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どうするか、どう戦うか、決めるのもオレだ

「あのザインともめたと聞きましてね。本当ですか?」


 昼前に訪ねて来たベルリナは、玄関で出迎えたセラに対して、あいさつも省いてそう切り出した。


 ウィルとザインの決闘。しかも、一人の女を取り合っての事。話題性もあることもあり、昨日の晩の出来事にも関わらず、決闘の件はスウェアの町の冒険者とその関係者で知らね者はいないとまで、一気に駆け巡り、広まっていた。


 冒険者ギルドに出勤してすぐ、その話を耳にしたベルリナだったが、仕事を放り出すわけにはいかない。


 それでも同僚に頼み込み、時間を作って訪ねて来たベルリナに、セラは丁寧にお辞儀をしてから家の中に通し、リタとサリアが見守る中、ウィルとユリィが睨み合う狭い台所へと案内した。


 正確には、ムキになっているのはウィルの方で、


「ベルさんか。ちょうどイイ所に来てくれた。このわからず屋を説得するのに手を貸してもらいたい。なので、そこに座られるがいい」


 ユリィの方は来客にすぐに気づくほど、冷静さを保っていた。


 席を勧められたベルリナはセラと共に腰を下ろし、


「ウィル。相手のことを知らぬまま、議論を重ねても不毛なだけだ。ここはベルさんから、情報提供を願うべきだ」


「ギルドの職員として、情報料をもらわねばなりませんがね。本来なら」


 そう言いながら、わざわざウィルたちを訪ねて来たベルリナの目的は、その情報提供にある。


 冒険者ギルドの職員として、特定の冒険者との親しいつき合い

は快く思われないので「私から聞いたのら内緒にしておいてくださいね」と前置きしてから、


「まず、先に知っておいてもらいたいのは、グライスがザインと懇意にしていることと、ゴバイルの死体が今朝方に発見されたことですかね」


 衝撃的な情報を提供され、ウィルたちはさすがに目をむく。


「……ベルさん。それはグライスがザインに命じ、ゴバイルを始末させたということか?」


「それはさすがにわかりませんね。ただ、ゴバイルは何者かに脅されていた形跡があるということは、確かですね」


 ユリィのストレートな推論を、ベルリナもそのまま肯定することはなかった。


「想像の翼を広げれば、カサードの役人にゴバイルはゆすられ、その事をグライスに相談した。それでゴバイルの失態を知ったグライスが、あのザインを使って切り捨てさせた」


 サリアが語る内容は、あり得ないストーリーでもない。また、そうなる結果も想定して、ウィルたちもカサードの役人にゴバイルの刺客を突き出したのだ。


「重要なのは、その先のストーリーと思う。仮にゴバイルを始末したのがザインとして、そのことがうちらに伝わる前に仕掛けてきたのなら、侮れない。グライスの指示かも知れないけど、ゴバイルの件をこっちが知っていたら、警戒してあんな大騒ぎを起こさなかったかも知れない。後の祭りだけど」


 リタの指摘するとおりなら、この事態がグライスの指示でもザインの考えでも、ゴバイルのような考えなしとは異なるのだけは確かだ。


 実際、今回の決闘は先のケンカの延長上のものとその場では考えたウィルたちであったが、後になると何か仕組まれていた不自然さを感じていた。


 そして、ベルリナからの情報提供を受け、ナンパしてきた二人の冒険者がザインの仕込みであるのを、ほぼ確信した。


「あの男のお得意の手口ですね。狙っている女性に噛ませ犬を仕掛け、それを自分で追い払ってのける。私は茶番と気づいて白けましたが、引っかかった同僚や後輩がいるんですよね」


「それは無理もなかろう。冒険者というより、厳つい男に強引に迫られたら、普通は怯えるものだ。そこを助けてもらえば、どうしても気がゆるみ、隙ができる。礼にちょっとしたことなら、と応じてしまうのだろう」


