プロローグ
人は生を受けたその日から、考え続ける。
世界とはなんなのか。
生命とはなんなのか。
人はいずれ考えていくうちに、必ずその考えへと至る。
世界の在り方を。生物が生に恵まれ、終わりを迎えるまでの経緯を。
しかし人は未知の究極に辿り着く直前で、魂を虚無へと変える──。
頑張っても、頑張っても力尽き朽ちてしまう。
(⋯⋯だから、だから今度は⋯⋯今度こそは失敗しないように、誰も苦しまないように、誰も──ないように⋯⋯。 私がこの世界の答えを、必ず──)
「バウッ!!」
深く大きい穴の中を、一人宙に浮かぶ感覚。視界の先に景色はなく闇が続く。
違和感しか無いはずのこの場所は、何故か安らぎと安心をもたらしてくれた。
しかしその安らぎも束の間、何者かが自分を穴の底から引き戻そうと、ここではないどこかから声を掛けてくる。
「⋯⋯!」
突然耳元で叫ばれたことに反応し、反射的に目を見開く。
すると目の前、正確には自分の斜め左前に、家族であり親友の、黄色の毛色が特徴的な大型犬『ナツ』がこちらをお座りしながら見ていた。
頭の処理が追いつかない少女は気の抜けた寝起きの目でナツを見つめたまま、数秒を過ごす。そして徐々に意識が覚醒してくると、次にこの状況を確認しようと一瞬にして思考を巡らせる。
壁も天井も地面も、全てが土で覆われた場所。 三角座りで地面に尻を着き土壁にもたれかかった体勢で、膝上には少しだけ埃の被っていた分厚い本が開かれた状態で置かれていた。
寝落ち。この状況を察するにその言葉が一番当てはまっている。
そして何となくだがそれらを理解した少女は壁から背中を離し、少し上体を起こすと本を閉じナツに話しかける。
「ごめん⋯⋯寝ちゃってたみたい⋯⋯」
寝起きで声が出ずらい。その中でもナツはそれに返答する訳もなく懸命に口で呼吸をしている。
反応が無いナツに向かって穏やかに微笑むと、膝にある本を抱え、ゆっくり立ち上がる。
顔くらいの大きさのある本を左手に持ち直すと、空いた方の手を使って土で汚れた亜麻色のショートパンツを軽く叩く。汚れが落ちたところでナツの方に再び振り向くと一方的に話を続けた。
「そろそろ行こっか。あんまり長く離れてたら、怒られちゃうもんね」
声が戻ってきたのか小さく静かで、華奢な声音が洞窟内に響く。
それに反応しナツが立ち上がると、持っている分厚い本を隣りに置いていたバックパックの中へしまう。そしてバックカバーを被せボタンを閉めると重さを感じさせない動作でバックを背負った。
背中を覆い隠す程のバックパックの中にあまり物は入っておらず、持ち手が青いグリップで巻かれたロックピックハンマーや鏨などちょっとした小道具だけしかない為、大した重さしか感じない。
気を取り直して先程入ってきた入口の方に目を向けると、一度ゆっくり目を瞑る。
「行こっか⋯⋯」
憂鬱な気持ちを抑え込み、静かな物言いで重くなった足を動かす。