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オレは結婚の約束をしている。男として引くわけにはいかんだろうが

 武器を手にしての戦いならば、善戦くらいはできたかも知れない。


 しかし、素手の戦いにおいて、二人組はユリィとリタの前に倒れ伏し、酒場の床を自らの血で汚していた。


 酒場ではありがちなケンカだが、この夜のケンカはありがちな内容ではなかった。


 大の男が少女にのされた程度の内容ではない。


 当初、ユリィもリタも、つかみかかって来る男たちに対して、逃げ回るだけであった。が、二人は何も考えず逃げ回っていたわけではない。


 リタはテーブルなどが邪魔にならない、投げ飛ばすのに支障のない位置に来ると、


「えげつないな。極めて、投げて、蹴る。フルコースを食らわすか」


 ウィルが呆れて言うように、リタは男が伸ばしてきた片腕をつかむと、それをひねるだけではなく、腰を落としながら体の向きを反転させ、ひねった腕を肩に担いで一本背負いの要領で男を大きく投げ飛ばすが、それだけでは終わらない


 投げ飛ばした男が床に落ちるより早く、その顔面に蹴りを叩きつけたのだ。


 大量の鼻血が噴き出る顔面を片手で押さえる男は床の上でうずくまっているが、それも無理はないというもの。


 ひねり上げられたまま投げ飛ばされた男の片腕は異様にねじれており、少しでも動かそうものなら、蹴りを食らった顔面とは比べものにならない激痛が走るのだから。


 おそらく、男のねじれた片腕は再生の御業でも使わぬ限り、二度とマトモに動かないだろう。


 が、その程度の後遺症、ユリィがもう一人の男につけた傷跡に比べれば、はるかにマシなものであった。


 リタと同様、つかみかかって来る男の手から逃げていたユリィは、タイミングを見て相手の手首をつかんで、後ろに自ら倒れ込んだ。


 手首をつかまれているため、ユリィが倒れ込むのに引っ張れ、男も前へと倒れて行くが、それに慌てることはなかった。


 共に倒れ込んでも、そのままのしかかれば体格や力で勝る側に有利だ。ユリィもそれがわかっているゆえ、倒れ込みつつ足の裏を男の股間に当てたが、それでも男は慌てずに笑っていた。


 だが、思惑どおりに共に倒れ込んでユリィの上にのしかかった男は笑っているどころか、白目をむいて気を失っていたが、潰れた股間が朱に染まった状態からすれば、これも無理のないことであろう。


「単に足の裏を当てているだけに見えるが、その実、足の裏から集約した運動エネルギーが解き放たれている。骨くらいなら砕いてのける威力があるはずだ」


 解説するウィルの表情と口調が苦い。


 ユリィの技を食らった男はへし折られ、二つとも砕かれているのは明白だ。同じ男として、同情を禁じえないというもの。


 見事、リタと共にナンパに高すぎる代価を払わせたユリィは、


「こんな騒ぎを起こしては、これ以上、ここで祝杯を挙げるのは避けるべきか。持ち帰れる料理は持ち帰り、続きは家でやるか」


 酒場でのケンカは両成敗が基本だが、ユリィもリタも備品や料理に被害を出さずに勝利した。現在進行形で床を汚しているが、その原因はヘタに動かせず、医師を呼ばねばならぬ状態だ。


 降りかかった火の粉を踏み潰しただけだが、両成敗の原則からユリィは料理の持ち帰りを頼む際、酒場の従業員に多目にチップでも渡して、床掃除も頼んでこの場を収めようとしたが、


「おいおい、嬢ちゃん。ここまでやっておいて、ハイ、サヨナラはねえだろ?」


 そうユリィというより、ウィルたちを呼び止めた二十代半ばくらいの、精悍だがどこか卑しさを感じさせる顔立ちの戦士も、その背後に従う、二十歳前からウィルたちより少し上といった、三人の女性冒険者も、見覚えのある顔であった。


 もっとも、冒険者ギルドやその併設の施設で顔を見たことがあるというだけで、会話どころか、あいさつすらしたこともない。


 ただ、男の方はこの町で一番、腕の立つ槍使いとして有名な人物である。スウェアの町ではその顔と腕前を知らぬ冒険者はいないだろう。


「……ザイン殿であったか」


「ああ、そうだ。このスウェアで最強のランサー様だ」


 ユリィの確認を、自信過剰気味に肯定するザイン。


「こいつらは最強のランサー様の仲間なのか?」


「違う。だが、知り合いだ。だから、落とし前を取ってやろうと、しゃしゃり出てきた」


「単なるケンカですが?」


「ちょっとしたケガなら、こんなことは言わねえ。しかし、このケガじゃあ、こいつらは冒険者を廃業することになる」


「私のような嬢ちゃんに負けるようでは、いつか命を落としていただろう。私に負けて、死なずにすんだのなら、ケガの功名というものではないか」


「そんなにビビる必要はないぜ。女相手に酷いことをするつもりはねえ。単に、その体で落とし前をつけるだけだ。初物であっても、いつかはする痛みを味わうだけの話さ。どうだ、オレ様は優しいだろ」