 ユリィの言葉にベルリナは苦々しくうなずき、


「だから、私は口先だけの礼で徹底的にすませました。かなり、しつこいんですがね」


「ということは、口先だけの礼ですませなかった者は……」


「ちょっとしたデートに応じたが最後。うまく逃げ道をふさぎ、時に強引な手を使って、泣きを見ることになりましたね。タチが悪いのは、冒険者としての地位がある上、グライスという協力者がいる点ですね」


「それならば、泣き寝入りになるのも仕方ないな」


「あのですね、ユリィ。あなたも他人事ではないんですよ? 言っては失礼でしょうが、ウィル君がいかに腕が立ったって、相手はあのザインなんですからね」


「ああ、わかっている。マトモにやったら、オレが負ける」


 不機嫌そうに不愉快な現実を認める、黒羽人の槍使い。


「ウィルより強いんですか、あのザインという人は?」


「その点は、にわかに信じられないな、私も」


 立ち振る舞いを見ただけで相手の実力を察することができないセラとサリアが、そう口にするのも無理はないだろう。


 二人はウィルがいかに機敏に動き、巧みに槍を扱う様を目にしている。目にしたことのないザインの戦いぶりを想像できるものではない。


「単純なスピードや技術なら、ウィルに軍配が上がる。しかし、経験がそれを上回る。一年後なら、ウィルに全財産を賭けるが、明日の決闘はザインの方に賭けるな」


「オマエ、わかっているのか? 明日、賭けられているのはオマエ自身で、肝心のオレにはマトモにやって勝つ自信がない」


「だから、追い込まれたら、すぐにギブアップしろ。ヘタに粘ると、殺されかねんぞ。決闘での事なら罪に問われんのだからな」


 特に、グライスの息がかかっているとなれば、ザインは決闘の最中でウィルの始末にかかるかも知れない。


 ゆえに、勝ち目がないと見たら負けを認めるように諭すユリィは、


「安心しろ。オマエが負けても大丈夫だ。あの男が貫く前に、私が全身を貫いてやる」


「それだから、安心できないんだよ」


 ウィルが声を荒らげるのも無理はないというもの。


 ユリィのスキルなら、スウェア最強のランサーでも、口にするとおりに全身を数多の偽剣で刺し殺すことができる。しかし、決闘の最中ならともかく、寝所で死体が出れば、ユリィは罪人となる。


「あの、ザインをあまりなめない方がいいですよ。隠し持った短剣で何とかなるほど、甘くありませんからね」


 一同の中で、唯一、ユリィのスキルを見たことのないベルリナは、そんな忠告を口にする。


「ベルさんの言うとおりだ。手札が知られていると思った方がいい」


 ウィルが言うとおり、ユリィの奥の手が知られている可能性はある。


 カサードの町で突き出した冒険者たちは生きている。彼らが、ユリィが数十という剣を出現させたと供述しているかも知れず、それがザインの耳に入っている可能性はゼロではない。


 少なくとも、ユリィが昨晩、大の男を再起不能にした場面は見ている。ザインが警戒して、手足を縛ったとしても、数多の偽剣で貫いて殺すことはできる。しかし、さらに警戒して薬でも飲ませたなら、貫かれるのはユリィの方となる。


「ここはオレが勝つのがベストだが、それはできない。しかし、負けるのがベターとも思えない」


「それでもう一つの手段を取る、と? 何もそこまで気負わなくともいいだろうに」


「決闘するのはオレだ。どうするか、どう戦うか、決めるのもオレだ」


 怒気さえにじませ、自分のために気に食わない結果を選ぶウィルに、ユリィは天を仰いでから、救いを求めるようにセラ、リタ、サリア、ベルリナに視線を向けていく。


 だが、四人の誰もが助け舟を出すことはなかったが、それは当然の反応だろう。


 四人の内、セラ、サリア、ベルリナは、決闘でウィルが何をしようとしているのかわからないのだ。


 そして、何をしようとしているのかわかっているリタの心情は、ユリィよりもウィルに近いのだから。



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