お肉の在庫が少なかったんですよ
大半の平民は子供に読み書きを習わせることなく、労働力として朝から夕方まで働かせる。
カヴィたちもこの教会に来るまで、親元で黙々と働くか、ムチで打たれて働かされるかを経験している。
それに比べれば、フォケナスの課す強制労働は和気あいあいとしたもので、おしゃべりをしながら手を動かして良いほどだ。
さしてキツくない「強制労働」に、昨日、来たばかりの子供たちは戸惑うくらいだ。特に、彼らは皆、農村出身でこの手の労働に慣れている。カヴィたちにしても、読み書きを習う方がずっと辛く感じるほどだ。
フォケナスの『畑』はカンタンな手入れさえすれば、後の発育は賢者の石がやってくれる。
勉強で疲れた子供たちには、この軽い農作業はちょうど良いのか、不慣れな勉強でげんなりしていたその表情も、体を動かしている内に明るいものへと戻っていった。
その栽培法に度肝を抜かれたウィルたちだったが、しかしまだ驚くべきものが残っていた。
夕方近くに農作業を終え、その日の収穫物を手に教会、正確にはその裏庭にある井戸に一同が行こうとした矢先、不意に彼らの上に巨大な陰が差す。
陰と共に気配、その圧倒的な存在感に気づいたウィルたちだったが、彼らが視線を転じた時にはその巨大さと接近していたこともあるのだが、一同の注意は右前肢が握っていた、そこから放り出されたモノに向く。
「……グリフォンッ!」
自分たちの前に投げ出された死骸の正体を、ウィルは驚きと共に叫ぶ。
グリフォンはワシの翼と前半身と獅子の後ろ半身という外見の魔獣で、前半身の足で馬一頭をつかんで飛び去るだけの力と大きさを持つ。
単純な肉弾戦の強さはマンティコアより上だが、魔法を使うどころか、動物程度の知能しかないので、適切な戦法を取れば、ベテラン冒険者のパーティなら充分に勝てる。
もっとも、そのグリフォンは骸となっているので、そちらよりも重要なのはグリフォンを狩った方の魔獣、
「……ドラゴンッ! いや、エンシェント・ドラゴンだとっ!」
教会をも上回るほどの巨躯を誇る、黒き鱗のドラゴンが、神代より生き続ける古代種であるのを見抜き、ユリィは愕然となったが、それはウィルもリタも同様であった。
セラと子供の半数は腰を抜かしている。
基本的に、ドラゴンは年齢を重ねているほど強い。生まれたばかり、幼体のドラゴンは、ワイバーン、ワーム、サーペントといった亜竜くらいの強さだ。
エンシェント・ドラゴンは違う。重ねた年月は伊達ではなく、天使や高位魔族に匹敵する。
「ちょうど良かった。お肉の在庫が少なかったんですよ」
「ワン」
だが、エンシェント・ドラゴンの二、三体くらいまとめて倒せるフォケナスは肉の入手を素直に喜び、エンシェント・ドラゴン程度、子犬くらいの脅威でしかない魔獣神は、右前肢の肉球をグリフォンの死骸に乗せる。
すると、グリフォンの骸から黒いもやが立ち上ぼり、霧散していく。
「安心してください。闇の因子は無くなりました。この肉は安全です」
魔獣の肉は食用に適さない。魔獣を魔獣とたらしめる、闇の因子が害となるからだ。
無論、闇の因子を持つ魔獣ならば魔獣を食らっても、問題はない。また、闇の種である魔族などなら、魔獣の肉、正確には闇の因子を摂取しても害とならない。
人間が魔獣の肉を食べるには、闇の因子を何とかせねばならない。そして、闇の因子を無害化する加工法はあることにはあるのだが、それには手間がかかる。
だから、太古の昔、闇の因子を与えた魔獣神が、闇の因子を除去して、フォケナスに余計な手間をかけさせないようにしたのだ。
エンシェント・ドラゴンを前に、平然としているのは魔獣神と
フォケナスだけではなく、カヴィたち子供の半数も見慣れた光景という反応を見せているが、初見のウィルたちはとても平静でいられない。
だが、動揺しながらも、ウィルはこれが家畜のいないこの教会の食肉の入手ルートと考え、それは外れではないが、完全な正解でもなく、エンシェント・ドラゴンが提供するモノの全てではなかった。
家畜がいることで手に入る物は多い。その中で畑仕事で欠かせぬのが、家畜のふんに手を加えて肥料とする堆肥だ。
洞窟の側には堆肥の小山があるが、先述のとおり、この教会は家畜を飼っていないが、
「ガアアアッ!」
雄々しい咆哮と共に、その謎が明らかになる。
カヴィたち子供の半数が鼻をつまむ中、全て出し終えたエンシェント・ドラゴンは飛び去って行く。
その巨体に見合うだけの排泄物を残して。




