マトモに戦いたかったんだがな
結論から言えば、ユリィの懸念は当たりであった。
その日の深夜、ベルリナはザインに犯されかかっていたのだから。
リビング・デッドとなったザインの凶行を知った冒険者ギルドは、グライスの陣頭指揮の元、即座にその討伐と解決に取り組んだ。
ザインの凶行がギルドに伝わった時点で、夜も更けた時刻であったが、グライスは残っていた職員をかき集め、手当たり次第に腕の立つ冒険者に声をかけはしたのだ。
ウィルをザインにぶつけ、共倒れを画策せぬではなかったが、基本的にグライスの対応は素早いものではあった。ただ、結果的に間に合わなかっただけだ。
通勤の関係上、冒険者ギルドに最も近い集合住宅の一室で一人暮らしをしているベルリナは、ザインの存在と凶行が職場に伝わった時点で帰宅していて、その事を知らなかった。グライスもまずは手練れの冒険者の緊急召集を優先して、帰宅した職員に連絡することもなかった。
ベルリナを襲うに際して、ザインは集合住宅が寝静まるのを待って、行動を起こした。
そして、人気のない廊下を堂々と歩み、ベルリナの部屋の扉を魔法の槍で強引にこじ開けたザインは、俊敏かつ無駄の動きで、扉をこじ開けた異音に目を覚ましたベルリナに、ベッドの上で完全に起き上がるより早くのしかかり、騒ぐ暇を与えず、その口をまず片手で押さえた。
「……っ! ん~っ、ん~っ……」
必死に抵抗し、声を上げようとするも、生前と変わらぬザインの力は、片手で声と抵抗を押さえ込み、もう片方の手は易々と寝間着を引きちぎる。
「っんっんっん~……」
激しい抵抗も虚しく、ザインは足で強引に股を開かせつつ、口を押さえていない方の手で下着を剥ごうとした矢先、
「いやぁ! いやぁ! いやぁぁぁ!」
涙を浮かべて悲鳴を上げるベルリナの手足が、激しいが虚しく空を打つ。
犯されかかった彼女が取り乱し、悲鳴を上げ、手足を振り回している間、ザインの繰り出す魔法の槍にウィルの穂先に光を宿した槍がぶつかり合っている。
灯り代わりに槍先に光を宿して、急ぎ足で夜道を進んだウィルは、間一髪で間に合った。たた、急いでベルリナの部屋に踏み込んだため、その足音に気づいたザインは、ベルリナの上からどくと槍を拾い、ウィルの繰り出した初撃を防いでのけたが。
ひとしきり悲鳴を上げていたベルリナだが、次第に落ち着き、冷静さを取り戻していくと、
「助けて! 助けて!」
必死に声を張り上げ続ける。
生前の強さ、技術、経験を有するザインだが、リビング・デッドになった今、生前にないものをいくつか所有している。
リビング・デッドとなったザインは人間と違い、暗闇を苦としないし、疲労することもない。
一方のウィルは穂先に宿した光で視界を確保している状態だ。が、何より、真っ当な生物として当たり前に疲れるので、その呼吸は荒くなり出している。
先の決闘の時と同じ、槍先に死の力を宿しても、今のザインには通じない。すでに死んでいるその心臓を貫いても、ザインは痛痒に感じないだろう。
だが、決闘の時と違い、ウィルは一対一で戦う必要はなく、だからベルリナは冷静に声を張り上げ続け、助けを呼んでいるのだ。
今のザインは犯罪者、正確には化け物だ。人が集まれば狩られ、駆除される立場にある。
ベルリナの声に人が集まり出し、彼らが騎士や冒険者を呼びに行けば、ザインは一挙に不利な状況に追い込まれる。
時が経てば経つほど逃げ難くなるのは、ザインとて理解している。一刻も早くウィルを突破せねばならないが、ザインがいかに強くとも、ウィルはそう簡単に打ち倒せる相手ではない。
「……凄い……」
