やりたいという一念から、化け物となるとは
「はっ? ザインが生き返った?」
冒険者ギルドからのその報せは、とても信じられるものではなく、ウィルは訝しげな顔となり、セラ、ユリィ、リタ、サリアも顔を見合わせて反応に困る。
ザインを殺した後、冒険者ギルドに立ち寄ってベルリナに決闘の結末を告げたウィルたちは、そのまま借家に帰ってサリアに夕食を食べながら決闘についてのアレコレをことを話した。
そうして話し込んでいる内に夜も更けていき、そろそろ夕食の片づけをして寝ようとした矢先、ウィルたちは夜分、訪ねて来た盗賊らしき中年男性を玄関で出迎えた。
その盗賊は冒険者ギルドからの依頼を受け、ウィルたちに緊急の指名依頼を持ってきたのだが、その内容は復活したザインの討伐というものであった。
腕はいくら立とうが、仲間にすら死体を捨て置かれるザインである。人望皆無なランサーを弔ってやろうという物好きはいなかった。
決闘が終わった後、空地に用のあった冒険者らはあろうことか、ザインの死体を教会に運ぶどころか、邪魔にならぬように隅っこに移動させたがため、夜が訪れると同時に、ザインが自力で立ち上がる事態と状態を招く。
「ザインはアンデッドになったということか」
「ああ、そうだ」
ユリィの言葉と確認を伝達役の盗賊はうなずいて肯定する。
アンデッドとは、ゾンビやゴースト、ヴァンパイアなどの不死生物のことだ。
生物は基本的に死ねば終わりだが、アンデッド化すれば死後も動き回ることができる。
アンデッド化の術を施されたり、アンデッドに殺された場合も死後、不死生物となるが、他にも無念や妄執を抱いて死んだ者がアンデッドとなるケースがあり、ザインはこれに該当するのだが、
「で、ザインはどのようなアンデッドとなったのだ?」
ユリィが問うとおり、アンデッドと言っても様々な存在がある。
知能も思考も失い、ただ手当たり次第に生者に襲いかかるゾンビ。
肉体を失い、霊体となってうごめくゴースト。
そして、知性も肉体も失わないどころか、吸血行為によって不死性を保つ必要はあるが、人間を超越した別種の存在へと変貌したヴァンパイア。
他にも、スケルトン、グール、ワイト、レイスなど、死後も動き続ける化け物は何種類もいる。
「おそらくだが、リビング・デッドだろうと言うのがギルドの見解だ」
盗賊の口にするリビング・デッドとは、ゾンビが「動く死体」であるのに対して「生きた死体」と言うべき存在だ。
アンデッドは基本、死体がそのまま、あるいは死体を失いながらも、何らかの作用や力で動いているが、これに例外とされるのがヴァンパイアとリビング・デッドである。
ヴァンパイアに血を吸われて死んだ者はヴァンパイアと化す。ただ、世の中にはヴァンパイア・ハーフなる存在もある。
人とエルフが交わって子を成せばハーフ・エルフ、人とオークが交わって子を成せばハーフ・オークという混血種が誕生するように、ヴァンパイアが他種族と子を成せばヴァンパイア・ハーフという混血種が産み落とされる。
ヴァンパイアに限らず、アンデッドは死んで肉体機能が止まっている。死んだ時点で当然、生殖機能も失われており、そもそもゾンビやスケルトンには生前のように性交に及ぶという発想がない。
ヴァンパイアもその肉体は基本的に死んでおり、心臓は動いていない。しかし、なぜか生殖機能の他、生前の機能はいくらか残っている。それゆえ、ヴァンパイアは単純なアンデッドではなく、死後、ヴァンパイアという別種になったと考える者もいる。
リビング・デッドは不可解だが、ヴァンパイアほど複雑でも高等でもない存在だ。
リビング・デッドは生前の妄執に固執するあまりに生まれるアンデッドだ。心臓も脳も動いていない点はゾンビと同じだが、生前の機能や思考は残しているので、人のように振る舞い、人の中に紛れつつ、どうすれば生前に果たせなかったことを果たせるかを考えて行動する。
もう一つ、リビング・デッドの厄介な点は、生前の技能や経験を残している点だ。ゾンビのように闇雲に暴れるだけではなく、生前の強さがリビング・デッドの強さに反映される。
生前のザインの強さと腕前を思えば、ますます厄介で危険なアンデッドであったが、
「ギルドは何を根拠に、ザインがリビング・デッドとなったという結論に至ったのだ?」
「被害者の証言だ。奴の仲間の一人と、ギルドから少し離れた花屋の娘。こいつらがザインに犯されたと証言している」
ザインの死は確認されている。そして、死体の構造上、レイプのできるアンデッドは限られている。
二人の被害者が血を吸われていないのであれば、消去法でリビング・デッドと目するのは当然の結論だ。
仲間の一人、その女性冒険者は生前の装備を取り返しに来たザインに、ついでに犯されたとのこと。もう一人の被害者、生前のザインにしつこく言い寄られていた花屋の娘は、武装したザインが店の中に踏み込んで来て、声を上げる間もなく両親を殺された後、口を押さえられて犯されたそうだ。
「スウェア一の槍使いというのは伊達ではないな。やりたいという一念から、化け物となるとは」
ユリィはそうつぶやいたが、当人の口調は至って大真面目なものであり、ウィルたちにしても笑う気になれない。
「つまり、私たちというより、ウィルにザインを討てということか」
ザインの強さは言うまでもない。数を揃えれば倒せることは倒せるが、数を揃えただけでは倒すまでに犠牲を出してしまう。
数と共に質を揃えねば、ザインに対抗できないという発想は間違っていない。ただし、数と質を揃えさえすれば、ザインを簡単に倒せるとはならない。
ザインはただ腕が立つだけではなく、冒険者として生き延びてきた経験を有する。熟練の冒険者でもあったリビング・デッドならば、冒険者らが自分を狩るのにどのような手立てを用いるか、ある程度は予測できるだろうから、裏をかかれる危険性があるからか、
「なるほど。話はわかった。そういうことなら、断らせてもらおう」
ウィルはあっさりとザインとの再戦を避けた。




