オレたちがここを食い止める!
夜行性のゴブリンは陽の光を苦手とする反面、暗い場所でも視界が効く。ただ、遠くまで物が見えるわけではない。
ウィルたちを狙った、森の中のゴブリンらの第一射が外れたのは、幸運が重なった結果だ。
ゴブリンたちは見張りは焚き火の側にいると思い込み、視界の悪い森の中から焚き火のみを目印に、その側を狙って適当に矢を射たこと。今が夏の終わりのため、焚き火から離れた場所にいたこと。
無論、幸運だけのことではない。大人数で森の中を進むゴブリンの物音と足音と気配に逸早くウィルとユリィが気づいた点も大きい。ウィルがセラを突き飛ばし、共に焚き火から離れた時には、先に気づいたユリィがリタを起こし終わって弓矢を手にしていた。
「……ギャッ!」
そして、音と気配を頼りに放ったユリィの矢が命中したのだろう、森の中からゴブリンらしき悲鳴が上がる。
「オレたちがここを食い止める! セラは村にこの事を伝えてくれっ!」
「……は、はい。わかりました」
槍を構えるウィルの指示に戸惑いながらも、言われるままにセラが村へと駆け出し時には、ユリィは二本目の矢を弓につがえようとしているだけではなく、
「風よ! この身を守りたまえ! エア・プロテクション!」
遅れて立ち上がったリタが矢避けの精霊魔法を使っていた。
仲間と森とゴブリンに背を向け、畑から村へと走るセラは、背後でいくつかの矢が風を切る音と、ゴブリンの悲鳴をまた耳にしたが、星明かりを頼りに進む彼女にはそれについて考えている余裕はなかった。
夜道、何度もつまずきそうになりながら、
「ゴブリンです! ゴブリンが出ました!」
無我夢中で何度もそう叫んで駆け回っていると、家々から男たちがわらわらと出て来た。
「何があった!」
「ゴブリンが出ました!」
村人の問われた点にセラは反射的にそう答える。
「どういうことだ!」
「ゴブリンが出たんです!」
「それでどうしたんだ!」
「ゴブリンなんです!」
「だから、何なんだ!」
「だから、ゴブリンなんです!」
夜中、起こされて頭が働いて村人たちと、訳がわからぬまま伝令を命じられ、慌てていることもあって何も詳しい説明ができないセラは、約千を数える間、不毛な怒鳴り合いを繰り返す。
その不毛な時もモーグの村長が進み出て来ると、
「ゴブリンが襲って来たのかっ! で、仲間はどうした!」
「ウィルたちは戦っています!」
「わしらに加勢に行け、ということか?」
「えっと、そうなのだと思います!」
冒険者とはいえ、新米の哀しさ。セラは間違った肯定する。
ここでセラが伝えるべきことは、ゴブリンがけっこうな数で襲って来たこと。少なくとも、弓矢で武装していること。仲間が食い止めているが、別働隊がいるかも知れないこと。
そして、指示すべきは、村で戦える者は全員、武器となる物を持って一ヵ所に集まること。女子供は家から出さないこと。暗いと不利だから、灯りをなるべく多く用意すること。
が、ちゃんとした伝令も指示もない村人たちは、冒険者を助けに行くか行かないかでもめ出す始末。
もし、ウィルたちが食い止められねば、あるいは別働隊がいたら、村が致命傷を受けたであろう一同が重ねるロスは、
「ゴブリンは追い払った。もう大丈夫」
風で音や声を離れた場所に伝える精霊魔法で安全を告げられるまで、続いた。