そうしてもらえると助かる
「それでは確認させてもらうと、ゴブリンの存在に気づいたのは十日ほど前だが、東側の畑はその前から荒らされていた。日に日に盗まれる作物が増えていき、夜に畑の巡回はするようにしたが、五日前の夜に巡回していた際、数匹のゴブリンに襲われた。不幸中の幸いに、大ケガこそしたが、騒ぎに村人たちが出て来ると、ゴブリンは逃げて行った。だが、そこで大事を取り、ゴブリン退治の依頼を出すと共に、夜の巡回を止めた。しかし、巡回を止めると、畑の被害が一気に増えた。これで間違いはないか?」
「ああ、そうだ」
ウィルのまとめた内容を、モーグの村の村長は苦々しい表情でうなずいた。
モーグの村に到着し、ゴブリン退治に来た冒険者たちと告げると、村人たちはもろ手を挙げて歓迎、とはいかなかった。
ウィルたちは皆、十代半ばと若く、装備も貧弱。たった四人で、しかも三人も女性という構成だ。
村人たちが頼りないと感じ、落胆したとしても仕方ないだろう。
ウィルらも当然の反応と考え、腹を立てるようなマネはせず、するべきこと、適当な村人に村長の元への案内を頼んだ。
村長の家の居間に通され、まずは家主にあいさつすると、ウィルは村長とその側にいる三人の村の有力者から色々と話を聞き、村の現状についてまとめに入っている。
「ゴブリンが来るのは村の東側。ゴブリンの数はわからない。ゴブリンがいるのは、たぶん、東の森にある洞穴のどれか。これも間違いはないか?」
「その通りだ」
村長、村の有力者たち、いや、村人の多くが、ゴブリンのせいで危険と隣合わせの生活に苦い思いを抱いており、それを何とかするべく頼った冒険者の頼りない姿に不安を覚え、それが顔に出ようが、
「その森は広いのか?」
気にせずに今度はユリィが問うべきことを問い始める。
ちなみにユリィは覆面を着けたままだが、その辺りは顔に醜い傷があると言って、誤魔化している。
「いや、それほどではない。迷っても、適当に歩けば森から出られる程度だ」
「昨日の晩も畑に被害があったか?」
「ああ、あった」
「雨も降ってないし、それなら足跡を追えるな。欲を言えば、今晩も来てもらいたいな」
ユリィのつぶやきに、村長たちの顔は苦いどころか、はっきりと不機嫌なものとなる。
ゴブリンが来るということは、村に被害が出るということなのだから。
ゴブリンが夜行性というのは村人たちも知っているが、それでも昼間、いつゴブリンが出て来るかわからぬかと考え、村人たちも畑仕事に身が入っていない。また、畑の被害もかなりのものとなってきている。
一日でも早く解決したいモーグの村長、いや、モーグの村の衆としては、ワラにもすがる思いであり、ウィルたちを追い返せるものではない。
「じゃあ、ゴブリン退治の段取りとしては、もう夕方に近いから、明日の朝一から取りかかる。森の大きさから、明日一日で片付けるつもりだ。今晩は村の警備を兼ね、東の畑で不寝番をやっておく」
「そうしてもらえると助かる」
「じゃあ、不寝番をするに当たり、そのための薪を用意してくれ」
実のところ、モーグの村にとって作物より薪の方が深刻な状態にある。何しろ、近くの森にはゴブリンのせいで入れないので、備蓄でしのぐしかないのだ。
夏の盛りを過ぎた頃ゆえ、暖を取る必要はあまりないが、夜の見張りなので明かりは不可欠である。
「……わかった。用意しよう」
「後はケガ人がいるらしいから、うちの神官が治すってトコぐらいかな」
「はい。病気や毒は無理ですが、ケガを治すことはできます」
「申し出は嬉しいのですが、あいにく、この村にはそれだけの寄進をする余裕はない」
教会で病気やケガを治してもらう場合、多額の寄進が必要となる。金持ちの子は軽い風邪でも神官に治してもらうことができるが、普通の子供は薬草を服用する。そして、貧乏人の子供は自力で治すしかないが、滋養のある物も食べられない彼らは風邪程度で命を落とすこともある。
「大丈夫です。旅先のことなので、寄進は必要としません」
「ただ、夜、ゴブリンと戦いがあるかも知れんから、治すのは大ケガをしたヤツだけにしてくれ」
金次第で助かる命と助からない命があることに釈然としない神官もおり、神官の中には教会組織を離れて、慈善と救済の旅に出る者もいるので、旅先での御業の行使の際、寄進を求めるかどうかは、その神官の裁量に委ねられる。
ただ、御業は無限に行使できるものではなく、使う度に神官の精神が疲弊していく。タダとなれば群がる人間がいるかも知れず、かすり傷を治してセラが使いものにならなくなってはたまらないので、ウィルが慌ててそう補足したのだ。
タダであるなら、今も寝床で苦しむ同胞を助けぬ理由はなく、
「そういうことでしたら、神官様。どうか、御業を施してください」
モーグの村長は深々と頭を下げ、村の有力者たちもそれに倣った。