「こちらとしては、お優しいザイン殿と事を構えたくないんだがな」


「それなら、月のない晩にでも、勝手に落とし前を取らせてもらうだけさ」


 ユリィのみならず、リタもウィルも、避けようのないトラブルにそっと嘆息する。


 相手がトロールを倒した戦士だろうが、ウィル、ユリィ、リタが力を合わせれば、並のドラゴンなら相手取れる。ザインの従えている三人の仲間も、見たところ、大した腕前ではない。


 サリアを省き、四対四の総力戦になれば、ウィルたちが勝利するだろう。


 それがこの場のことでなければ。


 冒険者ギルド併設とは、双方、装備を外して酒場に来ており、所持しているのは護身用の短剣のみ。しかし、その短剣一本というのがクセモノだ。


 床に転がる男たちも、短剣を抜いてユリィとリタと対峙していれば、ここまで一方的に再起不能とはならなかっただろう。それなりの腕前の冒険者でもそうなのだから、ナイフ一本でも持たれたら、ユリィやリタではザインやウィルに勝てなくなる。


 無論、ウィル、ユリィ、リタにはスキルがある。が、ウィルのスキルは槍がなければ使えない。ユリィとリタのスキルなら、一人で四人を倒せなくもないだろうが、そうはカンタンにいく状況ではない。


 リタの召喚は発動するまで時間がかかる。悠長に呪文を口にでもしようものなら、唱え終わる前にザインにやられるのは明白だ。


 逆に、ユリィのスキルなら、四人を瞬殺できる。ただ、ケンカ沙汰で殺人に発展したら、普通にユリィはお縄をちょうだいすることになる。


 ユリィのスキルは一か全弾の二択しかない。全弾、放って皆殺しにするのは社会的にマズイ。とはいえ、偽剣を一本ずつこさえても、ザインに対抗できるものではない。


 そして、スキル未使用で四対四の状況となると、セラがネックとなってしまう。


 ウィルがザインと渡り合い、その間にユリィがリタが二人を仕留める前に、残る一人がセラを押さえたならば、それでウィルたちの敗北となる。セラの首筋に短剣の刃を当てられたなら、ウィル、ユリィ、リタはお手上げという状態になるからだ。


「知人のため、ザイン殿が引かぬことは理解できた。手合わせは避けられぬなら、私が相手をするのを否と言う気はない。ただ、私の敗北で仲間にその責を負わせるのは心苦しい。その点は理解してもらいたい」


 ユリィは覆面で顔を隠し、顔に酷い傷があると喧伝している。また、その首筋を見れば人でないのは瞭然だ。


 ザインが狙っているのはリタかセラと考え、最悪、二人にだけは手を出せないよう、ユリィはそう切り出す。


 うまくすれば、自分はノーサンキューということで、ザインが白けて手を引くことも期待していたのだが、


「ああ、いいぜ。水精族の女は味わったことがねえ。ここでもベッドの上でも、オレの実力を味あわせてやるぜ」


「おっと、待ってくれ。その勝負、槍で決しようじゃないか。オレもランサーなんでな」


 ユリィの最後の回避策が不発となるや、ウィルがザインに決闘を申し込む。


「おいおい、よりにもよって、槍で勝負を挑むか、小僧」


「挑みたくはないが、挑むしかないだろう。その水精族の女とやらと、オレは結婚の約束をしている。男として引くわけにはいかんだろうが」


「面白い。その心意気に応じてやる。てめえの槍をへし折って、この女にオレの槍を叩き込む。その時のてめえらの泣きっ面、今から楽しみだ」


 卑しい笑みを浮かべ、ウィルの申し出に応じたザインは、


「場所はギルドの側の空地。時は明後日の午後。それまでせいぜい、愛を確かめてな。その幻想をオレが突き砕いてやるからよ」


 自らの勝利を確信し、その時の愉悦を想像して、卑しく表情をゆるませるスウェアで最強のランサーは、足早にウィルたちの前と酒場から立ち去って行く。


 明後日のお楽しみで硬くなりつつある己の槍を、背後に続く三人の仲間で鎮めるために。



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