冒険者を辞めるのですか?
「オレたちは太陽神の信徒だが、今日の夕食は地母神に感謝せねばならんかもな。しかし、人間ってのは現金なものだ」
「まあ、そうですね」
周囲を警戒しながらのウィルの軽口に、セラがあいづちを打つ。
町と違い、村は日の出と共に起き、日没には就寝する。
夜の村は完全に寝静まる。が、モーグの村においては、貴重な薪で焚き火をし、ウィルとセラの両名は森と畑の境で見張りをしていた。
ウィルが言うとおり、現金なもので、セラがケガを治して役に立つと、モーグの村は夕食を提供してくれた。
昼を抜いた一同だが、見張りとゴブリンとの戦闘を考慮し、腹八分目で夕食をすますと、自分の荷物と提供された薪を持って、ウィルたちは森と畑の境に移動した。
テントを買う余裕のない新米冒険者たちは、日没から夜半がウィルとセラ、夜半から日の出はユリィとリタと見張りの順番を決めると、後番の二人は安物の毛布を半がけにし、焚き火から離れて横になった。
まだ暑くて寝苦しい季節である。見張りの二人も焚き火から距離を取って腰を下ろしている。
ゴブリンがいつ襲って来るかわからぬ状況である。ウィルはもちろん、寝ているユリィとリタも、武器を傍らに置き、防具も着けたままだ。
「ゴブリンにとっては、今は『昼』だからな。向こうが『昼』になってすぐに出て来るか、村が完全に寝静まる頃合を狙うかになる。ただ、毎晩のように畑を荒らしているから、今夜も来ると思った方がいい。ゴブリンが来たらオレが食い止めるから、セラは二人を起こしてくれ」
「はい、わかりました」
緊張した面持ちと声で応じてから、
「何か手慣れてますね。ユリィたちも寝入っていますし」
「兄や姉たちからこの手の体験談を聞くことがあったからな。ちなみに、こいつらは神経がず太いだけだ」
「えっと、体験談を聞くことがあったというのは?」
ユリィたちの部分は聞き流し、無難な点を突っ込んで聞く。
「オレたちみたいに勤め先が外れだったっていう兄や姉が、冒険者とか傭兵になったってだけさ。で、孤児院に立ち寄った時に、オレたちが冒険譚をせがんだってところだ」
「その方々は、今も冒険者を続けているのですか?」
「続けている方が相対的に少ないな。ある程度、金がたまったら、それを元手に商売を始めたり、仕事でできたコネを頼りに再就職したとか、他にも良縁を得て結婚するケースもある。全体的に若い内に方向転換を計って、安定した生活に入ってくれるから、オレたちも安心できているよ」
「ウィルも良い仕事が見つかったら、冒険者を辞めるのですか?」
「こんな将来性も安定性もない、ギャンブリックな生き方、なるべく早く切り上げるべきだろうよ。もちろん、自分の都合だけで辞めるような不義理なマネはする気はない。ちゃんと仲間の理解と了解は事前に得るよ」
「しっかりした考え方とは思いますが、気が早いですよ。まだ、初仕事も終わってないのですから」
「違いないな。仕事を終えなければ、稼ぎにならない。稼ぎがなければ、暮らしていけない。そして、ゴブリンを倒さなければ、ゴブリンに倒されたら生けてはいけな……んっ」
おどけた表情が一変し、不意に緊張した面持ちで、森の方に鋭い視線を走らせる。
「……? どうしたので……」
「二人を起こす……いや、焚き火から離れろっ!」
ウィルは傍らの槍をつかみながら、もう片方の手で小首を傾げるセラを突き飛ばし、共に焚き火から離れる。
直後、焚き火の側に数本の矢が降り注ぐ。
尖った石を鏃の代わりにくくりつけただけの、粗末な矢が。