あの日か何かなんか?
ウィル、ユリィ、リタが、またセラの育った教会と同じく、フォケナスの教会も子供たちは朝早くに起き出し、規則ただしく動き出す。
子供たちの三分の一は寝床を片づけ、三分の一は食堂に行って朝食を用意し、三分の一は裏庭に行って水汲みをやっている。
子供も半数は昨日に来たばかりで勝手がわからぬ状態だが、そこは当然、もう半数がするべきことを教えていく。
ウィル、セラ、ユリィ、リタも子供が働くのを黙って眺めておらず、ユリィは食堂に、リタは裏庭に向かい、ウィルとセラは寝床の片づけを行う。
昨夜は創世神話に関する与太話と、黒い子犬が魔獣神という有り得ない話のみで終わり、フォケナスに掘り下げた話を聞くことができなかった。
肝心なことを聞けなかった最大の理由は与太話で夜が更けてしまい、フォケナスが四人にもう寝るように言ったからである。
ウィルたちも疲労や眠気を感じぬわけではなく、昨夜はおとなしく引き下がったが、その際に黒い子犬、魔獣神が四人に同行した。
もっとも、それに特別な意味などなく、単に残飯を食い終えた魔獣神は、子供たちが眠る部屋に行き、その傍らで伏せて寝た、しつけられた犬のような行動を取っただけだが。
四人も用意された寝床に横になり、そのまま子供たちと共に眠り、そして子供たちと共に起き出すと、四人も子供たちのように分担して仕事に当たった。
言うまでもなく、ここは邪神の教会である。一時的にでも別々に行動するのは避けた方がいいのだが、より避けるべきは目立つ行動だ。これからどういう展開になるにしよ、周りに合わせて動くべきであり、無意味に逆らうべきではない。
だから、ここはおとなしくしておいた方が正しいのだが、
「なあなあ、兄ちゃん。あの姉ちゃん、あの日か何かなんか?」
寝床の片づけ作業の最中、先にこの教会にいた子供の中では最年長の、カヴィという名の少年はウィルに近づき、小声でそんなことを聞いてくる。
活発そうでどこにでもいる感じのカヴィだが、子供たちのまとめ役だけあり、それなりに周りに気を配っているらしく、明らかに元気のないセラの様子に気づいたようだ。
セラが落ち込んでいる理由は、ウィルからすれば明白だ。おそらく、昨夜、フォケナスが語った創世神話の内容、自らが奉じる地母神に関する部分が尾を引いているのだろう。
こればかりは当人の信仰の問題だ。フォケナスの言葉を否定するか、認めた上でそれでも崇めるか。悩んで決めるしかない。
「ちょっと悩みがあるだけだ。手が遅いが、そこはカンベンしてやってくれ」
「ふーん。まっ、大丈夫ならいいけど」
寝床を片づけるセラの動きは鈍いが、生真面目なその性格から別にさぼっているわけではない。それだけ苦悩が深いだけだ。
無論、セラの性格を知るウィルはその鈍い動きを見れば、それだけ悩んでいるという見方ができるが、カヴィからすればさぼっているように見えても仕方ない。
しかし、カヴィはセラの鈍い動きを悪くとらえず、ウィルの言葉をすんなりと受け入れる。
そのカヴィは寝床の片づけがだいたい終わると、十歳くらいの女の子、元からここにいた子供の一人に後を任せ、
「兄ちゃん、こっちを手伝ってくれよ」
ウィルに声をかけて、部屋から出て行こうとする。
気落ちしているセラが心配ではあるが、つきっきりにならねばならないほどの状態ではない。
何より、まとめ役としてそれなりにやっているカヴィが声をかけて来たということは、何かしらの意味があるのだろう。ウィルはおとなしくその後に続く。
ほどなくというより、カヴィが裏庭に向かっているのに気づくと、すぐにウィルは男手を必要とする理由を察した。
必要な分の水を井戸から汲み、食堂に運ぶとなると、けっこうな重労働だ。しかも、ウィルたちをさらって来たことにより、その使用量はこれまでの倍以上となっている。
大量の水を運ぶのに男手はいくらいてもいいだろう。
ただ、裏庭に出ると、カヴィがそれだけが理由で水汲みのフォローに回っただけではないのも、すぐにわかった。
井戸の側には水が満ちた桶がいくつかあるが、リタと子供たちはそれを食堂に運ぼうとせず、一ヵ所に集まって楽しげな声を出している。
リタと子供たちの中心には、黒い子犬、魔獣神の姿があった。
魔獣神は仰向けに寝転がり、リタや子供たちに体中を撫でられて、気持ち良さげに「く~んく~ん」と小さく鳴いている。
皆と共に起床した魔獣神は一足先に裏庭に行き、そこで駆け回っていたが、後から来たリタや子供たちにすり寄って行き、その愛くるしい容姿で仕事の手を止めさせているのだろう。
本来ならリタはそれを止めるべき立場なのだが、動物好きの血が騒いだか、率先して邪神を撫で回している。最年長者がこれでは、子供たちが真面目に働くわけがない。
普段は無愛想、仏頂面のリタだが、邪神と戯れている今は笑顔をほころばせ、その無邪気な笑みと姿はウィルですら可愛いと思うほどなのだが、
「兄ちゃんはあの姉ちゃんを注意してくれる? オレは他の連中を注意するから」
「……わかった」
カヴィの言葉にうなずくしかなく、心底、嫌な予感を顔に出しながら仲間の元に向かっていった。




