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噂というものは怖いものですね

「これは当分、保存食しか口にできそうにないな」


 店頭に張り出されている小麦の価格がふっと目に入ったウィルは、何気ないことのようにつぶやく。


 ウィル、セラ、ユリィ、リタ、そしてサリアの五人は、スウェアの町の通りを歩いているのだが、たった数日、邪教徒に囚われていた四人の冒険者の目には、まるで別の町のように映っている。


 この国の辺境に位置するスウェアの町は、元々、物流が盛んでもなければ、これといった特産品があるわけでもない。そうした町に比べれば、景気も活気も今一つではあるが、それでも今のスウェアの町のようにさびれた印象を受けるほどではなかった。


 ましてや、収穫期に入った今なら、周辺の村々から秋の実りがひっきり無しに運び込まれ、スウェアの町もそれなりの活気にあふれるはずである。


 本来ならば。


 しかし、現実には村から運ばれる収穫物は例年より少ない。ミューゼなどの開拓村が壊滅したことを加味しても、だ。


 さらにスウェアの町のどの店の店頭も、食料品の品揃えが悪く品薄な上、どれも普段なら目を疑うくらい高い。


「いや、しかし、噂というものは怖いものですね」


 サリアがそんな感想を口にするが、その「怖い噂」を流した張本人だったりする。


 食料品の価格高騰を引き起こしたサリアによる発端は、実に単純なもの。コラードらとの雑談の際、


「うちや近くの村はどこもダメになったから、今年は食べ物がけっこう値上がりすると思うんですよ。だから、いっぱい、買い込んじゃいました」


 そうした懸念を口にしただけである。


 もっともな話なので、コラードらもそれに倣い、そのことを親しい者に話して、彼らも食料品の買い込みに走った。


 そのような連鎖反応に気づいた商人などが食料品の買い占めを行うと、スウェアの町の食糧事情は一気に悪化した。


 買い込みや買い占めで食料品が品薄になれば、それに応じて値上がりが起きる。人は食べねば生けていけないから、高くても食べ物を買わねばならない。それが買い込みや買い占めを加速させるだけではなく、値上がりを見込んだ近隣の村々の売り渋りも招き、そうした悪循環がスウェアの町から活気を奪い去ったのだ。


 いや、悪化したのは食糧事情だけではない。スウェアの町の治安も悪化している。


 飢えから盗みが頻発し、それが殺人に発展するケースもあるぐらいだ。


 スウェアの町の領主たるトゥカーン男爵は、さぞかし頭を痛めているだろう。


 多額の借金を背負うトゥカーン男爵にとって、領地の商人は支配する民であると共に債権者である。だから、彼らの買い占めに口や手が出し難いのだ。


「しかし、噂ひとつでここまで踊ることになるとは、集団心理というのは、空恐ろしいな。少し冷静になれば、高い食べ物を口にしなくともいいだろうに」


「けど、遅かれ早かれ、こんな感じになったと思うよ。で、みんな、遅かれ早かれ、そのことに気づく」


 声に割り切れぬものを含むユリィに対して、リタの声音は実にドライだった。


 ユリィでさえ、この反応である。セラなどはサリアを非難する気持ちを隠し切れず、何か言いたげな表情を浮かべている。


 が、そんなセラの反応と心情に気づきつつも、


「ですから、旬を逃さぬためにも、手早く買い物をすませ、冒険者ギルドに行きましょう」


 リタよりも割り切っているサリアの声は平然としたものである。


 五人が出かけた理由と行き先は二つ。


 まず、武器屋でフォケナスに噛み砕かれた短槍を買い直すこと。


 それから向かう冒険者ギルドは、仕事を、依頼を探しに行くためではない。


 冒険者ギルドに買い出しの依頼を受理してもらうためである。


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