叫び続けて喉に痛みを覚えるベルリナは、声を張り上げることができなくなったのもあり、両者の戦い、特にウィルの奮闘と踏ん張りに見蕩れる。
しのいでいれば、ザインは逃げ道を失い、多勢に囲まれる。だから、ウィルは踏ん張っているというのもあるが、それだけではない。
冒険者ギルドの職員とはいえ、素人のベルリナは気づいていないが、ここは決闘の時の空地と比べものにならないほど、狭苦しいワンルーム。槍を突くことはできても、振り回すことはできない。しかも、突くにしても大きなモーションは取り難い。
動きも力も制限され、互いに小技の応酬となり、自然と戦いは長引く。
長期戦は避けたいが避ける手立てがない。その不利が理解できるゆえ、ザインは焦り、どうしても槍さばきが雑になる。その雑さを見逃さないがゆえ、ウィルは実力的に勝るザインと互角以上に渡り合っている。
「……ウィル君、頑張れ……」
かすれ声での応援なので、両者が耳に届くことはなかったが、ザインの目にはウィル越しに、何事かと集まり出した人の姿が戸口に見えるようになった。
そして、見えずとも、背後に気配を感じ取ったウィルは、大きく後ろに跳ぶ。
焦りがあったのだろう。ウィルが後退すると、ザインは考えるより先に、反射的に前進してしまう。
「……しまった」
ザインがウィルの意図に気づいた時には、光る穂先が突き出され、何よりもザインは前に出すぎていた。
「……しまったっ!」
間合い的に槍を繰り出して防ぐことのできないザインは、とっさに槍を立てて柄でウィルの攻撃を防ごうとしたが、穂先が天井に引っかかってしまう。
天井に当たって槍をにわかに立てることも引くこともできないザインは、ウィルの突きをマトモに右肘に食らう。
しかも、三度も。
天井に引っかかった槍を戻しつつ、後退して間合いを回復したザインの右腕は肘が完全に壊され、力なく垂れ下がる。
リビング・デッドであるザインは、痛みを感じない。しかし、痛くないからと言って、壊れた右肘が普通に動くわけではなく、魔法の槍を左手一本で構える。
「負けてもいいから、マトモに戦いたかったんだがな」
守るべきもののために、負けない戦い方を選んだウィルは、そう嘆息しつつも、繰り出す槍の鋭さはそれまでと変わらぬものであった。
両手で扱うべき槍を片手でしか握れなくなったザインは、ウィルと互角に渡り合うどころか、その突きを完全に防ぐこともままならなくなった。
魔法の槍はウィルの突きを中途半端に防ぐのが精々であり、ザインがいかに悪あがきしようと、その身と肉は少しずつ削がれ、けずられていく。
やがて、ウィルの息が乱れ、突きの鋭さにやや衰えが見られた頃には、魔法の鎧で守られていたにも関わらず、ザインの肉体は
ズタズタになっていた。
何よりも左腕も突き砕かれたザインは、魔法の槍を床に落として、拾えぬ状態となっている。
「うおおおっ!」
二度目の死が避けられぬと悟ったザインは、やおら踵を返し、ベルリナに襲いかかろうとしたが、ウィルの槍さばきはどこまでも冷徹であった。
背中を見せたザインの右膝を裏から貫き、歩くどころか、立つことさえできなくする。
それでもベルリナに迫ろうとしたザインの左膝も突き砕いたのだが、さらに這ってまでもベッドインを果たそうとする執念に、ウィルは呆れたようにため息をつく。
精力的なまでの往生際の悪さに、ウィルは大いに呆れつつも、ザインを蹴ってひっくり返し、槍で股間を深く突き刺して、その執念の根源に終止符を打つ。
その途端、ザインがただの屍に戻ったと同時に、報せを受けて駆けつけたのであろう、騎士や冒険者らがようやく現場に姿を見せ出した。




