少し余裕を持った大きさの形で木々は自分を囲み、世界書(せかいしょ)に記されていた"森"と呼ばれる形となって形成されていた。(あらかじ)めここに来ることが分かっていたかのように。


 目と口を開いたままそれを閉じることが出来ない。周りからは小動物の鳴く声があちらこちらと響いてくる。


 何も考えずに見開いた先は、普段見ているいつもの場所では無く、どこか見たことの、住んだことのあるような緑色の世界。


 物静かな方であるヒバリでさえ、流石にこの状況を目の当たりにして困惑を隠すことは出来なかった。

 前も後ろも、左も右も。ゆっくり頭を回し周囲を見渡して見るも、今まで一緒に居た一班のみんなは居らず木々の褐色だけが目に刺さる。

 まだ稼働準備が整っていない頭で唯一確認出来たものは、先からずっと顔を照らし続ける一直線の細い光だった。それは目を(つむ)っていた時に感じた暖かい光と同じ。


 すると不意に、その光の正体が気になり今まで止まっていたかのような呼吸から息を吹き返し、勢いよく酸素を吸い込む。

 この今までに感じたことの無い暖かい光はなんなのか、この当たり前のようにさえ感じる光はなんなのか。


 そう心の中で興味に溢れた気持ちを抑え込み、勢いに任せて上を向いた。⋯⋯しかしそこに見えたのは夢で見たあの輝く空では無く、木から生え出る生気の良い木の葉達だけだった。

 ここだったら、自分がいたあの場所じゃないどこかだったらもしかすると、空が⋯⋯と少し期待をしていたがやはり自分の思い通りになるほど世界はそんなに甘く無かった。


 残念な気持ちがあとを引く中、その木々達から溢れる生気によって覚醒してきた頭でまとめようと、気持ちを切り替えようと努める。


「ここは⋯⋯あれ、かな⋯⋯ジムさんが言ってた、大空洞の中でも特別な地区ってやつ、なのかな⋯⋯?」


 ヒバリが聞いたジムさんが言ってた特別な地区と言うのは、大空洞全体を統率し秩序を守る慈善団体『御前(ごぜん)』の住まう地区だ。大半が七〇を超えた老人で普段の生活ではあまり他の村には姿すら見せないと言うあの。


 そんな場所に、あの円を触った所為で来てしまったのだろうか。というか考えられるとしたらそれしか可能性は無い。


「もしそうだとしたら、早くここから出ないと」


 そう勝手に自己解釈すると、次はここに居ては行けない気がするという焦燥(しょうそう)が全身を襲う。

 力の抜けた腰を持ち上げようと足に力が入る、がなかなか上がることのない体は最終的に両手を使いせっせと立ち上がった。


 すると瞬時にした行動は再びの状況確認だった。

 班員を見つけるためではなく、状況を確認するために周りを見回す。手前から奥へしっかり見て考えるがやはり決定的な結論は出てこない。

 大空洞であって大空洞ではない。


 そういった場所なのであろう御前の地区は、不思議な、困惑とも呼べる疑問しか出てこない。

 こんな深い森の中でどうやって生活しているのか。この自分の村同様、他の村にも存在すらしなかったはずの木が何故この地区にだけあるのか。この木の葉達の隙間から漏れさす細い光はどういう仕組みなのか。


 頭からは疑問しか出てこず不意な頭痛によって思考を停止する。

 苦痛な表情を浮かべるも、これを好機と思い噛み締め、頭ではなく体を動かそうと決意を固めた。


 頭を片手で抑えながら、今見ている目の前の方向へ進もうと決めると一歩二歩と足を動かす。


 するとその時、一つの声が耳から脳へと刺激を与えて来た。


「ワンッ!!」


 若い元気のある声を張り上げ主人に何かを伝えようとしているかのような。

 その声に反応しまたしても目を大きく開くと、声のする後ろへと頭と共に体を回した。


 そしてヒバリが期待してたように、そこにいたのは立入禁止の洞窟内で姿を消した、ナツだった。


「ナツ⋯⋯!」


 嬉しさと驚きでいつも以上に声が出る。

 なんでいるのかという疑問に加え今までどこにいたのかという怒りと悲しみ、そして一人じゃ無かったという安心感から生まれた喜び。様々な感情が交差した声でナツを呼ぶ。


 しかし違かった。主人に何かを伝えようとしているかのような鳴き声?⋯⋯違う。ナツ自身、一切こっちを向いていなかった。向いていたのは、そう木々で挟んだ茂みの奥、ヒバリからではちょうど見えなくなっている場所だった。


 少し疑問に思いナツに再び話しかけようとするが、今の状態だと一切耳を傾けることはないだろうと察し、ナツがあまりにも吠え食い込むように見続ける茂みに意識を変えた。


「そこになにかあるの?」


 話しかけるように、独り言のように声を漏らすと体だけを傾け、茂みの奥へどうにか目を向ける。

 すると思いがけない物が目に入ってしまい、多少の悲鳴にも似た喘ぎ声と共に一歩後退(あとずさ)る。


「ひッ⋯⋯!?」


 そこにあった、いや居たのは"人"。ここからでは完全には見えなかったものの視界に入ってきたのは血が通っているのか疑ってしまう程に白く綺麗な素足。


 あまり大きくない足の見た目に加え、たいして大きさのない茂みに隠れるほどの体だ、多分女性で身長は私と同じかそれ以下なことが分かる。


 あまりの出来事に体が固まる。しかしそれに相対するようにナツは、ヒバリがその者を認識するのと同時に茂みの奥へと入って行く。


「な、ナツ⋯⋯!」


 呼びかけなど構いもせず目の前の茂みに姿を隠した。

 正直、関わりたくない。それがもし、もしも人の死体なのだとしたら⋯⋯。

 そう思うと、頭の中であの肌白い素足がチラつく。


 あと数一〇歩、それだけであの素足の正体が分かる。苦虫を噛み潰したような表情を浮かべつつ、確実に一歩を踏み出していく。


 一歩目ではまだ変わらない景色が、三歩目を踏み出してさっき見た白い素足を、六歩目を過ぎた先では袖丈のない真っ白な薄い膝下までのワンピースを着ていることが、そして一〇歩目の、素足を頼りに茂みを回って来た先には自分と似たような、けど全然違う神秘的な真っ白な髪をした少女がお腹の上で手を組んだ体勢のまま静かに倒れていた。


