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……なぜ……わざわざ、このようなことをする?

 一日三食五十品目を旨とするフォケナスの昼食を平らげ、眠気に耐えながら読み書きの習得に努めた後の子供たちに待っているのは、強制労働の時間であった。


 この強制労働に、ウィルたち四人も従事を求められたのは、結界と並ぶこの地の重要なファクターがそこにあるからだ。


 知恵熱を出したかのように、うんざりしているか、ぐったりしているかしている子供たちだが、カヴィが率先して小振りな農具を手にすると、他の子供たちもそれに倣った。


 適当に農具を手にしたウィルたちだが、これから何をするのかはわからなかった。


 もちろん、農具を手にした以上、畑仕事なのはわかる。ただ、教会がある以外は何もないこの高原には、耕すべき畑などどこにも見当たらない。特にウィルたちは昼前、結界を張り直すために高原の端まで行っている。


 ただ、魔獣神の散歩とマーキングに同行した際、四人は堆肥の小山と一軒の小屋が、教会の近くにあるのに気づいた。後、四人が目にしたのは洞窟くらいだ。


 黒い神官服から野良着に着替えたフォケナスが、魔獣神やカヴィたちと向かったのは、教会の裏手にあるその洞窟だった。


 ツルハシではなく、クワを手に洞窟の中に入る理由、それも三十歩ほど進むと明らかになり、その光景に初見の十四人が目を見張ったのも当然の反応だろう。


 洞窟に入って、ウィルたちは短い通路の先が白い光に満たされているのに気づき、そのまま多くもない歩を重ねた時、光が広大な空間を照らしているのを目にして驚いたが、それはまだフォケナスの築いた教会の秘中の秘、その核心に至るものではなかった。


 洞窟の中に小さな村が収まるくらいの広大な空間が広がり、それが天井に埋め込まれた、数十に及ぶ光る石によって照らし出される光景のみでも、圧巻の一言に尽きるものだ。


 だが、その広大な空間にならされた土が敷き詰められ、しかもその土壌には麦や野菜、野草や山菜が成り、繁っている。


 洞窟の外にあった堆肥は、この畑の肥料としているのだろう。だが、肥料があろうとも、太陽のもたらす恵みが届かない、ただ発光しているだけの偽りの下で、植物がマトモに育つわけがない。


 しかし、現実には、目の前に広がる『畑』には、太陽の下で育ったものより見事な麦や野菜などが成っている。


「……この光……おかしい……普通でないのによく知っているような……」


「……同感……いや、これは御業を使った際に生じる光……それに似ている気がするんだが……」


 天井から降り注ぐ光。その異様なまでの清らかさに、セラはしきりに首をひねり、ウィルの口にした自信なさげな感想にユリィやリタも無言でうなずく。


「惜しいですが、外れではありませんよ。あの石が生み出しているのは天上の光、神が住まう地に満ちる光なのですから」


「っ!!!!」


 フォケナスが大したことのないように言うが、四人が愕然となるほど大したことのある栽培法なのは言うまでもない。


 天の光に祝福されたなら、洞窟の中でこれだけの野菜が育っても不思議はないが、


「……なぜ……わざわざ、このようなことをする?」


「その方がヘルシーに育つからに決まっているじゃないですか」


 ユリィの疑問に事もなげに答えるが、この場のニンジン一本がいかなる王者も口にしたことのない代物であるのは言うまでもない。


「……そ、そ、そんなことは不可能です! そもそも、天の光を生み出すなど、あの石は何であると言うのですかっ!」


「賢者の石です」


 万物を生み出す、至高の結晶。神々が世界創造に用いた、万能の元素。


 伝承にある偉大なる魔術師、大賢者さえも、その秘密に至る者はない。


 いかなる伝説の勇者の冒険譚ですら手に入れたと記述されていない。


 どれだけの大国が総力を挙げようが精製できず、史書に失敗という結果しかない。


 エンシェント・ドラゴンの財宝の山にも見当たらず、巨人の王の宝物殿にも存在しない。


 それが今、ウィルたちの頭上、長梯子さえあれば届く場所にあった。


「じゃあ、ここにエリクサーもあるのか?」


「あの辺りのが生えているのがそうですよ」


 朝食後、与太話と聞き流したウィルだったが、頭に、否、全身に浴びている光は、賢者の石と並ぶあり得ない存在の確認させずにいられず、それに対してフォケナスは軽く『畑』の一角を指差す。


 そこには十株ほどの、かなり濃い緑色で背は高いが垂れ気味で見映えの悪い草がひっそりと生えていた。


 近くにしゅんと伸びた見事な麦があるから、余計に見映えが良くないように見えるだけかも知れないが、それ抜きにしても神の薬草、賢者の石と同じく人に栽培不可能なものにしては、どうにも見た目が悪い。


 もし、これをエリクサーと言って王に献上しようものなら、打ち首になるのは確実だ。


「アレがうちの唯一の収入源ですが、煎じて一部の医師にしか卸しているだけで、充分な収入になっています」


 それはそうだろう。


 フォケナスはカンタンに子供たちを元に戻したが、再生の御業を使える聖職者が皆、同じことができるわけではない。


 普通は腕一本を戻すためには、何人かの神官のサポートを受けて、最低半日の儀式は必要とする。フォケナスがカンタンにやってのけているように見えるのは、単にフォケナスがケタ違いな御使いであるからだ。


 エリクサーの服用は、フォケナスと同じくらいの効能は得られるのだから、市場に出れば高値で売れるのは当然のことというもの。


「実のところ、あの薬草そのものは、そう珍しくはありません。エリクサーはそこらの農夫でも栽培できるでしょう。あのように神に見守られ、神の威光を近くに受けていれば」


 フォケナスの言うとおり、本来、人の手で作り出せない神の薬草の側には、黒い子犬がいつの間にか寝そべっていた。



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