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そこまでわかるものなのか

「話は変わりますが、先程のケンカについて、少し聞きたいことがあります」


 まだ真意を見極めたわけではないが、カヴィたちがここで楽しく生きているのは確かだ。フォケナスの言葉に偽りなり裏なりがないのであれば、ウィルたちもとりあえずはフォケナスの邪魔をする必要はない。


 ウィルが心の中でそう結論を出した直後、フォケナスはそれを見計らったかのように話題を切り換えてきた。


 その質問はウィルにとって答え難いものなのだが、あのような騒ぎを起こした以上、リタの過去について話さねばならない。


「あ~、何というか、オレたちも孤児なんだ。オレたちの育った教会はいい所で、その点は問題はないんだが……リタに関しては拾われるまでの環境がどうにも……」


 ユリィと同様、赤子の頃に神父様に拾われたウィルが言葉を濁しに濁すほど、リタの幼少期の体験は酷いものであった。


 ごく幼い頃、両親を失い、遠縁に引き取られたリタは、そこで奴隷のごとくこき使われて育った。


 重労働と暴力と虐待に苦しめられ、家畜小屋に住まわされたリタが、それゆえに家畜にしか心を開くなったのも、仕方のない話であろう。当人もできる限り家畜と共にいるようになり、その結果、弱った体で長く不衛生な環境にいた彼女が病に倒れたのも当然のことだろう。


 だが、家畜小屋の片隅で病と衰弱によって緩慢に死にゆく寸前のところ、神父様に助けられて引き取られたリタだったが、この時点ではめでたしめでたしとはいかなかった。


 人に虐げられ、家畜の側でしか安息の得られなかったリタは、仕事を命じられない限り、人の側にいるのを拒むようになり、それ以外は動物の側にいないと不安で落ち着きのない態度を見せるという、すっかりと心を病んだ状態となっていたのだ。


 同世代のウィルたちはもちろん、助けてもらった神父様にさえ拒絶していたリタだったが、不幸中の幸いはこの時の教会に、獣人種の一つ、ベアーマンの孤児がいたことだ。


 唯一、なついたリタはそのベアーマンを通じて共同生活を何年と送る内に、彼女の人を拒絶する態度が緩和されていき、神父様やウィルたちと普通に接するようになり、今では人並みに社会生活の中に身を置いているが、その心の病は完治したわけではない。


 また、弊害もなくはなかった。


「マイケル兄さんは甘すぎた」


 後日、ウィルとユリィがそう嘆息するほど、そのベアーマン、マイケルはリタに甘かった。


 その境遇に同情したのもあるのだろうが、マイケルに甘やかされたリタが、彼に恋心を抱いたのは当たり前の成り行きとしても、


「騒ぎを起こしたこと事態を咎めるつもりはありません。訳のわからぬ場所にいる不安があのような形で表れたのでしょうしね」


 フォケナスが察するとおり、リタは不安になった際、側に動物がいないと落ち着かなくなり、依存性は幼い頃よりだいぶ改善されたが、完全に払拭されたわけではない。


 何より、大きく、強くなった分、動物という安定剤を欠いてしまうと、先程のように暴れることがあるのだ。


 もちろん、頻繁にあることではなく、そうした兆候は滅多に表面化することはない。先程の件も、ウィルからすれば、だいぶ久しぶりのことだ。


「私が気になるのは、彼女の、いや、彼女たちの動きです。彼女たちの体つきで、あの動きは普通は考えられない。体に過負荷をかけることで、あの動きを可能しているのではないのですか?」


「初見でそこまで見抜くとは、さすがだな」


 そう言いつつも、その普通では考えられない動きの二人をあっさりと下した点からすれば、見抜かれて当然という思いの方が強い。


「やはり、そうでしたか。あまり良いとは思いませんが、緊急避難的な護身術としては有効ではあるでしょう」


「そこまでわかるものなのか」


 ユリィやリタらに護身術を教えた神父様の意図が正にそのとおりなので、これにはウィルも素直に驚いた。


 男女の肉体の差というのは、多少の技術ではくつがえるものではない。武器を手にするか、よほどの実力差がないと、男の力に女は抗いようがない。


 それゆえ、女性が男の毒牙にかかるしかない状況に際した時、それをどうにかできるよう、ユリィとリタらは神父様から独特の護身術を最低限、教えられている。


 人は肉体に過度の負担がかからぬよう、常に無意識に力を抑えている。そして、神父様の護身術の特徴は、一時的にそのブレーキをゆるめることで、抑えられている本来の力を引き出す点にある。


 神父様から護身術を習っているユリィとリタは、瞬間的になら男の力を上回り、かなりの運動能力を発揮できるが、それはあくまで一時的なもの。


 また、フォケナスが「あまり良いものではない」と言ったとおり、肉体に過負荷をかけて引き出している力なので、連続的に使用すればリバウンドで肉体が損傷していく。神父様もあくまで緊急避難的な使用を意図して教えたのであって、無闇に使うことを固く禁じている。


「一応、実戦で使わないくらいの自制はあるようですが、念のために注意しておいた方が無難でしょう」


 フォケナスとの戦いの最後、ユリィとリタは短剣で抵抗して護身術を使わなかったのは、二人も護身術が実戦向きでないのを理解しているからだ。


 無闇に使うのを禁じるだけあり、神父様の護身術はいつ体にガタがくるかわからぬ、諸刃の剣。戦いの最中、肉体が護身術による過負荷でどんな支障が出るかわからない。


 護身術を使えばフォケナスを倒せるという確証があれば、ユリィとリタもリスクを承知で用いただろう。しかし、その確証がなかったゆえ、二人は護身術を使わぬまま敗れたが、その判断は決して間違ったものではない。


 リタが護身術を多用したのも、冷静さを失っていたのもあるのだが、反動で倒れても大丈夫な状況というのもあり、


「もし、二人が何か体に違和感を覚えたら、私が全快の御業を用いますので、遠慮なく申してください」


「そいつは申し訳ない」


 全快の御業は、肉体の異常、異変を全て治すもので、かなり高度な御業なのだが、フォケナスならば難なく使える。


 あの程度の使用で自然治癒しないほどの損傷が生じないとは思うが、万が一のことを考えて頭を下げるウィルに対して、


「それでも違和感が残ったなら、エリクサーを煎じますので、ご安心を」


 伝説の秘薬の名を出し、ウィルを再び大きく驚かせた。


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