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戻って来るのはもっと遅いと思っていたが

 リビング・デッド[ザイン]を討ち果たしたのはめでたしめでたしであったが、それでおしまいと現実はいかない。


 ザインを倒したとはいえ、冒険者ギルドからの依頼を断っての成果である。ウィルらに報酬をもらう権利はないが、タダ働きとはならなかった。


 倒したザインの装備、魔法の槍や鎧はウィルの戦利品と認められたからである。


 魔法の武具一式。叩き売っても、ギルドの報酬がかすむぐらいの額になるというもの。


 その一方で、大損をこいたのはベルリナである。


 寝間着一枚、破られただけではなく、壊された扉の修理費に、天井、床、壁には槍で突かれた跡が残っている。


 それに加えて引っ越し代も、彼女の財布と貯蓄から消えていった。


 ウィルの方は大した手傷を負っていないが、ザインの死体の損壊は酷く、その肉片はあちこちに散らばっている。せめてもの幸いは、すでに死んでいたザインの出血は大したものではなく、血の跡がわずかですんだ点だろう。


 両親を目の前で殺され、自身も犯されて首をくくった花屋の娘のことを思えば、ベルリナの被害はだいぶマシと言えるだろう。少なくとも、ベルリナには自殺の兆候は見られないのだから。


 被害者ではあるが、ウィルたちのおかげで取り返しのつかない被害とまでいかずにすんだのを理解しているベルリナは、ウィルたちに感謝こそすれ、八つ当たりするようなマネはしなかった。


 ウィルたちにしても、あれ以上のことはできなかったと理解しつつも、実際にベルリナが被害を受けた上で感謝してきたとなれば、いささかバツが悪い。それゆえ、サリアも加わって、一同はベルリナの部屋の片づけと引っ越しの手伝いをしている。


 死体を肉片どもども役人に引き取ってもらうと、ウィルとベルリナが荷馬車で家具や荷物を転居先に運ぶ一方、ユリィ、リタ、セラ、サリアは残って部屋の掃除と片づけ、主に血痕の後始末をしているのだが、


「これからどうなるんでしょう?」


「成るようにしか成らないんじゃないか」


 掃き掃除をしながら心配を口にするセラに対して、同じくホウキを手にするユリィとしては、そうとしか答えようがない。


「完全に逆恨みだけど、グライスって人の立場からしたら、収まりがつかないだろうね」


 拭き掃除を担当するリタは軽い口調で言うが、グライスの逆恨みは深刻なものであった。


 リビング・デッドとなったザインの件は、ウィルによって片づいたが、それで全てが片づいたわけではない。ベルリナの受けた被害も完全解決に至らぬ理由の一つだが、冒険者ギルドの職員でより深刻な被害を被った者がいる。


 それがグライスだ。


 ザインの対処と始末を担当したグライスはあの夜、可能かつ適切な手を打ち、それ自体に間違いはない。ただ、結果的かつ偶発的にウィルが問題を解決してしまい、グライスは打った手立ては空回りに終わり、何の成果も挙げることはなかった。


 ザインの討伐のために冒険者たちに緊急招集をかけた際の費用も全て無駄と判断された点はまだ大したことではない。しかし、何よりもグライスにとって致命的であったのは、指名依頼を断ったウィルがザインを討伐したという結末にある。


 結果論に過ぎないが、グライスの指示に反したウィルが問題を速やかに解決したのだ。逆説的な見方ではあるが、グライスの指示にウィルが従っていたなら、ザインによる第三、第四の被害が出ていたということになる。偶然の産物だろうが、やはり結果を出した者と出せなかった者、どちらが評価されるかなど言うまでもない。


 安くない経費を浪費した上、誤った指示で問題に対処しようとしたとされ、大きなバツ評価を受けたグライスは、次期ギルドマスターへの有力候補から外され、出世競争で大きく後退してしまったのだ。


 そして、順風満帆だったエリートは、このような挫折を味合わせてくれたウィルらを深く恨んでいるというのが、ベルリナから提供された情報であるのだが、


「けど、ギルドにあんまり関係ない私としては、グライスって人の心境の悪化より、ベルさんの心境の変化の方が由々しき問題かな」


 雑巾を手にするサリアの発言に、セラのみが内心うなずいた原因、困惑した表情のウィルと朗らかな笑顔のベルリナが戸口に姿を現す。


 その二人の姿にユリィとリタは無反応だが、セラとサリアが少し眉しかめるのも無理はないだろう。


 何しろ、戸口に現れたベルリナは、ウィルの腕を取って自分から腕を組んでいるのだから。


「すみませんね。引っ越し手伝ってもらって」


「いや、この部屋の惨状はそいつがヘタな戦い方をしたせいだ。部屋の現状回復費用を出せと言われないだけ、こちらとしてはありがたい」


「そんなこと、言えるわけがないじゃないですか。ウィル君は私を守るために戦ってくれたんですからね。私としては、ウィル君にいくらお礼をしてもし足りぐらい、感謝しているんです。ホント、ウィル君、私にどんなお礼を求めていいんですからね」


「そ、それはありがたいね。けど、その気持ちだけもらっておくから」


 にこっにこっと笑いながら身を寄せてくるベルリナに、乾いた笑みを浮かべるしかないウィルは、


「で、次に運ぶ物はもう用意してあるだろ。とっとと積み込まないと、引っ越しは終わらないから」


 目を潤ませて名残惜しげな表情という誘惑に耐え、腕を引き抜いて自由を回復する。


「ああ、とっくに用意してあるぞ。戻って来るのはもっと遅いと思っていたが」


「ええ、そうなんです。皆さんには悪いけど、もっとゆっくりとは言ったんですけどね」


 二人のやりとりに、ウィル、セラ、サリアは「わかっていたなら、誰か一人、回せ」と視線でユリィを非難する。


「じゃあ、ウィル君。今度はベッドを運ぶのを手伝って下さい。二人で使うには狭いかも知れませんがね」


「で、で、でしたら、私も手伝います。二人で運ぶには重いでしょうから」


「ああ、たしかに重いから頼む」


「ええ、大丈夫ですよ。ですから、セラさんはこちらの方をお願いしますね」


 二度目の運搬に同行しようとするセラに対して、ベルリナは露骨に口を尖らせる。


「いえいえ、ちょうど足りない物を家に取りに行こうと思っていたので、そのついでですから気にしないでください」


 さすがに強い危機感を覚え、退くことのないセラの態度に、サリアは「グッジョブ」と言わんばかりに親指を立てる。


 ベルリナが新しく借りた部屋は、ウィルたちの借家のすぐ近所である。なので「家に取りに行く物がある」と言われては、お邪魔虫と思いつつも、ベルリナとしては断り辛い。


 言うまでもなく、ウィルたちの借家はこの集合住宅より、ずっと冒険者ギルドから遠い。


 が、職場が遠くなる分、お近づきになりたい相手との距離は縮む。それゆえに、ベルリナは引っ越し先をそこにしたのだから。



再びストックが切れました。書きたまったら更新を再開します。

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