 素足の正体はこの少女だった。

 眠っているのか、不謹慎(ふきんしん)だが死んでいるのか。その綺麗で可愛らしい顔は今まで感じたことの無い、目を惹き付けられる感覚があった。


 布から出ている肩から指先に掛けて、首筋から鎖骨(さこつ)も最初に見た足も全て、まるで世界書で出てきた女神のような、幼くも神秘的な姿をしたその少女。


 この少女の身の安全を確認するよりも先に、その見た目によって目を奪われ呆然としてしまう。

 可愛い。と女の自分ですら素直に叫んでしまいそうになってしまう。


 呆然とただその少女を見つめるだけのヒバリに痺れを切らしたのかナツが吠える。


「バウッ」


 体を小さくビクつかせ、やるべき事を思い出したかのように目を合わせる。


「そ、そうだよね⋯⋯。早く、この子の状態を⋯⋯」


 ナツから少女へ向き直すと、両足を折りたたみ右側から少女の頬へ触れる。


「温かい⋯⋯。て、ことは、生きてる?」


 あまり、というか医療には全く詳しくないヒバリには人の体温だけで良好な状態と言えるのか判断が難しい。


 そして少女は余程(よほど)ヒバリの手が冷たかったのか、その手に遅かれ反応し眉を(しか)めると寝返りをうった。

 ここまで来れば流石のヒバリにもわかる。この子は死の状態に陥ってるわけでも、身の危険があるわけでもなく、ただ寝ているだけだと。


 それを理解すると安堵の息を吐き。一旦軽く丸めた拳を胸に当てた。


「良かった⋯⋯」


 と漏らすと同時に、当たり前の疑問もふつふつと浮かんでくる。


「でもどうしてこの子はこんな所で寝て──」


 そんな疑問を口に出し終える直前、少女が唸るように体をモジモジと動かし始めた。


「んん⋯⋯。んーーーってそんな訳ないでしょーっ!」


 終いには何か分からない発言と共に体を持ち上げ、飛び起きた。

 見た目はこんなに華奢(きゃしゃ)で可愛らしいのに、頭は残念な感じなのだろうか。と不意に思ってしまった自分を叩きたい。


 いきなりのことにビックリするも、ヒバリのいつもの癖、人前だと感情を隠してしまう癖によって飛び起きた少女のことを隣で無表情のまま目で追う。


「⋯⋯って、あれ?ここは──?」


 ちゃんと意識を覚醒させてから言い放った少女の言葉はそれだった。今までこの森で爆睡してたのを知らなかったように、というか知らなかったのだろう。


 その反応に驚き、よく今まで気づかずここで爆睡出来てたなともう一度驚く。そんな内心忙しいヒバリは何を考えているか分からない表情で話しかける。


「ここは、多分、御前様達が住んでる特別な地区⋯⋯だよ」


 ついさっきぶりだけど、人と話すのがとても懐かしく感じ物言いがたどたどしくなっている気がする。などといつも通りの素っ気ない態度に気づいていないヒバリは無用な反省を脳内で会議している。


 その言葉に反応するように上体を持ち上げたままの少女は右を向く。

 ヒバリと少女の距離は、状態を確認していた事もあってとても近くお互い向き合えば鼻がくっついてしまいそうになるくらいだった。そのことにまず驚いた少女は体を仰け反らせる。


「? 誰です──って近いっ!!」


 即座に互いの目と鼻が少しでも動けば触れ合う所にまであることに気づき、目をくの字にして反射的に飛び退いた。

 その反応に、しゃがんだ状態のまま両手で膝を抱えていたヒバリは特に動じることなくその一部始終を頭と目だけで追う。


 ヒバリ的にこれは素っ気ない態度をしているわけではなく、この場合は何もしない方がいいよね?と人見知りなりに空気を読んだ結果だ。

  少女が仰け反ったおかげで二人の間には十分な空間が生まれる。


 少し悪いことをしたかなと思い始め、謝ろうと一度瞬きをして少女に視点を合わせる。するとそんなことをするよりも先に、少女が自分の顔をじっと見つめていたのに気づいた。

 目があってもずっと見つめて来る少女に流石に耐えきれず苦笑いを浮かべるとやっと落ち着いた声が返ってくる。


「天使様⋯⋯」


「──え?」


 少女の目が自分を尊ぶように、声が自分に感動するように震えていた。

 その言葉に、自分に向けてでは初めて聞いたその単語に、反射的な反応をしてしまう。


「あ、いや⋯⋯その、すみません!つい可愛かったもので⋯⋯」


 一度頭を下げるとでへへ、と美味しいものを食べてほっぺが落ちたかのようななんとも愛らしい笑を浮かべたまま返事がきた。


 その素直な、世辞でも軽薄口でもない言葉に呆然としたまま少女を見つめる。

 やっぱりこの髪は衝撃的で、可愛いなんて(そんなこと)ことを口にする人はいなかったから。


 感動と私が?という照れ隠しのような謙遜(けんそん)が過ぎっては消えていく。


「あの、大丈夫ですか?」

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